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「宇宙の掃除人」が語る101億円の資金調達。「いつも逆風。毎ラウンド大変。それでも…」アストロスケールホールディングス・岡田CEO

2023-04-12
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

錦糸町駅から歩くことおよそ10分。商店街を曲がってしばらく行くと「SPACE SWEEPERS」と書かれたシャッターが見える。直訳すると「宇宙の掃除人」。看板通り、宇宙のごみ問題に取り組む「アストロスケールホールディングス」(東京墨田区)が居を構えている。

運用を終えた人工衛星などから生まれる宇宙ごみ(スペースデブリ)の除去などを指す「軌道上サービス」実現を目指すアストロスケール。2021年3月に打ち上げた技術実証用衛星は大きな成果を挙げ、シリーズGとしておよそ101億円の資金調達も実施した。

それでも、岡田光信・CEOは同社の資金調達活動について「いつも逆風。毎ラウンドが大変」と言い切る。厳しい調達環境をどう乗り越えたのか。

「調達すると決めたらやり切る。できていないのであれば、できるところまでやっていない」。

岡田CEOが口にしたのは、トップとしての覚悟のあり方だった。

宇宙は持続利用不可能に しかし「掃除人」がいない

「このまま行くと、宇宙はもう持続利用不可能になってしまいます」。

インタビューの冒頭、岡田CEOはそう切り出した。

人工衛星は現代の生活に欠かせないインフラだ。私たちが毎日のように目にする天気予報や、車・船舶などのナビゲーション、それに地球規模の災害監視にも衛星データが活用されている。「放送や通信もそう。農業や漁業にも衛星が使われる時代です。衛星がなければ生活はもう成り立ちません」と岡田CEOは話す。

その衛星が密集するのが高度2,000キロメートル以下の「地球低軌道(LEO)」だ。アメリカ「スペースX」の衛星通信サービス「スターリンク」が大量の衛星を投入したことでも知られる。ただし、低軌道には運用を終えた衛星やロケットの上段部分などから発生した宇宙ごみ(=スペースデブリ)も数多く飛び回っている。デブリと衝突すれば衛星が故障したり、破壊されたりする恐れもある。

「例えばSDGs(持続可能な開発目標)には17のゴールがありますが、その下に(より細かく設定した)169のターゲットがあります。その4割以上は、宇宙が持続利用可能でなければ成り立ちません」と岡田CEOは警鐘を鳴らす。

それにも関わらずデブリは増えていく。その結果、衛星と衝突するリスクも高まってきているという。

「現在、大きいものだけで40,000ものデブリが地球の周りを回っています。宇宙にある物体の大多数はデブリなのです。ニアミス(デブリが衛星の1km以内に接近すること)も増えていて、2020年までは月2,000回程度だったのが、21年には3倍の月6,000回程度になりました」

宇宙がどんどん持続利用不可能に近づいていく。しかしデブリを掃除する人は現れない。そんな危機感から岡田CEOが2013年に設立したのがアストロスケールだ。岡田CEOは自社の目指す姿を高速道路に例えて説明する。

「高速道路に故障車が溜まり、渋滞し、事故が増えても『運転自体をやめましょう』とは言いませんよね。必ずロードサービスがやってきて、修理したりレッカーでどかしたりします。ただ宇宙は違っていて、使い捨て文化なのです。(衛星やロケットを)打ち上げて使ったらそのまま飛んでいる。ごみを放ったらかしにしていたから今の環境があります。車や飛行機には、研究開発から製造・販売、その後の修理や保守、最後は廃棄までとバリューチェーンがあります。私は宇宙のバリューチェーンを他の業界と同じにしたい」

まさに「宇宙の掃除人」だ。具体的には既存のデブリの除去に加え、運用を終えた人工衛星がデブリにならないようにする作業、それに燃料補給や衛星の寿命延長などを見込む。これらを含む、軌道上で物体に対して実施されるサービスは「軌道上サービス」と呼ばれる。

「リデュース(減少)、リユース(再利用)、リムーブ(除去)、リフューエル(燃料補給)。こうした資源を有効活用する取り組みが、宇宙では技術的に実現できていません。我々はよくデブリ除去の会社と言われますが、それ以外の軌道上サービスの実現にも取り組んでいます」。

