コラム

宇宙ビジネス・Synspective、「持続可能な社会」目指す

2020-02-04
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
100億円超の資金調達を経て宇宙ビジネスへ、事業の先に見据えるのは「持続可能な社会」だった

「日本発のデカコーンがいない」そんな閉塞感の打破を目指すスタートアップは多いだろう。そのような状況のなか、希望の星ともいえるスタートアップが存在する。 今回紹介する株式会社Synspective(以下、Synspective)の事業は、小型SAR衛星の開発・打ち上げと、衛星が取得したデータの解析、そして活用ソリューションの提供だ。宇宙利用の市場は全世界で14兆円と試算され、競合となるプレイヤーは世界的に見てもほとんどいない。この市場に挑戦する同社は、2018年の創業以来100億円以上の資金調達を果たしている。この記事では、巨大なマーケットに切り込みをかける同社の代表取締役CEOの新井元行氏に、巨額の資金調達を成功できた秘訣や、同社のビジョン、そしてなぜ宇宙ビジネスに関わるのかを伺った。

巨額の資金調達を成功できた秘訣や、同社のビジョン、そしてなぜ宇宙ビジネスに関わるのかを伺った。
新井元行(あらい・もとゆき)株式会社Synspective 代表取締役 CEO米系コンサルティングファームにて、 5年間で15を超えるグローバル企業の新事業/技術戦略策定、企業統治・内部統制強化などに従事。その後、東京大学での開発途上国の経済成長に寄与するエネルギーシステム構築の研究を経て、エネルギー、水・衛生、農業、リサイクルにおける社会課題を解決するビジネスを開発、展開。衛星からの新たな情報によるイノベーションで持続可能な未来を作ることを目指し、2018年にSynspectiveを創業。東京大学大学院 工学系研究科 技術経営戦略学専攻 博士(工学)。

なぜ新井氏は宇宙ビジネスに関わるのか、そこに至る半生

なぜ新井氏は宇宙ビジネスに関わるのか、そこに至る半生

同社が開発を進める小型SAR衛星は従来型の光学衛星とは異なり、マイクロ波を射出してデータを取得する。そのため、従来型の光学衛星が苦手とする、夜間や荒天時にも地表の様子を観察できる。取得したデータはそのままでは高度や面積を表す数字でしかないが、同社では機械学習による解析で画像化に成功した。小型SAR衛星ビジネスは今まさに黎明期で、世界でもフィンランドの『ICEYE(アイサイ)』やシリコンバレーの『Capella Space(カペラ・スペース)』、国内では九州大学の『QPS研究所』などプレイヤーはごく一部に限られている。一方で需要は大きく、新井氏は「市場は口を開けて待っている状態で、いくらでもサービスを投入できる。当面競合や競争は起きないでしょう」と話す。新井氏は2018年にSynspectiveを創業し、瞬く間に100億円以上の資金調達を果たした。彼はなぜ宇宙ビジネスに挑戦するのか? その萌芽は学生時代にあった。

新井「大学時代にはロケットエンジニアを目指していました。当時の宇宙開発は国の予算ベースでプロジェクトが進んでいましたが、開発力があってもマーケットのニーズに落とし込むことができていなかった。私が工学系を専攻していたのは、世の中の最先端に興味があったから。世の中の最先端はいつもビジネス世界で作られています。『このままエンジニアとして技術を磨いても社会に還元する機会は限られるだろう』と考え、ビジネスを知るために米系のコンサルティングファームに入社しました」

新井氏は、コンサルティングファームに在籍した5年間で、15を超えるグローバル企業の新事業/技術戦略策定や、企業統治・内部統制強化に従事。その後、技術を社会に実装する知識を学ぶため、東京大学で開発途上国のエネルギーシステムを構築する研究に携わっている。

新井「東大ではエネルギーを軸にして、サウジアラビアやバングラデシュ、ラオスやカンボジアなどの社会課題を解決するプロジェクトに参加していました。その中で気付いたのがデータと生活水準の関係性です。途上国で繁盛する店と、そうでない店を比べると、繁盛する店は帳簿をつけていました。データがあると『去年は◯月によく売れていたから、いつもより多く仕入れよう』と計画を立てられます。データは未来を予測する礎です。今までに蓄積されてこなかったデータを取得し、分析して活用すれば、人々の生活をより良く変えていくこともできるはず。そのようなことを考えていた時に、内閣府主導の『ImPACT』プログラムで開発された小型SAR衛星の事業化を模索していた白坂先生と出会いました。この技術を使えば、広域な画像データを取得し、持続可能な社会インフラを構築できる。そう考えてSynspectiveを創業したのです」

衛星データのニーズはどこにある? 活用法は多数、土木に都市開発、人命救助にも

衛星データのニーズはどこにある? 活用法は多数、土木に都市開発、人命救助にも

現在、Synspectiveでは25基の打ち上げを目指し衛星の開発をすすめ、並行して衛星データを機械学習で解析するシステムを構築している。さらにクライアントのニーズに合わせ、解析したデータを活用するアプリケーション開発も進める予定だ。これら一連のシステムが実現した場合、どのようなビジネスが生まれるのだろうか?

新井「現在も衛星データの購入はできますが、単価が高く、更新頻度も低い状態です。しかし、私たちが開発を進めるSAR衛星ならば、夜間や雨天時でもデータ取得が可能な小型SAR衛星のコンスタレーション構築により、単価を下げたり更新頻度を高めることも可能になります。取得したデータの活用法ですが、まず土木・インフラでの活用が考えられます。東南アジアなどには雨季がありますよね。雨が降ると地表が雲に覆われていて、光学衛星では撮影ができません。しかし、SAR衛星ならばデータを取得して、道路やインフラの開発に活かせます。この用途は行政からのニーズを見込んでいます。ほかには、都市計画にも利用可能です。長期間、定点的にデータを取得できるので、都市の変化を逐一観察することができ、不動産ディベロッパーからの需要が見込める。地震や洪水などの災害時には、被害地域をいち早く撮影することができるので、保険業や関連する金融業の企業がクライアントになってくれるでしょう。活用法は色々と考えられますが、衛星データを解析すれば、属人的な経験や知識で行なっていた大規模都市開発をデータドリブンで動かせられます。たとえば、過去に台風や洪水、地滑りが起きた場所を記録して、危機を回避しながら施設を建築できるので、数億人単位の人々が安心して暮らせる環境の構築にもつながるはず。もし衛星を100基打ち上げることができれば、2〜3時間に1回全世界の地表データを取得できます。将来的には人が入りづらい吹雪の雪山を撮影して、人命救助に役立てることもできるでしょう。これらのニーズに対し、まずはアジアからシェアを広げていく予定です」

活用の用途は、都市計画や土木・インフラだけではない、地図の作成にも転用可能だという。

活用の用途は、都市計画や土木・インフラだけではない、地図の作成にも転用可能だという。

新井「途上国だと地図がない地域もあるんです。逆に言えば、それだけ大きなマーケットが眠っています。昔、タンザニアで営業していた頃、バスで6時間、マイクロバスで2時間、そこから更に車をチャーターして目的地に連れて行ってもらったことがありました。そういう場所は地図には載っていなくて、現地の人は大きな山や川など、ランドマークを頼りに移動していました。日本は恵まれていて、だいたいのものは揃っています。だから国外の細かなニーズに気づくことができません。私は昔、バングラデシュで家庭向けの太陽光パネルやガスストーブの開発をしていたことがあります。現地では薪や炭を使って家の中で調理をするんです。家の中に煙がこもるので、たくさんの子供が気管支炎になっていました。その問題を解決するために開発をしていたわけです。そのような課題はニュースでは見えてきません。現地に行くことでニーズが分かり、解決法を考えられると思うのです」

Synspectiveのビジネスは、途上国に自ら出向いた新井氏の経験から生まれていた。同社はマーケットとしてアジア諸国に注目しているが、なぜ日本ではなくグローバルに目を向けているのだろうか。

