コラム

「うんこを漏らさないためには?」とあるイノベーターの答え

2019-02-26
STARTUPS JOURNAL編集部
Editor
STARTUPS JOURNAL編集部
「うんこを漏らさないためには?」に対するとあるイノベーターの答え

人類史が始まって以来、誰一人として避けることができない排泄行為。生まれてから死ぬまで繰り返されるその行為は、介護の場で大きな課題として扱われている。2013年には大人用のおむつが赤ちゃん用のおむつの売上を上回るなど、その課題はより明確化した。ところが、長年これといった解決策は生まれてきていない。そんな状況を打破するかのように、今日本では排泄行為の課題に関する新しい解決策が生まれている。それが、トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社(以下、トリプル・ダブリュー・ジャパン)が開発した「DFree(ディー・フリー)」。超音波で膀胱の様子をモニタリングし、排尿のタイミングを教えてくれるデバイスだ。妊婦のお腹を超音波で検査するエコーの技術を基にしている。専用のアプリを通じてスマホなどの端末に通知が行くので、外出中でも利用ができる。2015年創業ながら資金調達額はすでに15億円を超えており、世界中の介護施設や排泄に悩む個人から問い合わせが殺到している。アメリカ・ラスベガスで開催された電子機器の見本市「CES 2019」でもInnovation Awardsに輝くなど、今注目のスタートアップとも言える。それでは、そんな排泄ケアはどのように生まれたのか。「DFree」誕生の経緯と苦労を、代表の中西敦士氏に話を聞いてみた。

起業でもっとも大切なのは「テーマ選び」

起業でもっとも大切なのは「テーマ選び」
中西敦士(なかにし・あつし)ー1983年生まれ。慶応義塾大学商学部卒。大学卒業後、コンサルティングファームに就職した後、青年海外協力隊でフィリピン滞在を経験。その後、UCバークレー校に留学し、2015年にトリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社を設立、代表取締役に就任。

「排泄を予測する」というこれまでになかった命題に取り組む中西氏。起業するに当たって重要視していたのは、テーマをしっかり選ぶことだった。

中西 「どんなに頭が良くても、人脈があってもテーマがダメだったらビジネスは大きくなっていかないと思っています。もちろん、根性とか続けていくことも大事ですが、それでもテーマを間違えたらうまくいきません」

世の中や市場の動きを見極めながらビジネスの軸を決めていく。そうすることで、社会的なインパクトを生み出すビジネスが展開できるのだ。

中西 「たとえば、今から家をシェアするサービスを始めても、よっぽど斬新な切り口がなかったら大成功はできないですよね。既にあるビジネスのマネをしたり、トレンドを追いかけているだけではダメ。自分でトレンドを作り出せるようなテーマを選ばなければなりません」

中西氏は、もともと、シリコンバレーに渡って急成長中のスタートアップを数多く目にしていた。海の向こうの投資家たちも、ビジネスを評価する際には同様のことに着目していたそうだ。

中西 「日頃からビジネスの流れを追いかけている投資家たちは、成功するビジネスまでは分からなくても、失敗するビジネスを数多く見てきています。当たるかどうかはわからない。しかし、うまくいかないビジネスは投資家たちが知っているんです。ですから、起業時は積極的に彼らにビジネスアイデアのフィードバックをもらうようにしていました」

世界で戦えるビジネスの展開を目指していた中西氏は、ビジネスのネタを探しているときから、投資家の目線を意識して考えていた。中西氏いわく、投資家の着眼点は、3つのポイントに集約されるそうだ。① 唯一であることー既存のビジネスの焼き増しではなく、誰も取り組んでいないビジネス② マーケットが大きいことー多くの人が困っている&求めている③ テクノロジーを活かしていることー参入障壁が高くなるため、先行者メリットが働く

中西 「さらに言えば、シリコンバレーの投資家は、起業家が将来についてどこまで考えているのか、という点もよく見ていました。足元の資金繰りなども大事ですが、それ以上に、しっかりしたビジョンを持っていることを重要視していたように感じられましたね。 また、市場性だけではなく、自分が心から取り組みたいテーマであることも大事だと思います、起業テーマにおける、私と排泄の出会いは偶然でしたが、調べるほどに重要なテーマだと感じました。今となっては、ライフワークとして取り組んでいます」