「沖縄から飛んで北海道にあるリュックにキス」

アストロスケールは軌道上サービスの実現に向けて技術実証を続けている。大きな成果を挙げたのが、2021年3月にカザフスタンで打ち上げたデブリ除去技術の実証用衛星「ELSA-d(エルサディー)」だ。デブリを模した機器(模擬デブリ)とともに軌道へ投入されたあと模擬デブリを分離。永久磁石でくっつけて捕獲することに成功した。

デブリ除去技術の実証用衛星「ELSA-d」 提供:アストロスケール

成果はそれだけではない。8つあるスラスタ(推進装置)の半分に異常を検知したものの、GPSと地上観測を用いて1700キロメートル離れた位置にある模擬デブリに接近。159メートルまで近づき、複数のセンサーにより近い距離を保つ航法に切り替えることに成功した。

これはRPO(ランデブ・近傍運用)と呼ばれる、宇宙空間の対象物に接近・捕獲するための技術。「沖縄から飛んで北海道のどこかにあるリュックサックにキスするような難しさです。遠く離れた物体にも接近して捕まえることができるという点で、衛星の点検やデブリ除去など、軌道上サービスの土台を作れました」と岡田CEOは手応えを感じている。

次の対象は模擬ではなく実際のデブリだ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が民間企業と協力してデブリ除去に関する技術の実証に取り組むプロジェクト・「CRD2」の一環として、2023年度に「ADRAS-J(アドラスジェイ)」という実証衛星を打ち上げる。軌道上に存在する日本のロケットの上段に接近し、撮影することで、長期間放置されたデブリの損傷具合や劣化状況などを確認するというものだ。

アストロスケール社内に展示されている「ADRAS-J」の模型

資金調達は「いつも逆風。毎ラウンド大変」

アストロスケールは2023年2月末におよそ101億円の資金調達を発表した。「アストロスケールの市場リーダーとしての投資家の強い信頼を示している」といった発表文の表現からは、同社の自信が窺える。しかし岡田CEOの口をついて出たのはイメージとは真逆の言葉だ。「いつも逆風。毎ラウンドが大変です」。

「私たちは初めての資金調達からずっと、既存の市場も、技術も、ルールもないなか活動をしてきました。調達するためには成長していなければいけません。技術ができ、事業ができ、チームができ、その先を見通せるようにして、証拠を持って見せることが必要です。資金調達とは10社と会って8社から出資を受けられるものではありません。100社と会って数社から資金を出してもらえるかどうかです」

国内の資金調達環境は厳しさを増したと言われている。アメリカを中心とする世界の中央銀行の利上げなどマクロ経済の影響を受けているからだ。岡田CEOは、市況に左右される部分はあるとしつつも「外部環境を言い訳にはできない」と言い切る。

「事業のゴールがあるわけです。そこまでにいくら必要か、CEOは明確に分かっていないといけない。それは集め切らないといけない。調達すると決めたならば、簡単も何もありません。ちょっとした調達でちょっとしたグロース(成長)で良いならばそれでいいし、アクセルを踏んで駆け抜けた方がリターンが高いのであれば、しんどい思いもするわけです。それはCEOの覚悟ですし、決めたらやるしかない。できていないのであれば、できるところまでやっていない」

アストロスケールは調達した資金で、供給能力の向上などを進めると同時に、グローバルな事業展開を加速させていく。現在の従業員は400人ほど。イギリス、イスラエル、アメリカ、そして日本と世界中の拠点も拡張している。

「ベンチャーでよくあるのは、一つの国で事業を作ってから世界に広めていくアプローチです。ただ私たちは全世界でいっぺんにやっていきます。宇宙ごみの問題はそれくらい時間がありませんし、そうした方が世界の標準も取れると思っています。逆に言えばそれだけキャペックス(資本的支出)がかかるわけですが、戦略を投資家に理解いただき、調達ができました」

SDGsの達成に宇宙の持続利用は不可欠

アストロスケールは現在、ADRAS-J以外にも、欧州宇宙機関(ESA)、英国宇宙庁(ULSA)など多くのパートナーとの間で新規プロジェクトを進めている。岡田CEOは「ゴールが決まっている以上、年単位、月単位、最終的には日単位でやるべきことがわかっていることが大事。ただそれをやるだけです」と気を引き締めている。

岡田CEOが掲げる「ゴール」とは「2030年までに軌道上サービスを日常的な活動にする」というものだ。2030年は、SDGsが「持続可能でより良い世界を目指す」とする期限の年でもある。調達活動を終え、これから事業をどう加速させるのか。答えは「変わったことは何もありません」だった。

「打ち上げのミッションをちