コラム

「オンライン診療」が普及する未来に向けて。MICIN・原聖吾の夢

2018-09-25
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
MICIN代表取締役CEO 原聖吾 起業 元マッキンゼー 医師

「なんだか身体の調子がおかしいけれど、仕事が忙しいから病院に行く暇がない」自分は大丈夫と過信してしまったが故に、じつは大きな病気に侵されていたことを知らずに日々を過ごす人は、意外と多い。

ちょっとした油断が思わぬ大病につながることも少なくない。そんな風に病院を訪れることに難色を示す人に、誰もが利用できる「オンライン診療」の選択肢を提供している企業がある。それが株式会社MICIN(旧・情報医療、以下、MICIN)だ。代表の氏は、医学部を卒業して医師資格を取得したものの、医師の道を選ばずに医療が抱える課題感と向き合い続けてきた。氏が長きに渡って抱き続けた課題意識と、解決のために描いたストーリーをお届けする。

医学への興味は幼い頃から。起業への興味は研修医時代に

MICIN代表取締役CEO 原聖吾 起業 元マッキンゼー 医師
原聖吾(はら・せいご)国立国際医療センター、日本医療政策機構、マッキンゼーなどを経てMICIN創業。厚生労働省の「保健医療2035」事務局にて、2035年の日本の医療政策提言策定に従事。氏の両親は、共に医師だ。幼い頃から医療現場を目にしていたこともあり、医療は自然と興味の湧く分野だったという。ごく当たり前のように、医師になる未来を描いた。

「父親は医療分野の研究、母は小さなクリニックを経営していました。子どもの頃から自然と医療の世界を見ていたので、医師としての道は自然な選択肢でした。人が健康であることに貢献したいと考えていましたね」

迷うことなく医師の道を選んだ氏だったが、あるとき転機が訪れる。研修医として病院に勤めた際に感じた、医師から見た医療現場と、患者にもたらされる医療との乖離(かいり)だった。

「医者は、本来社会的にも信用された存在だと思っていました。患者さんもそう思っているのだとも。しかし、当時は患者が病院をたらい回しにされたニュースや、地方の病院から医師が突然引き揚げるなどといったニュースが報道されたタイミングで。どんどんと医師への信頼感がなくなっていく現実を目の当たりにしました。しかし、私が勤めていた病院の医師たちは、毎日寝る間も惜しんで患者さんのために働いていたんです。社会が抱く医師のイメージと実情とには隔たりがあるように思いました」

医療の中枢に携わりたかった

MICIN代表取締役CEO 原聖吾 起業 元マッキンゼー 医師

氏のなかで生まれた、医療現場と世間のイメージの乖離に対する違和感。しかし、現場にいる氏は解決するための手立てを考えられる立場ではなかった。それは、ひとりの医療従事者としてでは動かせない大きな大きな問題だからだ。

「違和感を解決したいと思いました。きっと制度や仕組みで解決できるのだろうと思ったんです。しかし、研修医の私が携われるようなことはなにもありません。このまま医師になったとして病院で働き続けたとしても、その違和感を解決できるとも思いませんでした」

氏が医師を辞めた一番の理由だ。その後、第一次安倍内閣で内閣特別顧問に就任していた日本医療政策機構の代表、黒川氏のカバン持ちになることを選択する。シンクタンクで医療政策を考える立場にキャリアの軸足を移した。

「私が抱いた医療問題の根底は、現場ではなく政策にあるのだと思ったんです。そこで、政策の中枢にいらっしゃった黒川先生のもとで働くことを決断しました。医師を辞める際には周囲の人をだいぶ驚かせてしまったようですが、そこに迷いはありませんでした」

政策の中枢で医療に携わること、そして、黒川氏をはじめとした魅力的な人と働けること。それらが、意思決定におけるすべてだった。黒川氏の元で手足となって働くなかでは、医療における法整備の一部始終も見た。がん対策基本法の制定も、その一例だ。

議論するタネは、霞が関では生まれない

MICIN代表取締役CEO 原聖吾 起業 元マッキンゼー 医師

氏はその後、スタンフォード大学大学院でのMBA取得に踏み切る。一見、意外なように思えるその選択にも、いずれ医療に新しい風を巻き起こしたいと考える氏の明確な意思があった。

「シンクタンクで政策を考える仕事は、市民の声を反映できる良い機会でした。得たものも学びも大きいです。しかし、私は働くなかでひとつ気がついたことがあったんです。それは、政策は霞が関で考えられたアイデアではなく、企業や医療現場の事例をもとに議論されることでした。」

たしかに霞が関は日本の政策を生み出す大切な場所だ。しかし、法整備や環境整備などの多くは、さらに市民に寄り添った場で生まれた意見がもとになって生まれている。さまざまな意見やアイデアは、整理されてはじめて霞が関までやってくる。

