コラム

AIで未来に「ルネサンス」を巻き起こす。ABEJA・岡田陽介

2018-12-10
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
ABEJA

「世の中を変えたい。そのための手段はなんでも構わない」きっと彼らを形容するための言葉は、AIスタートアップが主流だろう。なぜなら、わかりやすく、シンプルで、パワーワードでもあるからだ。でも、彼らの企業サイトを覗いても、フィロソフィーにもビジョンにも「AI」だなんて言葉は見つからない。それは、あくまでもAIは手段でしかないと考えているからだ。株式会社ABEJA(以下、ABEJA)。「ゆたかな世界を、実装する」をフィロソフィーに、「イノベーションで世界を変える」をビジョンに掲げて、イノベーションの連続によって生まれる社会変化を目指している。今回は、ABEJA代表取締役社長の岡田陽介氏(以下、岡田氏)に、これまでの経験から得た起業論やABEJAに込めた想いを伺った。

一度目の法人化は「登記が必要だったから」だけの理由

法人化、登記
岡田陽介(おかだ・ようすけ)ー株式会社ABEJA代表取締役社長。1988年愛知県名古屋市出身。10歳からプログラミングをスタート。高校でCGを専攻し、全国高等学校デザイン選手権大会で文部科学大臣賞を受賞。大学在学中、CG関連の国際会議発表多数。その後、ITベンチャー企業を経て、シリコンバレーに滞在中、人工知能(特にディープラーニング)の革命的進化を目の当たりにする。帰国後の2012年9月、日本で初めてディープラーニングを専門的に取り扱うベンチャー企業である株式会社ABEJAを起業。2017年には、ディープラーニングを中心とする技術による日本の産業競争力の向上を目指し、他理事とともに設立し、日本ディープラーニング協会理事を務める。

岡田氏の一度目の起業は、大学2年生のとき。当初、起業の選択肢は頭のなかにはなかった。楽しかったからサービスをつくって、登記したほうが便利だからと、法人化したのだという。

岡田 「これまでに二度の起業を経験していますが、起業したいと思ってした起業は一度もありません。自分のやりたいことを実現できるならどこでも良いと思っていたし、会社に入社してそれができるならそれでも良かったんです」

初めての起業では、画像共有を中心としたSNSのようなサービスを開発した。ちょうどLTE回線が発達したタイミングだったことが背景にあり、これから共有サービスが伸びるだろうと考えて制作していた。

岡田 「大学時代の同級生とふたりで開発しました。法人化したのは、開発したアプリをApp Storeに登録する際に、個人より法人のほうが信頼してもらいやすかったことが理由です」

起業したかったわけではなく、自分の創りたいものを開発していたら、いつの間にか法人化するほうが便利なことに気がついた。それを周りの人が起業と呼ぶ。その程度のものだったそうだ。ただ、一度目の起業では大きな壁にぶつかった。それが、SNSサービスのマネタイズ方法だ。通常であれば、広告でマネタイズすることが多いSNSだが、当時は方法がわからなかった。

岡田 「どのようにお金を稼ぐのか、キャッシュフローも含めたコストサイドのことが全くわかりませんでした。ただひとつ自明だったのは、サーバーのコストばかりが指数関数的に伸びていくこと。ユーザーが1万人まで伸びたらキャッシュが尽きるとわかったんです」

その後、事業をたたんだ。ただ、趣味の延長線上で経験した最初の起業は、岡田氏の人生に大きな影響を与えているようにも感じられた。

経営者としての基礎を学んだ22歳

経営者

22歳のとき、岡田氏には大きな転機が訪れている。それは、リッチメディアへの入社だ。当時住んでいた名古屋から、東京に通いつめる生活をしていた岡田氏に「うちに来ないか」と誘った人物が、リッチメディア代表の坂本氏だった。

岡田 「事業をたたんだあと、今後の自分のキャリアを考える上で東京の起業家に会いに行っていました。名古屋からはるばる若者が来るならと、意外にも様々な経営者の方とのアポが取れ、食事に連れて行ってもらえたのです。そこで出会ったのが、坂本さんでした」

東京に足繁く通う岡田氏に目をかけた経営者は、決して少なくなかった。当時、20歳代前半にして自分でサービスを開発し、起業までする人材はごく稀だからだ。「エンジニアとして、うちに来ないか」とさまざまなオファーがあるなかで、坂本氏だけは「エンジニアとしてではなくていいから、うちに来ないか」と岡田氏に声をかけていた。

岡田 「エンジニアとして働きたいと思っていたわけではないので、坂本さんの言葉がうれしかったんです。リッチメディアでは経営者としての基礎を学べるように、いろいろな部署を2〜3ヶ月ごとに回らせてもらっていました」

デザイン・エンジニア・セールス・マーケティング・事業開発など、経験できることはすべて経験した。実質的には11ヶ月しか働かなかったものの、最終的には事業責任を持たせてもらったりと、裁量の大きい環境だったという。

岡田 「新規事業を立ち上げるときには、かなりの決裁権も渡してくれました。今考えると、そこまでまかせてくれる坂本さんってすごい方ですよね(笑)」

あらゆる部署を回るなかでは、知らない知識をゼロから学んで素早く課題解決を行うスピード感と手腕が試された。だんだんと岡田氏が見つけたものは、すべての仕事に共通する抽象化されたフローだったという。

岡田 「まずはじめに、なにも知らない状態からその仕事や部署に関係しそうな本を10冊くらい読むんです。そのうえで、仕事のプロセスを確立させて、課題を見つけて、改善する。効率化したり、より良い方法を見つけて提案したりしました」

ご褒美で行ったシリコンバレー。出会ったディープラーニング

シリコンバレー

現在のABEJAにつながるきっかけは、リッチメディア在職中に訪れたシリコンバレーだった。シリコンバレーで過ごすなか、エンジニアが集まるカフェでたまたま聞いたディープラーニングのベースとなる技術であるニューラルネットワークの話がおもしろかった。その後訪れたミートアップでさらに興味が湧いた。当時、英語は話せなかったものの、コードと数式のみで会話をすることで、岡田氏はディープラーニングの技術に魅せられていることを実感していた。

岡田 「アメリカのエンジニアって、すごく明るくてフレンドリーで、話好きな人が多いんです。その空気感が僕も好きだったので一緒に過ごしていたら、良い意味で『日本人らしくない』と言われてかわいがってもらいました」

日々進化を遂げるニューラルネットワークやディープラーニングの技術を活かして事業を興したいと考えた。ただ、これらはどれも、シリコンバレーで話題に上りはじめたばかりの技術だ。当時、日本で挑戦している企業は、ほとんど存在しなかった。

岡田 「帰国後、、日本では誰もディープラーニングに関する知識を持っていないし、事業化への理解も得難い。それなら自分で立ち上げようと思って、二度目の起業を行いました」

そうして、テクノロジーの力で産業構造の変革に取り組むABEJAを立ち上げた。どうしても経営が難しくなったらどこか企業にでも入ろうと気軽な気持ちで起業したという。起業当時は2012年。シリコンバレーでは、さんざん話題になっていたディープラーニングは、日本では関心が薄かった。プロダクトを開発してもなかなか広まらず、資金繰りへの苦労や焦りもあった。ただ、あるタイミングから岡田氏のなかに生まれていたのは、キャッシュへの不安よりも大きな、日本への不安だった。

岡田 「僕たちが開発したプロダクトが世間的にも受け入れられてきたのは起業から3年経った頃でした。その時期には、他にもディープラーニングなどのAI技術を専門とする企業が複数台頭していました」

「そこで思ったんです」と、続ける。ーー世界と比べてこんなに遅れている日本って、大丈夫なんだっけ?

平成の終わり、僕らはルネサンスを目指す

ルネサンス

米中をはじめとした世界と比べ、テクノロジーへの理解・事業化において周回遅れている日本の現状に、多大なる不安を覚えた。そして、岡田氏は決断した。ゆたかな世界を、実装するために、今はディープラーニングの技術を用いて、日本にイノベーションを起こす企業をつくるのだと。それこそが、ABEJAだ。

岡田 「最終的に目指しているのは、人々が労働から解放されたり、GDPの7割をAIが生み出せるようになる世界です。そうしたら、仕事という概念そのものがなくなるのですから、好きなことをやることが人の生きる意味になります」

14世紀頃、イタリアではじまった文化運動「ルネサンス」の潮流が日本に訪れるかもしれない。少なくとも、岡田氏が目指しているのはそんな世界だ。

岡田 「これから先の時代は、お金の価値も変わるし、国境と呼ばれるものもいずれ変わるでしょう。貿易や物流には、テクノロジーが活用されていないがために非効率な部分はまだまだあります。そういった業務プロセスを効率化する要素のひとつに、ディープラーニングの技術が活かせるならと考えています」

ただ、そうはいってもその世界観は、なかなか理解され難いものだった。多くの人の反対意見を受けてもなお、岡田氏が走り続けられるのはなぜだろうか。

岡田 「創業時に信じてくれたエンジェル投資家や、アカデミアの先生らのサポート、そしてメンバーの存在は大きいですね。また、うまくいくかわからないことに取り組むのがスタートアップだと思っているからです。

ピーター・ティールも『0to1』で言及しているように、多くの人が信じない、“隠れた真実”こそが、重要だと。僕にとってはそれが、ディープラーニングでした。だから、その想いがある限りはメイクセンスするまで続けるだけです」

意思決定の軸は、ゆたかな世界を、実装できるかどうか

意思決定

絶対にこれからの時代をつくる技術だから走る。そう決められるかどうかは、自身の強い意志に委ねられている。最後に、岡田氏が抱く譲らない意思決定の軸を聞いてみた。

岡田 「シンプルですよ。自分のその行動が、『ゆたかな世界を、実装する』というフィロソフィーにに結びつくかどうかです。一番大切なフィロソフィーに準ずる行動であるのか意識すると、自ずと自分の取るべき行動は見えてきますから」

「イノベーションで世界を変える」ABEJAが抱くこの想いを叶えるために、産業構造を変革する未来をつくるために、岡田氏はいつも決断する。取材を終えてみると、岡田氏を突き動かすのは、日本に対する大きな不安と期待が入り混じった複雑な感情のようにも見える。だが、イノベーションで世界を変えると謳ったそのフィロソフィーには、寸分の狂いもない。強い感情と、技術への絶対なる自信。ABEJAが目指す、ルネサンスのある世界は、もしかしたら数十年後の未来に訪れているのかもしれない。

執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:三浦一喜

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