イノベーターとクレーマーは紙一重

中西氏は、シリコンバレーで投資家に自分のビジネスのネタを見せて回っていたという。そこでのフィードバックを基に「DFree」の開発に踏み切っている。

中西氏は、シリコンバレーで投資家に自分のビジネスのネタを見せて回っていたという。そこでのフィードバックを基に「DFree」の開発に踏み切っている。

中西 「シリコンバレーにいたときは、合計で20個ぐらいビジネスのネタを考えて、当時インターンとして働いていたVCの投資家に見てもらっていました。そのときに、とくに『排泄を予測する』というアイデアがおもしろいと言ってもらって。投資家だけでなく、シリアルアントレプレナーにも同じようにネタを見てもらったのですが、同様の反応をもらえました」

「正直、このアイデアを思いついたときは、僕自身興奮して眠れなかったほどだったので、投資家の方々からも好評だったのは嬉しかったです」と続ける。ところで、20個ものアイデアを考え続けることは、決して容易ではない。中西氏の発想の原点はどのようなところにあるのだろうか。回答はこうだ。

中西 「“イノベーターとクレーマーは紙一重”じゃないですけど、普段の生活で不満に感じたことや腹に立ったことなんかを書き留めていますね。その中からきっと自分だけじゃないと思ったものの解決策を、とことん出しています」

「DFree」のアイデアも、中西氏が実際に体験した“うんこを漏らす”経験がきっかけで生まれたものだ。誰もが体験する排泄には、まだ解決されていない課題があると捉えたため、ビジネスになると考えた。

中西 「初期の頃は、『うんこを漏らさない』という課題に対して実現不可能なものも含めて解決策になり得るアイデアをひたすら絞り出しました。当初は『そもそもうんこをしなくて済む仕組みは作れないか』なんてことも真剣に考えていましたから。予測するというアイデアは、そうやって洗い出した中から実現可能性の高いものとしてたどり着いたんです」

起業初期は「できる人」を見つけることが必要

「排泄を予測する」というアイデアから、エコーの仕組みのように超音波を使えば実現が不可能ではないと考えた中西氏。しかし、それまでハードウェアを作った経験などはない。いったい、どのように開発を進めていったのか。

「排泄を予測する」というアイデアから、エコーの仕組みのように超音波を使えば実現が不可能ではないと考えた中西氏。しかし、それまでハードウェアを作った経験などはない。いったい、どのように開発を進めていったのか。

中西 「全く未知の世界だったので、できそうな人を探してお願いするしかありませんでした。起業後すぐは、メーカーにいた友達に電話してみたり、飲み屋で知り合ったハードウェアに詳しそうな学生に話しかけてみたり。できるかどうかは分かりませんでしたが、おもしろそうと言ってくれる人たちを巻き込んで開発を進めていきました」

この「できそうな人を探してお願いする」経験は、トリプル・ダブリュー・ジャパンの創業時が初めてではなかった。シリコンバレーへ渡る前に、青年海外協力隊として派遣されたフィリピンでの経験が活きたという。

中西 「フィリピンでは地元の農家の収入を上げるために、特産品のマニラ麻からジーパンを製造して販売していました。この時もジーパンの作り方なんて分からなかったので、工場を回って作れる人を探し続けていたんですよね。もちろん断られることも多かったのですが『どんな人に』『どんな風に』お願いすれば良いのか、ざっくりイメージできるようになっていました」

海外展開で実感したハードウェアの強さ

事業の立案時から世界を見据えていた中西氏、ビジネスを始めるとすぐに世界中から問い合わせが殺到した。しかし、実際に海外展開をしてみると難しさもあったそうだ。

事業の立案時から世界を見据えていた中西氏、ビジネスを始めるとすぐに世界中から問い合わせが殺到した。しかし、実際に海外展開をしてみると難しさもあったそうだ。

中西 「海外展開では、国ごとにルールが違うことが難しいと感じたポイントです。僕らのビジネスはヘルスケア領域に属するわけですが、進出する国の社会保障の制度や規制が違うため、最適化を必要とします。それら一つひとつをクリアにしていくことは、今もなお難しいと感じていますね」

また、海外展開をする際には、ハードウェアビジネスならではのメリットも感じたという。実際に、その強みを活かして、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業グループのベンチャーキャピタルからの出資を実現させた。

中西 「プロトタイプでも良いから、ものを見せることで、どんな製品なのかある程度理解してもらえます。その点では、アプリなどのビジネスなどに比べたら、比較的言語の壁などはなかったのではないかなと。 また、海外でコピー品が出回る心配もありましたが、やはり模倣するのが難しいのか、未だなにも出てきません。しっかりと投資を行った上で開発したハードウェアだからこその利点かもしれませんね。結果として、鴻海精密工業からの出資を獲得できたことで、企業としての信頼も高まっていると感じています」

社会保障の最適化に向けて、トリプル・ダブリュー・ジャパンが目指すもの

「DFree」は介護施設向けにサブスクリプション(定額制)で展開を開始した。その後、個人消費者向けにも売り切り型で展開をした。その背景には、資金調達時のとある気づきがあった。

「DFree」は介護施設向けにサブスクリプション(定額制)で展開を開始した。その後、個人消費者向けにも売り切り型で展開をした。その背景には、資金調達時のとある気づきがあった。

中西 「本来、『DFree』は個人消費者向けに展開するつもりで開発を進めていました。ところが、僕らが資金調達のために行なったクラウドファンディングで、予想以上に介護業界の方から反響があったんです。その後、介護業界の方々へヒアリングを行なってみたら、より課題や市場が明確化したので施設向けに販売してみようとなりました」

クラウドファンディングがマーケティングの役割をも果たしていたのだ。今後は、拡販と認知度向上のために、個人消費者にもフォーカスを当ててビジネスを展開していく。同時に、すでにフランス、米国に支社があるが、世界への展開も加速する予定だ。最後に、このビジネスを通して実現したい社会とはなんなのか。中西氏は、ビジョンについてもこう語ってくれた。

中西 「僕らの技術的な強みは超音波で臓器の変化を読み取ることです。今は膀胱の変化をモニタリングして排尿予測を行なっていますが、次は排便予測を製品化したいと思っています。将来的には他の臓器のデータも取りながら、中長期的なモニタリングと予測を行なっていきたいです」

トリプル・ダブリュー・ジャパンが「DFree」の技術を用いて実現したいのは、社会保障制度の最適化だ。排尿・排便予測のみに留まらず、ヘルスケア領域における“負”を解決していく。

中西 「もしも僕たちの技術で他の臓器の変化を読み取ることができれば、いずれ病気の予測ができるようになるかもしれません。そうすると医療費が必要なタイミングも予測できるので、計画的にお金を貯められる。それは、いずれ、誰もが納得した社会保障制度の実現につながるはずです」

これから先、どんなに文明が発達し、テクノロジーが進化しても人は排泄を続ける。そして密室で行われる行為だからこそ、排泄に関わるトラブルは人に相談しにくく、また触れにくい悩みのひとつだ。トリプル・ダブリュー・ジャパンは、そんな人間の根本的な悩みに切り込んでいく。だからこそ、人が排泄を続ける以上、トリプル・ダブリュー・ジャパンは社会に求められる企業になるはずだ。そして、それは同時に、世界的にも注目される「高齢化」という未来の課題解決に向けて必要とされる存在であることも示唆している。トリプル・ダブリュー・ジャパンの技術に地球上の多くの人々が救われる日々もそう遠くないだろう。取材を終えた今、そう切実に感じている。

取材・執筆:鈴木光平編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博

無料メールマガジンのご案内

無料のメルマガ会員にご登録頂くと、記事の更新情報を受け取れます。プレスリリースなどの公開情報からは決して見えない、スタートアップの深掘り情報を見逃さずにキャッチできます。さらに「どんな投資家から・いつ・どれくらいの金額を調達したのか」が分かるファイナンス情報も閲覧可能に。「ファイナンス情報+アナリストによる取材」でスタートアップへの理解を圧倒的に深めます。