「政策よりも、ゼロから新しいものを作り出す『ゼロイチ』に挑戦してみたいと思うようになりました。そこで、ゼロイチの思想を学ぶべくMBAを取得することにしました」

修了後は、マッキンゼーで医療機器や製薬メーカーなどの経営コンサルに関わった。MBA取得後すぐに起業をするほどの自信は、まだ無かったのだそうだ。

「ビジネススクールでもマッキンゼーでも、これまでには触れたことのない価値観や考え方を持つ人に数多く出会っていました。あまりにも優秀な人材ばかりで、すぐに起業する自信はなかったんです。カバン持ちを務めていた頃から周囲には魅力的なマッキンゼー出身者が多かったので、ひとまずビジネススクールで学んだ知識を活用する場としてマッキンゼーに就職しました。」

医療が持っていた課題はビジネスとデータの掛け合わせで解消できると考えた

MICIN代表取締役CEO 原聖吾 起業 元マッキンゼー 医師

マッキンゼーを退職する頃、氏は医療とデータとをつなげるビジネスモデルを複数検討していた。アイデアのなかには、電子カルテのように、既存のサービスやプロダクトのリプレースを目指すものもあった。

「実際にプロダクトとして落とし込むまでには、ずいぶん紆余曲折がありました。既存のものを良くするだけでは足りないという思いも。医療の課題を解決するためには病院に眠っているデータを活用するべきだと考えていたので、データを軸に事業ドメインを考えていました」

ちょうどその頃、医師がインターネットを介して診察する「オンライン診療」が事実上、解禁された。氏はすぐに目をつけた。

「制度の変更があって、オンライン診療が可能になったんです。世間的にはまだそれほど認知されていなかったですが、すぐにシフトしてプロトタイプの制作を行なっていきました。初期にはメンバーの誰もエンジニアリングの知識がなかったので、プログラミングスクールにメンバーを送り込んだほどです(笑)」

難題は多かった。人材採用に悩む日もあれば、キャッシュフローに悩む日もある。極めつけは、プロダクトそのもののオペレーション設計だ。

「オンライン診療なんてまだ誰も行なったことがないから、前例がないぶん難しいことだらけなんです。どのように患者さんと医師とをマッチングさせて、通信環境を整えて、診療して、処方箋を発行して薬を送付するのか、とか。薬も送付なんてしたことがないから『プチプチの緩衝材に包んでいいのかな?』なんてことから議論していました」

仲間に、事業に、自分はワクワクしているのか?

MICIN代表取締役CEO 原聖吾 起業 元マッキンゼー 医師

設立からもうすぐで3年が経過する。オンライン診療も、当時よりは広まってきた。もう1つの柱である、AIをはじめとした最先端の技術を使って医療データを解析・活用する「データソリューション事業」でも成果が見えはじめている。そんな今だから思う、氏の目指す未来のかたちはいったいどのようなものだろうか。

「もっともっと、患者さん一人ひとりに合った医療を提供できる未来を描きたいですね。昔は紙でしかなかった新聞は、いつしかデータ化されてモバイル端末で見られるようになり、そして個別最適化するキュレーションサービスへと昇華しています。医療の在り方もそんな風に、パーソナライズされたらいいなと思いますね」

正直なところ、病院へ足を運ぶのはめんどうだと感じる人は多いだろう。時間をかけて病院へ足を運び、長時間待って、短時間の診療を経て、大量の薬をやっと手にする。フローを考えると、足取りが重くなる。しかし、だ。そんな「めんどう」が、もしも大病を見落とすことになるのだとしたら。オンライン診療は、その「めんどう」を「それなら診てもらおう」に変えられる“仕組み”なのだ。

「身体や仕事の都合など、病院を訪れにくい原因は数多くあります。オンライン診療が、ちょっとした煩わしさを解決してより多くの健康を守る手立てとなることが、私の目標です」

いっぽう、データソリューション事業では国立がん研究センターといった医療機関だけでなく、NTTデータや東京海上ホールディングスなど、大手企業ともタッグを組んでいる。この事業は医療をどう変えるのか。

「たとえば、国立がん研究センターと共同で、大腸がんの内視鏡手術の動画をAIで解析しています。これまで、若手の医師は熟練の医師の手術に同席して目で『技』を盗んできました。今後、『うまい手術』はどういうものか、AIで解明して見える化できれば、より多くの医師のスキルを向上させる手助けとなるでしょう。こうした『暗黙知』を伝えることで、医療の質を改善する手助けをしてきたいと考えています」

医療の未来をつくる、MICIN。最後に、これからスタートアップに飛び込む、起業にチャレンジする読者に向けて送るエールを伺った。

「スタートアップは、万人におすすめできる環境ではありません。しかし、大きなチャレンジを、信じた仲間とできることには意味があると思います。もしも今迷っている方がいるのなら『自分がなににワクワクする?』と問いかけてみてください。もしもそのワクワクが、仲間や事業としての目標だと言えるのなら、きっと頑張れるはずですから」

執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:横尾涼

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