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SaaSスタートアップ「Wovn」、経営判断と組織づくりを振り返る

2020-03-03
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部

Webサイトの多言語化を可能にするSaaSサービス「WOVN.io」。提供しているのは、Wovn Technologies株式会社(以下、Wovn)だ。もともとは中小企業を対象に事業を展開していたが、現在はエンタープライズ向けを追求したサービス提供をしている。2017年に下した大きな決断の結果、昨年6月には約14億円の資金調達に成功。界隈でも注目を集めるスタートアップのひとつとして成長を遂げている。気になるのは、エンタープライズ開拓の過程にあった決断や、同時期に組織に起きた変化だ。この記事では、Wovnの経営メンバー林鷹治氏・上森久之氏、営業部長の桐原理有氏を招き、for Startups社内で行なったトークイベント形式の勉強会の様子をレポートする。

林鷹治(はやし・たかはる)Wovn Technologies株式会社 代表取締役社長北海道札幌市出身。gumiブラケットでソフトウエアエンジニアとして勤務した後、2014年にミニマルテクノロジーズ(現Wovn Technologies)を設立。

上森久之(うえもり・ひさゆき)Wovn Technologies株式会社 取締役副社長 COO北海道出身。デロイト・トーマツにて、新規事業/オープンイノベーションのコンサルティング、会計監査、M&A関連業務などに従事。公認会計士登録。2016年、ミニマルテクノロジーズ(現Wovn Technologies)に参画。

桐原理有(きりはら・りう)Wovn Technologies株式会社 Sales Department Head大学卒業後、ベルシステム24を経て、2004年にワークスアプリケーションズに入社以降、新規開拓を主軸に新規事業の立ち上げ等幅広く経験した後、Vice Presidentとしてセールス部門の責任者として活躍。2019年よりWovn Technologiesに参画し、Sales Department Head(営業部長)に就任。

プライシングページの「0」を、ある日突然付け足した

「そもそもの創業経緯からお話すると、僕は社会人1年目でエンジニアとして就職したので、起業するまでエンジニアとして働いた経験しかありません。あるタイミングからSTORES.JPで働いていたんですが、そのときに開発したソフトがきっかけでWovnを設立しました。そのソフトが、ECサイトの仕様を日本語版から英語版に自動切り替えできるものでした。ECサイトって英語版を作ると翻訳がうまくいかなかったり、デザインが崩れたり、いろいろ問題が起こるんです。それを解消して、自動切り替えできたらいいなと思ったのです。2014年頃流行っていた、A/Bテストの自動化ツール『Optimizely(オプティマイズリー)』から着想を得て、自分なりにリバースエンジニアリングでコピー版を作ってみて、それをECサイトにも対応できるよう作り変えたと。そうしたら、ソフトの反響がとても良くて、それなら事業化してみようかと考え、Wovnを創業しました」

上森Wovnは2014年にサービスの提供をスタートしました。多くのWebサイトが実装してくれましたが、野心的な事業計画を達成するほどのMRR(月間経常収益)獲得は難しく、収益も少しずつしか上昇しない時期が続き、ビジネスモデルの改革を行うことにしたんです。そこで考えたのが、エンタープライズSaaSへの転換でした。すでに活用してくださっている大手企業が5社ほどあったので、そこにフォーカスを当てて事業を展開しようと。行なった施策は、大胆な単価の引き上げでした。4期目にエンタープライズへのシフトを決定し、1ヶ月後には月単位の価格を大幅に引き上げてエンタープライズ向けサービスへと転換を図りました。その時に何をしたかと言うと、突然プライシングページの“0”をひとつ足したというシンプルな話なんですが(笑)」

桐原 「セールスの立場からすると、驚きが大きかったと聞いています(笑)」

上森 「特に若手メンバーは、突然価格が10倍になる理由を説明しなければならなかったので、戸惑っていました。でも、経営陣から『僕たちのサービスにはその価値がある』と繰り返し伝え続けました。価格を上げることでセールスの行動や意識が変わり、英断だったなとは思いつつも、他に競合がいないからこそ成し得た話だと思います。顧客満足を追求し、自分たちがサービスレベルを定義して市場価格を形成しているので、変化させられるのも自分たちでしたから」

スキルの高い営業メンバーを、あえてプレイヤーとして配置する

上森Wovnの社風ってどんな風に感じていますか? 僕の目線からだと、掴みどころがなく飄々としているようで、実は熱い思いを抱えている人が多いなあと思っているんですけれど(笑)」

桐原 「最近は新しいメンバーが入ってまた新しい雰囲気に変わりつつあるタイミングですよね。特にセールスは、これまで同世代のシニア層が多くて、スタートアップの中では営業歴の長いメンバーが揃っていました。レベルも高かったですしね」

上森 「桐原さんは、ワークスアプリケーションズの7,000人の組織から、突然40人の組織に転職しているわけですよね。組織の印象はどうでしたか?」

桐原 「僕自身は、前職のワークスアプリケーションズで、一番大きなチームのマネージャーとして働いていました。ワークスアプリケーションズ史上、最も売上の高いチームで営業を続けていたので、営業スキルも高いレベルを求められましたね。Wovnは途中から、エンタープライズ向けにシフトしました。ただ、大手企業は政治的で複雑なフローのもとクロージングまで持っていかなければいけません。これはセールスの観点で見ると、とても難易度の高い仕事なんです。それでも、着実にキーマンにアクセスしてコミュニケーションを取りながら実績を挙げられているのは経験豊富なセールスが在籍しているからだろうなと思います。ちょっとした担当者の違和感や表情の変化などを読み取りながら営業ができるので、相手の要望やリクエストなどを柔軟に汲み取れるんですよね」

上森 「エンタープライズ向けのサービスを作る場合は、とてもロジカルな営業戦略を立てる必要があるんです。なぜなら、大手企業が新しい技術をを導入するプロセスには明確なロジックがあります。新しい技術は大企業から実用化されるという原理があります。だから、大手企業の考え方やルールを無視しない形で営業を行うことが重要でした。歴史を振り返っても、1960年代、当初コンピューターは“ビジコン”と呼ばれ、まずはIBM主導で大企業が実用化をしました。その後、20年ほどの技術革新と社会浸透を経て、1980年代にアップルが個人向けに“パソコン”を普及さています」

桐原Wovnが何よりも強かったのは、シニアで経験豊富なセールス人材を、マネジメントではなく担当営業として一気に配置したことですよね。エンタープライズへのシフトも、このアサインによって成し得たことだと思っています」

上森 「採用の話でいうと、セールス人材の採用活動に苦労しましたよね」

「そうですね。特に、国内と外資、それぞれで働いている方の実力を見極めるのが難しかった。純粋に、外資のセールスパーソンは日本企業に比べて高いお給料をもらっているケースがあって、給与レンジがそのまま実力には反映できないんです。もちろん外資にも優秀な方は多いんですが、本社が海外にある企業の場合、日本法人は世界各国にある支社のひとつという立ち位置です。改善機能が国内にない場合が多いので、フィードバックから改善に至るプロセスが全く異なってしまったり……。カルチャーの違いから採用に悩むことはありましたね。試行錯誤の末、多くの経験豊富なメンバーが『世界中の人が、すべてのデータに、母国語でアクセスできるようにする』というミッションに共感し、一緒に仕事をできるようになったことは、本当に励みになっています」

Wovnが目指すは「ネオ昭和営業」

上森 「エンタープライズにシフトチェンジしたタイミングで、営業戦略をどのように切り替えていったのか、紹介してもらえますか?」

桐原 「一番大きく意識していたのは、事例として掲載できる“ロゴ”を取りにいくことですね。僕らは製品の質に絶対の自信がありますし、だからこそ商材が売れるべきだという自負もある。ただ、やはり大手企業にとっては他社も活用しているサービスであるという事実が、導入する上では重要なんです。だから、あえて営業の際に『ロゴを掲載させていただけませんか?』と触れるようにしています。もしかしたら受注率が下がってしまうかもと懸念していても、後出しにはしない。あとは、セールスが活き活きと自分たちのサービスを語れることもとても重要でした。スタートアップは、流行りのKPIのフォーマットにハマりがちです。どこも同じようなKPIを語る。管理しやすいし、比較もしやすいので採用するのは良いと思うのですが、違う商材を提案しているわけでそれに準じる必要はありません。Wovnでは、いまのところ活動に関するKPIは管理していません。各人のキャラクター、シナリオを1on1で把握して、ベストのパフォーマンスを主体的に出してもらうマネジメントをしています。KPIに管理されて、現場のワクワク感が奪われて、死んだような目で営業するようになってしまうのは避けたい。そういう組織にだけはしたくないと思っています」

「あとは、世の中の流行やトレンドをあえて斜めから見て、逆に昔から伝統的にされていることを取り入れようと強く意識しています。たとえば、カスタマーサクセス。カスタマーサクセスを盲信しすぎると、業界でベンチマークされている“青い本”や『THE MODEL』の内容にとらわれてしまうことがあります。書籍の内容と反する話をすると『でも、THE MODELでは……』という話が出てきたり。でも、本来の“顧客対応”は、扱っている製品やクライアントによって大きく変わるものなので、カスタマイズしたり、本の中で否定されていることをやることも必要と思います。だから一時期は、べき論に引っ張られない組織づくりのために、オフィスでタバコを吸おうとか、社歌を作ろうか、みたいな議論すらしていましたね(笑)。昔、日本で結果を残した昭和の営業マンのスタイルを参考にしつつ、今取り入れるべきスタイルを模索し続けています」

桐原 「背中を見て学べ的な昭和営業を否定する動きもありますが、そこから学ぶこともあります。新しいことも学びつつ、ハイブリッドでやっていきたいと思っています」

上森 「僕たちは『守破離』という言葉を大切にしています。“一般的な正解”は書籍を読めば手に入ります。ブログを読めば手に入ります。他社実例からも正解は手に入ります。でも、プロダクトやビジネス環境はさまざまです。本質を突き詰めると、必ずしも書籍やブログや他社実例から手に入れた“一般的な正解”が、大きな成果に貢献するわけではありません」

桐原Wovnではそんな流れを『ネオ昭和営業』なんて呼んでいます(笑)」

一同「(笑)」

上森 「これからの成長戦略も紹介しましょうか。僕らが何を目指しているのか」

「今後は、組織拡大に注力する、の一言ですね。現在、社員が100名ほどで、売上も徐々に上がっているタイミングです。ここからのステージで必要になるのは組織力だと思うので、体制づくりに尽力していきたいと思います。若手のメンバーが少しずつ増えて良い循環が作れているので、そこをさらに強化して、よりソリッドな組織を作りたいですね。若手メンバーにとっては、シニアなメンバーからさまざまなことを学び、ぐんぐん成長していける環境があり、そこはWovnのこれからの強みになっていくと思っています。会社が競争力を持つ源は、何よりも組織力だと思うので」

桐原 「セールスとしては、エンタープライズ向けの営業を推進する中で、だいぶ実績が積めてきました。今後は、大手企業の同業界での横展開を行なっていこうと思っています。CXOを始め、裁量権を持った人材とのコミュニケーションを積極的に行うことで、予算をしっかりと獲得し、MRRの上昇に貢献したいですね。新しいトレンドや知識は吸収しつつ、今後も変わらずに信念を守りながら仕事を続けていきたいです」

経営レイヤーの目線に立てる、プレイヤーの重要性

経営陣と、セールスマネージャー。それぞれの観点でWovnの成長を振り返る本イベント。組織形成や営業戦略立案を行う上での悩みや決断がリアリティある形で話されたことが印象的だった。注目を集めるSaaS市場の中で、どのように独自の戦略を立てて実行するのか。そのプロセスこそが、成功するスタートアップとなれるかどうかの岐路なのかもしれない。また、他社で実績を残したメンバーがプレイヤーとして参画しながら、経営層と同じ目線で施策を語る姿も注目すべき点だった。実績を積んだメンバーと若手をミックスさせながら互いを高め合うWovnの組織づくりは、多くのスタートアップにとって参考となるのではないだろうか。

編集デスク:BrightLogg,inc.執筆:鈴木詩乃編集:鈴木雅矩撮影:小池大介

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