コラム

TBSイノベーション・パートナーズの投資戦略とは。独立系VCとの違いは?

2019-08-20
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部

スタートアップ界隈の盛り上がりを受け、更に畳み掛けるように、近年、大手事業会社によるCVCが今までにない速度で立ち上がっている。オープンイノベーションの呼び水ともなりうる機運が高まるが、いわゆる独立系VCとの違いはどこにあるのだろうか。また、本体事業とはどういった関係性にあるのか。2013年、CVC黎明期から業界の先駆けとして活動を続けるTBSイノベーションパートナーズ片岡氏に話を聞いた。

片岡正光(かたおか・まさみつ)TBSイノベーション・パートナーズ合同会社 代表パートナー1992年慶應義塾大学卒業後、株式会社東京放送に入社。法人営業、事業開発、経営戦略に従事し、放送事業におけるビジネス領域全般にてキャリアを重ねる。2013年TBS-IP1号ファンド、2018年TBS-IP2号ファンドを組成し、計48億円のCVCファンドを運用。本体投資も含め30件以上の投資実績を重ねる。メディア・エンタテイメント領域、社会的インパクト領域への投資を中心に、TBSグループ全体の成長戦略立案と実行を担当している。TYFFON Inc.社外取締役、みんな電力(株)社外取締役、一般社団法人 日本ベンチャーキャピタル協会 理事。(株)東京放送ホールディングス経営企画局投資戦略部長。

本体投資戦略部門がCVCまで一気通貫で担当することで、スピードのある意思決定と幅広い投資が可能に

──近頃、大手事業会社によるCVC設立のニュースをよく耳にします。その中でも比較的早い段階で立ち上げられたTBSイノベーションパートナーズの特性を教えてください。

片岡「我々は2013年に設立したCVCで、主力メンバーは5人ですが、社内で兼務する弁護士や会計士などのメンバーを含めると現在合計11人で構成されています。立ち上げ当時は18億円のファンド運営からはじまり、今ではTBS本体投資額と合わせて80億円弱ぐらいの運用規模です。 我々の特徴は、事業会社本体にある投資戦略部門が、CVCとしてスタートアップの投資まで担当すること。つまり、本体のM&Aからスタートアップのシード投資までを一気通貫できると言うことで、他社ではあまり見ない仕組みかと思います」

──一気通貫可能な体制では当然、意思決定の早さがメリットとしてあげられますが、それ以外はいかがでしょう。

片岡「新規事業部門の活動ですと、既存事業と利益相反する可能性があるスタートアップへの投資をあきらめざるを得ないケースもあると思いますが、CVCの場合、幅広いスタートアップに投資が可能です。特に弊社では本体会社の経営方針と投資戦略が連携しているので経営陣との齟齬が生まれません。 それに、本体投資、ファンドと投資できる窓口がいくつもありますからマイナー投資もできますし、ある程度の持分を持つ本体からの出資も可能です。案件の目的やサイズ感に合わせたフレキシブルな投資対応ができるので、他と比べてもやりやすさは格段に違うと思います」

──ハンズオンについてはどうですか?

片岡「ファンド設立当初は素人の状態でしたので、ハンズオンなんてとてもじゃないけれどおこがましいと思っていました。しかし、だんだんと経験を積むうちに独立系VCとは違った領域で、CVCも十分ハンズオンできると手応えを感じるようになりました。特に事業会社のネットワークを活用して、人材しかり、営業のルートしかり様々な企業や人の紹介が可能です。また自社特有のリソースを割いた支援もします。 実際に、我々が出資したVR/AR/MRを用いたコンテンツ開発を行う『Tyffon社』には、弊社の優秀な若手をフルタイムで出向させて事業全般に対する支援をしていますし、デジタルテーマパークを運営する『プレースホルダ社』には、弊社のグループ会社が3Dモデリングの制作支援をしている事例もあります。 さらに、資金調達含め、距離の近いVCと組んでどのように投資先のサービス、プロダクトを見せていくかテコ入れすることもあります。事業パートナーでもある電通と連携して、彼らのトップクリエイティブチームに参加してもらい、コアバリューの策定やブランディングなどの面でハンズオンしていくケースもあります。toCのITプロダクトに技術格差がつきづらい時代だからこそ、投資先のブランディング支援などを早くから行い、マーケティング強化に取り組んでいます」

──本体か、CVCか。どちらから投資するか、どのように区別されているのでしょう。

片岡「基本的に我々のグループのポートフォリオ上に位置づけられ、ステークホルダーに理解頂ける成長戦略ストーリーが描けるものが本体からの出資になります。一方CVCは、もう少し尖った新しいビジネスの種を見つけるために、いわゆるシリーズAからレイターまでどのタイミングでもフレキシブルに対応するつもりでいます。 そもそも、僕たちの投資に対する考え方は、ストラテジックリターンとファイナンシャルリターンのどちからではなく、両方とも重視するというもの。更にいえば事業会社の場合、最終的にはストラテジックリターンで得られるものの方が様々な面で大きいはずなんですよね。 ただ、それには時間がかかる。CVCとしては一番簡単なストラテジックリターンはM&Aですが、それでも一定の成果を得るにはそれなりの時間がかかります。優秀なスタートアップだと1.5年〜2年の間に新たなファイナンスの時期が来ますので、けして短期にIPOしなくても、そこで約束したKPIを達成して、資金調達、株価が上げていくことで企業価値が上がり、我々も自分のファンドの時価評価に反映できる。短期的な成果と進捗はファイナンシャルリターンで見せて、最終的な成果は時間をかけて最後の大きなストラテジックリターンで得るものだと考えています」

事業会社の独自リソースを活用することで、社会的インパクト投資が可能に

──投資先はどのように選ばれているのでしょう。

片岡「具体的には本体の戦略と照らし合わせながら、一般的なM&Aなどと同じようにバリューチェーンから考えていきます。何年後にどう変わっていくか、刷新していくのか、補強していくのかといったことを常に議論していますから。一方で、我々は番組コンテンツを届けて視聴者の方に喜んでいただいたり、驚いていただいたりと、なにかを学んでいただくのが本業です。視座を少し上げ、そうした豊かな『時間を届ける』ことが事業だと規定すると、投資領域は一層広がっていきます。 加えて、報道機関としての役割からは、何か少しでも社会のために役立つやり方はないか模索する中で、最近はSDGsといったテーマも含め、社会起業家の方への支援も念頭に置いています。そうした自分たちの事業を考える視座の高さを変えて、影響を受ける時間軸やあるべき姿をを行ったり来たりしながら投資対象を検討しています」

──社会起業家への投資となると一般にはリターンやシナジーが生まれづらいといったことも言われますが。

片岡「おっしゃる通りで、社会的インパクト投資だとか社会起業家に対する投資ってすごく難しいです。一般的にはアップサイドがあまり大きくなく、時間軸も長い。独立系VCの方でも投資し難い領域だと感じます。だからこそ、我々のような事業会社独自のリソースを活用し、社会課題と直接向き合う起業家の成長支援ができる可能性があると感じています」

片岡「社会全体を見てもここ1年の間で、サスティナブルな社会を作ろうとするマーケットの追い風が強くなっています。経済も含めて、今後の社会の中心となるミレニアル世代の人たちの強い思いがこういった状況を生み出しているのではないでしょうか?そうなると、企業としても『求められること』にちゃんと応えていく必要がでてきますし、僕自身、投資で最も重要視しているのは『マーケットの大きさとその成長性』です。 とはいえ、我々放送局は自分たちの手がけたコンテンツが世の中に影響し、たった一晩で社会が大きく変わるといったことを身近に感じています。そうしたムーブメントは、見方によっては社会起業家たちが社会を変えようとすることと似ている部分がありますので、我々がCVCとして向かっていくべき対象であり、テーマだと感じます。 今後はより一層社会課題に向き合う起業家の方を応援していきたいです。それこそビジネスとして仕上げるのに苦労するんじゃないか、大きく挑戦する勇気がないと迷っている方々は是非一度ディスカッションしましょう。テーマによっては応援できるやり方があると思います」

スタートアップが盛り上がるには、人材の流動化が必要

──社会起業家含め、今後さらに多くのプレイヤーが起業家として社会になんらかのインパクトを与えていく流れになりますが、CVCの目線から見てスタートアップがさらに盛り上がる要因はどこにあると思いますか。

片岡「ポジショントークになるのかもしれませんが、事業会社のリソースってものすごくあると思うんですよね。特に人材です。優秀な人材がベンチャーとの共創に参加してくれれば新しい産業が生まれる機会や、社会課題解決の機会も増えると思います。 またその優秀な人材がスタートアップの経営に参加したら優秀な起業家、経営者が増え、成功するベンチャーの数ももっと増えるはずです。特にグローバルへの挑戦にしても、日本のベンチャー企業の多くが苦労していますが、実際には先人となるグローバル企業が日本国内に沢山あります。そうした知見を持つ事業会社から人や情報がもっと行き来するようになれば、メルカリのようなユニコーンや、グローバルで活躍するベンチャー企業ががもっと生まれるに違いありません」

──大企業のアセットを流動化するという話は多くのVCの方が仰るものの、大手に勤めるというルートは片道切符感が強くでてくるという話もありますが。

片岡「近年、その風潮が変わりつつあると思います。大企業でも出戻りできる会社が増えていて、日本を代表する総合商社やメーカーなど大企業でも一度辞めても、経験を積んだ社員がまた会社に戻る事が可能な制度が生まれていると聞きます。社会の流動性は今までに増して高まっていますから、前よりも確実に挑戦できる環境は整っていると思いますよ。 冷静に考えても、新卒で大企業に入社した20〜30代の人がキャリアの途中にスタートアップに挑戦したからと言ってプラスになることこそあれど、マイナスにはならないですよ。たとえ、一時の挑戦がうまく行かなかったとしてもそれが経験値としてちゃんと評価される時代です。自分でやりたいテーマや仲間が見つかるようだったら是非スタートアップに挑戦してみたらいいと思います」

執筆:小泉悠莉亜取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博

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