新井「私たちの場合、グローバルにならざるを得ない理由が二つあります。ひとつはマーケットサイドの理由です。投資する金額が大きいので、日本の市場だけでは回収が難しいのです。もうひとつはサプライサイドの理由で、全世界でもプレイヤーが少ないので、衛星の開発部品の供給源が限られてしまいます。必然的にグローバル市場に目を向けることになりました。スタートアップ全体の話で言えば、マーケットサイドからビジネスを決めてしまいがちです。けれど、日本の市場はガラパゴス化しています。そこに目を向けるよりも、ご近所のアジアの課題を拾った方がスケールしやすいのではないでしょうか」

100億円超の資金調達はなぜ実現できたのか? その理由は時勢にあった

100億円超の資金調達はなぜ実現できたのか? その理由は時勢にあった

ここからは話を変えて、経営面について聞いていこう。同社は100億円超の資金調達を果たしているが、なぜこれだけ大きな金額を調達できたのだろうか。

新井「理由として様々な要素が絡むので、一概にこうだとは言えないのですが、あえて言えば時勢が追い風になってくれたと感じています。よくビジネスを『天地人』で例えることがありますが、『天』はいつ戦うか、『地』はどこで戦うか、『人』は何をもって戦うか。いつ戦うかはコントロールできない要素ですが、これがうまくハマりました。まず、日本政府が宇宙開発を支援していたので、投資家が安心して投資してくれました。また、好景気で多くの企業がCVCを作っていたことに加え、この領域で有望な投資先が存在していなかったことも要因だと考えられます。技術面では画像解析とSAR衛星のコストダウンが追い風になってくれました。このような好条件が揃った中で、現実的な事業計画をつくり、優秀なチームを整えたので、投資家も安心して資金を提供してくれたのだと思います」

資金調達という第一関門は乗り越えたが、同社のビジネスは先行投資型で、回収まで時間がかかるモデルだ。衛星を1基打ち上げるだけでも数億円の費用がかかり、合計で25基の打ち上げを計画している。投資から回収までのギャップはどのように埋めていくのだろうか。

新井「私は途上国で様々なソーシャルビジネスを見てきましたが、失敗しているプロジェクトに共通していたのは『小さな成功が積み重ねられていないこと』でした。細かく成果を報告できないと、資金を調達できないし、運営資金も底をついてしまう。宇宙開発は、お金も時間もかかるプロジェクトです。どこで小さな成功を積み上げるかというと、Synspectiveの場合はデータ解析とアプリケーション開発がキモだと思っています。私たちは2020年に一基目の衛星を打ち上げる予定です。それまでは、データ解析の技術力を高め、クライアントに対して『打ち上げ後には、こういうアウトプットができます。だからこういうアプリケーションを作りませんか』とアプローチしていきます。そうした細かい成果の積み重ねが、将来的なビジネスパートナーの発見につながり、投資家の信頼を勝ち得る要素になるはずです」

ビジネスモデルができ、資金を調達できても、強いチームがなければビジネスで成果は残せない。新井氏はチームの構築でどのような工夫をしているのだろうか。

新井Synspectiveはまだ存在しないマーケットを作る会社です。着実に成長していくためには、トライアンドエラーを繰り返し、得た知見や答えを周囲にシェアできるメンバーを集める必要がありました。そのうえで、Synspectiveのミッションに共感してくれる人を採用しています。私たちのミッションは『持続可能な社会インフラを作ること』。単に大きなマーケットが存在するからという理由ではなく、その先にある『人々が安心して暮らせる世界を作る』ビジョンに共感してもらえることを一番重視しました。私は衛星を作れないですし、サイエンティストでもありません、労務管理もできないし、マーケティングもできない、ファンドレイズはできるけれど、細かな契約はできません。人の力を借りなければ、大きなビジョンは実現できません。役員2名からスタートした会社でしたが、幸いなことに、今では55名の優秀なメンバーを見つけることができました。私たちが開拓しているのは、たしかに大きなマーケットだと思います。けれど、単なるビジネスではなく、社会的な意味合いが強い事業です。初心を忘れず、人々の『安心で快適な暮らし』を作るために邁進していこうと思います」

執筆:鈴木雅矩取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博

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