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起業家が“ゆとり”を生み「よりひらかれた社会」をつくる。東大スタートアップを支援する馬田氏が語る起業の意義

この会社でキャリアを積んだら、資金が用意できたら、具体的には考えていないけれどいつかは、起業したい。そうした人にとって、「こうすれば起業できる」「こう起業すれば成功する」などの情報は重要であり、また、たくさん発信されてもいる。

一方で、そもそも何のために起業するのか、起業家は社会にどう貢献していくべきなのか、とじっくり考える機会は、あまりないのではないか。会社員として忙しく働いていて考える時間がなかったり、いざ起業したはいいものの目の前のことで精一杯だったりするタイミングではなおさらだ。

だがそうした「何のため」を深く考えられていないと、起業の本質的な部分がぶれ、結果として魅力的なサービスやプロダクトが生まれない可能性もある。そのことに気づかせてくれたのが、東大出身の起業家やそのチームを支援している、東京大学産学協創推進本部、FoundXの馬田隆明氏だ。

馬田氏は、起業家には「ゆとりを生み出し」、ひいては「よりひらかれた社会」をつくってほしいと話す。一体どういうことなのか、詳しく話を聞いた。

見落とされがちな「起業のスタート時」を支援していくのがFoundX

■馬田隆明(うまだ・たかあき)
東京大学 産学協創推進本部 本郷テックガレージおよびFoundX ディレクター

もともと、東大がFoundX以前に起業・プロジェクト支援として運営している施設はふたつある。ひとつは在学生が使える技術プロジェクト支援施設の本郷テックガレージ、もうひとつは起業した学生や卒業生、研究者向けのインキュベーション施設だ。

本郷テックガレージは、まず何かプロダクトをつくってみたいと思う学生が技術と仲間を見つけられる場所で、目的は「10年後の起業家を生む」こと。こうして生まれた起業家が活用できるのがインキュベーション施設だが、利用するにはお金がかかるため、すでにアイデアを固め、資金力もある起業家がメインとなっている。

一方、卒業後起業したいものの、まだアイデアやチームができあがっていない人たち、つまり本郷テックガレージとインキュベーション施設の間をつなぐ支援はなかった。そこで設立されたのが、東京大学FoundXだ。

馬田氏に設立の背景を伺うと、そこには起業家を増やしたいという熱い想いがあった。

馬田 「起業にはどうしてもリスクがつきまとうので、セーフティネットを提供することはとても大切です。しっかりとしたセーフティネットがあるからこそ、人はリスクを取った大きな挑戦ができます。
  
もちろん、ずっと起業したくて、リスクを厭わず起業する人はこうした支援を必要としないかもしれません。ですがこれからは、そうした人たちとは違う方々が起業するフェーズだと考えています。
 
これまで起業する人が全体の5%だとすると、今後は10%ほどに増えていくだろうし、そうしていきたい。そのためには、起業支援が不可欠です。
 
たとえば、子育て支援は、たとえなかったとしても子どもが欲しい人はそれでも産み育てます。でもそれでは子どもが欲しいけれど不安だという人は踏み切れないし、社会にとっての子どもの数は一定以上増えません。だからこそ、誰もが望めば安心して産み育てられるような支援が必要です。
 
起業も子育てと同じで、チャレンジする人を増やしたいのなら、何らかの支援は不可欠です」

起業家の数を増やすーーそれは社会にとっても良いことのように思えるが、実際のところどのように”良い”のだろうか。そんな疑問に対し、馬田氏は「起業家は“ゆとり”を生み出すから」と答えてくれた。

馬田 「起業家を増やしたいと言っても、創業者の利益ばかりを追求するスタートアップを増やしたいわけではありません。お金は重要なリソースですが、あくまでもひとつの手段にすぎません。
 
では起業家は何を生み出していってほしいかというと、それは(すべての人々にとっての)“ゆとり”です。実際、スタートアップが生み出す成果を抽象化して、最大の類似点を考えてみると、多くのスタートアップはそうしたゆとりを生みだそうとしているのでは、と思っています。
 
ここでいうゆとりとは、端的に言えば時間的な余裕やお金の余裕であり、それによってもたらされる心の余裕や社会のゆとりです。
 
スタートアップは余裕がないと思われがちですが、資金調達などが可能です。しかも失敗をある程度前提としたリスクマネーであれば、実は大企業よりも本質的な社会課題に取り組む時間やお金を持てるはずです。
 
というのは、大企業はすでに仕組みができあがっているため、決まり切ったことをいかに効率よくやるかで生産性が決まり、ゆとりを持って他の可能性に取り組む時間があまりありません。
 
複雑化する社会の課題を解決するためには、従来の方法とは異なるイノベーションが必要です。こうしたひらめきや発想の転換が、ゆとりによってこそもたらされるというのは、たとえばグーグルが、労働時間の20%を担当業務以外の業務に使うことでイノベーションが生まれたという結果でも示唆されています」

そうはいっても、スタートアップ=忙しいという図式が頭に浮かぶくらい、起業すると時間がないイメージがあるが、それでもゆとりは生み出すことができるのだろうか。

馬田 「確かにその通りで、スタートアップメンバーはときに、自分たちが何のために起業したのかを見失いがちです。
 
起業したならぜひとも、目の前のお金ではなく、その先にある目的のためにやっていることを日々少しでも意識してほしい。そのために、私たち支援側は起業家の取り組みが結果的に生み出すものをずっと見据えて、起業家の皆さんが目的を見失わないように常にリマインドする役目を持つべきではと思っています。
 
そしてお話した通り、複雑な仕事に取り組むうえでも、ゆとりは有効です。最初はほんの少しの工夫で十分です。たとえば私は、木曜午後は何も予定を入れないようにしていますが、このようにあえてスケジュールを埋めない時間を設けることで、本来の目的のために深く考える時間をつくれるようになります。
 
また、実はゆとりを持っている方が効率的になることがあるんですよ。海外の病院で、手術室をフル稼働していたときよりも必ず部屋をひとつ開けた後の方が、効率性が約10%改善されたという研究結果もあります。
 
これは、手術室がフル稼働していると、急な手術が入るとその度にオペレーションを変更しなくてはならず、結果的に手間がかかっていたからです。ゆとりがあれば急な予定や仕事にも対応でき、精神的にも焦らずに済むので結果的に効率が上がるのです」

ゆとりの先にある「よりひらかれた社会」

起業家はゆとりを持ち、ゆとりをつくることで社会に貢献していく。ただ、本当にそれだけでいいのか。スタートアップがゆとりを生み出したその先に目指すべき社会を打ち出した方が、FoundXはより社会に貢献できるのではないかーーそう考えた馬田氏は、「よりひらかれた社会」をテーマに掲げている。

馬田 「ここでいう『ひらかれた』には、『啓かれた(enlightened)』と、『開かれた(open)』というふたつの意味を込めています。詳しくはFoundXのミッションを解説した読むのに80分弱かかる記事に書いていますが、簡単に説明します。
 
ひとつ目の『啓かれた社会』というのは、啓蒙思想のような理性を重視する社会です。複雑化した社会では、直感的に考えたことが本当に合っているかはわかりません。たとえば軽減税率は人の税負担が軽くなるので一見良いもののように思ってしまいますが、よくよく考えると高所得者にメリットをもたらすシステムで、税による所得の再配分という役割と反してしまいます。しかも実施に手間もかかります。
 
『啓かれた社会』の一部はふたつ目の『開かれた社会』につながっているのですが、こうした社会や人について、一人ひとりが学び理性的に考えて、社会をよくしていくことが、ゆとりの使いみちとして重要だと考えました」

今日では効率が重視されすぎており、ひとりまたは少数のトップが直感的にスピーディに決断する方が良いという流れになっている。だがこれでは、全体主義につながりかねないと馬田氏は危惧している。

「『ひらかれた社会』を実現するためには、ゆとりが欠かせません。

ゆとりがあるからこそ考える時間や学ぶ時間が生まれ、既存の制度に疑問を呈し、新たな挑戦ができるようになるのです」

起業したい人へ。まずは小さくてもいいから動いてみよう

起業家がゆとりを生み出し「よりひらかれた社会」をつくっていくーーFoundXはこうした目的に向け、大きくふたつのプログラムを提供している。

ひとつは、エビデンスを活用した起業家支援のプログラムだ。

馬田 「世界のアクセラレーターにまつわる昨年のレポートによると、良いパフォーマンスを発揮しているアクセラレーターには、いくつかの特徴がありました。メンタリングよりも、経営学や社会学の理論からも実用可能な知識が生まれてきており、私たちはそうした知見を基に支援プログラムを提供しています」

もうひとつのプログラムは、起業家同士のネットワークづくりだ。

馬田 「私はいつも、起業してみたい人には居場所を変えてみてと伝えています。というのも、人は自分の最も身近な5人の人に影響を受ける、と言われているからです。
 
アメリカの科学者技術者のキャリアを追った研究があるのですが、起業した人の中では、いったん小さな企業やスタートアップに転職した人の方が、その後起業しやすく、成功しやすいという結果が出ています。
 
また、挑戦してみようという原動力になる自己効力感は、誰かが成功した姿を見ることによっても高まります。スタートアップにいると起業家に触れる機会が多くなるので『自分も起業できるかもしれない』と思えるんですね。
 
ですので起業したい人は、まずは一度スタートアップに転職してみることが一つの手段です。また、FoundXでは起業していないプレ起業家も含め、支援する人たちに多くの起業家とのネットワークを提供できるよう尽力しています」

最後に馬田氏は起業したい人に向けて、まずは小さくてもいいので自分で何か始めてみてほしいとエールを送った。

馬田 「経験学習のモデルでは、具体的経験・内省的観察・抽象的概念化・能動的実験という4つのプロセスを辿ることで学習が進むと言われています。これについておもしろい研究があって、中堅社員はこの4点すべてが同じように能力向上に寄与するのですが、新入社員においては、具体的経験のみが能力向上に寄与しました。
 
つまり、経験が浅いうちや若いうち、そして何より新しいことを始めるときは、何かを具体的に経験してみることが能力を伸ばすのに最適なのです。これは起業においても同じだと考えています。
 
不安や心配は拭えないかもしれませんが、ぜひ小さいことから自分で始めてみて、具体的な経験をしてみてください。そこから得られるものはきっと大きいはずですから」

執筆:菅原沙妃
取材・編集:BrightLogg,inc.
撮影:戸谷信博

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