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エンジェル税制、改正のポイントを解説。スタートアップへの再投資は20億円まで非課税に【日本版QSBS】

2023-03-31
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

令和5年度(2023年度)の税制改正法案が衆参両院で可決・成立した。

スタートアップ関連の目玉の一つがエンジェル税制の改正だ。保有する株式を売却して得た利益について、創業期のスタートアップに投資したり、自己資金で起業したりした場合に最大20億円まで非課税となる。

スタートアップの株式を売却して得た利益には一定額まで課税しないアメリカのQSBS(Qualified Small Business Stock)をなぞり、「日本版QSBS」とも呼ばれるこの制度。詳しい内容を解説する。

この記事でわかること

・エンジェル税制とは
・エンジェル税制、変更点は
・課税免除になるための要件は
・国の狙いは

エンジェル税制とは

エンジェル税制は、創業まもない企業へ投資する「エンジェル投資家」に対して税制上の優遇措置を設ける制度だ。

創業直後の企業は、事業の見通しが不透明なことが多い。資金調達のルートも限られるなか、エンジェル投資家は重要な資金供給元だとされる。

これまで、エンジェル投資に対しては「課税の繰り延べ」という優遇措置が設けられていた。保有する株式を売却して利益を得ると、所得税(15%)に住民税(5%)、それに復興特別所得税(0.315%)を合わせた20.315%が課税される。これに対し、要件を満たすスタートアップへ再投資したり、自己資金で創業したりした場合に課税を繰り延べる、というものだ(地方税である住民税は対象外)。繰り延べた分は、再投資によって取得したスタートアップ株を売って利益を得た時に課税される。

具体的な例を挙げてみていこう。なお、分かりやすさを重視するために復興特別所得税(0.315%)は計算に含めていない。

株式を売却して20億円の譲渡益を得た人がいたとする。このうち5億円を要件を満たすスタートアップへ再投資した場合、課税額は次のようになる。

①再投資した5億円にかかる税率5億(繰延対象)×5%(優遇措置適用対象外の住民税)=2,500万円(課税額)
②残った譲渡益にかかる税率20億(譲渡益)-5億(再投資分・繰延対象)=15億15億×20%(税率)=3億円(課税額)
①+②=3億2,500万円

数年後、投資した企業が成長し、取得した株式を倍の10億円で売却したとする。

この時、この人が得る利益は、

10億円(売却額)-5億円(取得に要した金額)=5億円(譲渡益)

この5億円は課税対象になるが、さらにかつて繰り延べとなった金額が加算されることになる。つまり、この人が払うべき税金は

①譲渡益にかかる税率5億円(譲渡益)×20%(税率)=1億円(課税額)
②かつての繰延対象にかかる税率5億円(かつての繰延対象)×15%(かつて課税された住民税を除く税率)=7,500万円(課税額)
①+②=1億7,500万円

ということになる。

エンジェル税制、変更点は

2023年度(2023年4月1日)からはこの制度が一部、変更になる。具体的には「繰り延べ」が「免除」になる。

一体、何がどう変わるのか。

先ほどと同じように、20億円の譲渡益を得た人が5億円を再投資したケースに当てはめてみよう。

①再投資した5億円にかかる税率5億(課税免除対象)×5%(優遇措置適用対象外の住民税)=2,500万円(課税額)
②残った譲渡益にかかる税率20億(譲渡益)-5億(再投資分・課税免除対象)=15億15億×20%(税率)=3億円(課税額)
①+②=3億2,500万円

先ほどは「繰延」だった5億円が「課税免除」に変わっている。

こちらも、数年後に株式を10億円で売却したとする。

この時、この人が得る利益は、

10億円(売却額)-5億円(取得に要した金額)=5億円(譲渡益)

先ほどはこの5億円(譲渡益)に、かつて繰り延べになっていた5億円が加わり課税されていた。しかし、今回の改正では「免除」になるため、課税されるのは、

5億円×20%(税率)=1億円(課税額)

のみとなる。なお、課税免除は20億円が上限だ。

課税免除になるための要件は

課税免除の対象になるためにはいくつか要件がある。

まず、スタートアップへ再投資するケースを見ていこう。

対象となるスタートアップは「プレシード・シード期」に限定されている。経産省によると、現行のエンジェル税制の定める未上場のスタートアップであることに加え、以下の条件のうち全てを満たす必要がある。

①設立5年未満
②前事業年度まで売上が生じていない。売上が生じていても、前事業年度の試験研究費 / 出資金の比率が30%以上(出資金のうち、前事業年度の試験研究費が3割以上を占める)
③営業利益が赤字

これに加えて外部資本要件というものもある。「発行済み株式の総数の30%以上を保有する個人や親族などの株主グループ」に対し、投資実行後に外部由来の資本が5%を超えている必要がある。

また、売却益を得た年の年末(12月31日)までに投資しなければ課税免除されない点にも注意が必要だ。

続いて、自己資金による創業だ。こちらは、出資金のうち販売管理費が30%を超えることが要件となっている。さらに、創業した年の年末までに外部資本が1%を超える必要もある。つまり年末時点で自己資本100%の状態では課税免除の対象外ということだ。

親族ではない共同創業者と同額ずつ設立出資し、株式をそれぞれ50%ずつ分け合う場合はどうなるか。経産省の担当者によると、こちらも外部資本要件を満たす必要があり、創業年の年末時点で「持株比率が1%以上かつ30%を超えない株主」が存在しなければいけない。

国の狙いは

国は2022年11月に公表した「スタートアップ育成5か年計画」のなかで、2027年度のスタートアップへの投資額を10兆円規模とするほか、将来的にはスタートアップ10万社・ユニコーン(時価総額1,000億円超の未上場企業と定義)100社の創出を目指すとしている。

エンジェル税制の改正はそのための打ち手の一つだ。投資家側の恩恵を大きくすることで、株式投資の利益が新たなスタートアップに還流していく効果を期待する。

「スタートアップ10万社」の目標に対しては、諸外国よりも低い日本の開業率(5%程度)が課題となっている。主な理由として挙げられるのが事業失敗時の金銭リスクだ。日本政策金融公庫は2022年11月に、起業に関する意識調査を実施している。調査の中で、起業に関心はあるが実行していない人たちに失敗した時のリスクについて尋ねたところ、▽安定した収入を失うこと(62.3%)▽事業に投下した資金を失うこと(61.8%)といった回答が多かった。▽借金や個人保証を抱えることも55.7%と4番目に多かった。

新しい税制はこれに対し、事業が失敗しても原則として返済義務を負わない「リスクマネー」の流入を促す狙いがある。

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