コラム

「チョコレートのスタートアップ」が生まれた理由。Minimal・山下代表

2019-04-19
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
日本人って本当に優秀じゃないの?解を出すために僕は「チョコレートのスタートアップ」を創業した

インタビューも終わりに近づいた頃、こんな言葉が飛んできた。「3119。僕たちが1年間でつくるレシピの数です」この声の主は、株式会社βaceで代表を務める山下貴嗣氏。彼が3119ものレシピを作ったのは“チョコレート”だ。山下氏は2014年8月の会社創業以来、来る日も来る日もチョコレートと向き合い続けている。東京都・富ヶ谷にあるチョコレートブランド「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」ITサービスが中心の界隈の中でも、一風変わったチョコレートのスタートアップの世界を覗いてみよう。

カカオと砂糖のみで、チョコレートの味わいを変える

カカオと砂糖のみで、チョコレートの味わいを変える

名店と呼ばれるパティスリーやカフェが並ぶ街、富ヶ谷。閑静な住宅街の中に、こじんまりとしたかわいらしいお店が軒を連ねるエリアだ。「食で勝負するにはもってこいの環境」と、山下氏が昔のインタビュー記事で語っていたのを思い出す。今回大事なのは、どんな事前知識よりも味わいを知ることだ。まずは、「Minimal」のお店で3種類のチョコレートを味見させてもらった。華やかなベリーの味わい、珈琲が恋しくなってしまうナッツの味わい、爽やかなドライミントの味わい。どれも、口に入れた瞬間に香りがふわりと広がり鼻を抜けていく。少し舌にカカオ豆の食感が残るのも心地よい。スタイリッシュでシンプルなパッケージといい、五感で楽しむチョコレートとはこういう物のことなのだろう。一通りチョコレートを味見していたところで「おまたせしました!」と、タイミングを見計らったかのように山下氏がお店に到着。「食べてくださっているんですね。うちのチョコレートは、カカオ豆と砂糖のみで作っています。ベリー、ナッツ、ミントの味を感じたと思うんですが、それらの味はすべてカカオ豆本来の味わいなんです」「えっ」と、つい声が漏れた。あれほどフルーティーで芳醇だと感じたチョコレートは、すべてカカオ豆と砂糖のみで作られているのだ。「カカオは、産地や農家によって、まるで味わいが違うんです。このカカオの魅力をもっとも引き立てられるものはなんだろう、と考えてみました。その答えがチョコレートだったんです」紀元前に古代メキシコで発見されたカカオは「神の食べ物」と称されるほど高価なものだった。その後、ヨーロッパに渡り、スペインではココアドリンクが、その後イギリスで“チョコレート”が誕生したとされている(諸説あり)。そして現代。いつしか、カカオはあくまでも“おいしいチョコレート”を作るための主成分として認知が広まっていた。でも、本当は逆だったのではないだろうか。「おいしいカカオがなければ、おいしいチョコレートは生まれない。つまり、おいしいカカオを表現するための方法のひとつが、チョコレートなのでは?」「Minimal」誕生の背景にあった、こんな山下氏の根本的な問い。いったい、どのような経験の中で生まれてきたのだろう。

チョコレートのスタートアップの生みの親は、コンサルティング会社出身

チョコレートのスタートアップの生みの親は、コンサルティング会社出身
山下貴嗣(やました・たかつぐ)ー1984年、岐阜県生まれ。慶應義塾大学商学部を卒業後、新卒でコンサルティング会社に入社し、新規事業開発やマネジメントなどに関わる。退職後、豆から製品まで一気通貫で製造するBean to Barのチョコレートとの出会いをきっかけに株式会社βaceを創業した。

──チョコレート、すごくおいしかったです。それにしても、なぜチョコレートの会社を作ろうと考えたんですか?

山下 「前職を辞めたときに、次はなにをやろうと考えていて偶然出会ったものがチョコレートだった、というだけなんです」

──前職のコンサルティング会社はどのような経緯で入られたのですか?

山下 「どこにでもいる学生だったので、普通に就職活動をして、たまたま知ったコンサルティング会社に就職しました。当時すごく人気のある企業だったのと、友人が起業していたこともありますし、なんとなく経営に近い仕事に興味があったんですよね」

──シンプルな理由ですね。担当されていたのはどのような仕事だったのですか?

山下 「いろいろありましたが、印象的に残っているのはナショナルクライアントの人材育成でしょうか。前職は、コンサルティング会社の中でも比較的裁量の大きな企業で、若手でも大きな現場を任せてもらえるチャンスがあったんです」

──なぜ印象に残っているのですか?

山下 「今の事業につながる想いが湧いたからですかね。この仕事を担当できたおかげで、会社を辞めて自分でチャレンジしてみようと思えたんです」

日本人って、本当に優秀じゃないの?

日本人って、本当に優秀じゃないの?

──起業のきっかけに繋がったのは、その中でもどんな経験ですか?

山下 「そうですね…グローバル人材育成をコンサルタントとして担当する中で、日本人と外国人とを比較する声を数多く耳にしました。そんなある時、僕はひとつの問いを立てたんです。『日本人って本当に優秀じゃないの?』と」

──日本と海外のビジネスマン、よく働き方や考え方などの視点から比較されることがありますね。

山下 「日本人は空気を読むとか、気を使いすぎるとか。どれも、マイナスのニュアンスが含まれているんですよね」

──たしかに。空気を読みすぎて意見を言わない。つまり、その人材は優秀ではないという決めつけですよね。

山下 「でも、僕は思ったんです。海外には意見を言い過ぎて雰囲気を壊してしまう人もいるなあと。気を使うことや空気を読むことは必要のない素質なのではなく、むしろ議論を円滑に進めるために持ち合わせた日本人の才能なのではないかな、って」

──あえて控えめに振る舞うことで、議論をファシリテートできる人材はたしかにいますね。

山下 「そうです。日本人は、きめ細やかな感性を持っていて、それはきっと世界の中でも優位性になるはずだと思ったんです」

「狭間の世代」に生まれたからこそ、後世にバトンをつなぎたいと感じた

「狭間の世代」に生まれたからこそ、後世にバトンをつなぎたいと感じた

──では、そこから起業を?

山下 「これはきっかけのひとつですね。起業に至った背景としては、もうひとつ理由があります。僕、いわゆる『狭間の世代』と呼ばれる世代なんです」

──就職氷河期を経験した世代と、ゆとり世代の中間ですね。

山下 「ええ。僕、それがすごく悔しいんですよ。日本は、これから労働人口が減っていくので、GDPが減少する可能性が高いと言われています。そんな日本を支える労働人口の中枢に今いるのは、僕らの世代なんですね」

──ネーミングではマイナスの印象ですが、そこまで悔しいという要素は……?

山下 「僕らの上の世代は、戦後の焼け野原の日本を、高度経済成長を経て立て直した人々です。それなのに、その子どもにあたる僕らの世代が現状に嘆くだけで、経済を発展させていけないと仮定すると、それはせっかく作った豊かさを食いつぶしているとも言えると思ったんです。そんな風に言われるのはすごく悔しくないですか」

──確かに世代間で認識の差はありますよね。

山下 「そう考えることもできますが、諦めてしまうことが悔しかったんです。なんとか後世にバトンを繋ぐような“なにか”ができないだろうかと考えるようになって」

──日本人は優秀ではないのかという問いと、世代によるイメージの誤解の二つの要素が並んだときに、起業家として生きる決断をされたんですね。

山下 「そうです。まず、これからの日本のことを考えると、国内だけではなく外貨を獲得するためのビジネスが必要であると思いました。そして、日本人のコアコンピタンスであるきめ細やかさを活かした事業が良いなと。今の自分にできることも考えていた際に、出会ったのがチョコレートの生産でした」

引き算で生まれたチョコレート

引き算で生まれたチョコレート

──スタートアップで食品を作る企業はあまり多くないですよね。初期コストや生産ラインの開拓など、多くの苦労があったのではないかとお察しします。

山下 「もう、それはそれは大変でした。無知だからできたって、このことですよ。もう二度とやりたくないと共同創業者とよく話しています(笑)。一番苦労したのは、お金の面です。お金って、こんなにも溶けていく様に無くなるんだ、と知りました」

──Webサービスを開発するスタートアップですら、キャッシュが尽きるという話を耳にします。プロダクトや店舗を必要とするビジネスモデルでは、なおのことですよね。具体的にはどういった形で事業を作っていたのでしょうか?

山下 「最初に行なったのは、ビジョンとコンセプトの設計です。僕たちのチョコレートは“Bean to bar”というカテゴリに分類されます。これはカカオ豆の仕入れからチョコレートの製造までを一気通貫で行うということ。この製法自体はアメリカやヨーロッパを中心にブームが訪れていたのですが、僕らはここに日本人らしさを加えました」

──先ほどの「きめ細やかさ」ですね?

山下 「その通りです。日本の繊細さを感じる食といえば和食。いわゆる、足し算ではなく引き算で味を生む考え方を取り入れました」

──カカオと砂糖のみで味を表現するのは、和食の心得があるから、なんですね。

山下 「そうです。他のメーカーとは異なる視点や観点を持つことを重要視したので、ビジョンやコンセプトをブラさないための話し合いを重ねていきました。日本人が再構築するチョコレートと定義付けしたので、自ずとプロダクトのスタンスも決まってくるんです」

──実際にアメリカやヨーロッパにも視察に行かれたのですか?

山下 「もちろん。2ヶ月ほど海外の工場や生産者の元を訪ね歩いて、製法やカカオ豆に関する知識を学びました。産地ごとにカカオ豆の風味がまったく違うのに、その違いが世間ではあまり意識されていないことが驚きでした」

──海外はおいしいチョコレートの素材としてのカカオ豆。カカオ豆の違いを楽しむというよりあくまでもチョコが先で、完成したチョコレートに着目しているんですよね。

山下 「そうですね。カカオの産地や季節を強く意識するのは、四季を知る日本人ならではの特徴でもあるんです。それなら、世界の土地によって異なるカカオ豆の味をそのまま楽しめるほうが日本らしいなと」

まずはベーシックを突き詰める。付加価値はその上に添える

まずはベーシックを突き詰める。付加価値はその上に添える

──徹底的にカカオにフォーカスするんですね。

山下 「僕たち作る側では、ですけれどね。実際にお客様に向けてプロダクトを打ち出すときにはチョコレートとしての魅力をお伝えします。お客様がほしいのは、おいしいカカオではなく、おいしいチョコレートですから。まあ、これも数年やってみて気がついた、当たり前のことなんですけれど(笑)」

──本当の魅力と、見せ方は必ずしも一致するわけではないんですね。

山下 「そうなんですよ。チョコレートの味に関しても、同じことが言えるんです。僕のおいしいと、世の中のおいしい、は別だから」

──「おいしい」という概念はとても広いですよね。好みもあれば、慣れもある。

山下 「だから、食を扱う僕たちが意識するべきは、ベーシックを忘れないことなんです。世の中の標準をとことん突き詰めて、その上に新しい価値を付与する。それが、多くの方に新しさを受け入れてもらうための方法です」

──目新しさや奇抜さをウリにするのではなく、根本的な「おいしい」の軸を持ちながら価値を提供するんですね。Minimalでいうと、その付加価値は……?

山下 「香り、ですね。ふつうのチョコレートって、銀紙に包まれていますよね。でも、うちのチョコレートは密封パックで梱包している。口に入れた瞬間にふわりと香りが残るような仕組みにしています」

──それと、チョコレートが舌に触れる感触も印象的でした。

山下 「それは、付加価値というよりも、記憶に残すための導線です。食べ物って口コミによって伝播することが多いんです。そのときに、端的に魅力を伝えるために特徴が必要かなと思っていて。『要は〇〇』と説明できる、共通言語を持てるプロダクトって、広まるためのフックとして必要なんです」

努力する凡人だから「量」で凌駕する

努力する凡人だから「量」で凌駕する

──「Minimal」の付加価値は、香りを感じられることと。さらに五感にアプローチすることで記憶にも残る。突き詰めるのは大変そう…。

山下 「食べることにおいては、とにかく量をこなしましたね。たくさんのチョコレートを食べることでおいしさの標準軸を持てるようにと意識してきました。レストランやバーなんかにもたくさん足を運んで、世の中の味覚を知るようにしたり。今でも1年間で3119のレシピを作るのは、日々基準をアップデートしている証拠なんです」

──足で稼ぐ、という考え方はアナログにも感じますね。

山下 「基本的に昭和生まれの感性ですからね(笑)。僕自身、自分のことを努力する凡人だと思っているんです。経験してみないとわからないことが多すぎるから、まずは自分が知ることから始まります」

──インタビュー前は、発想力豊かな鬼才なのかと思っていたのですが、淡々と足元を固めていたことが伝わりました。Minimalを生み出してから4年、これから新たに挑戦したいことはありますか?

山下 「2100年くらいに、日本版のLVMHを作りたいんですよね」

──モエ、ヘネシー、ルイ・ヴィトンなどを複合させた企業、いわゆるコングロマリットですね。おもしろそうです。

山下 「チョコレートを軸にして、さまざまな事業を展開できたら、と思っているんですよね。まあ、実際のところは生きているうちに達成できなさそうだから、ちょっとくらいは構想が形になっている、と満足して死にたいなと(笑)」

──日本人は本当に優秀じゃないのか?漠然としたその問いの答えを探すために、山下氏は今日もチョコレートと向き合い続ける。日本人の持つ豊かな感性と、実直なクラフトマンシップで作り上げる本物志向のチョコレート。そこに、山下氏の底知れない努力が積み重なれば「Minimal」が世界の市場を席巻する日も近いのではないだろうか。

執筆:鈴木しの取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:小池大介

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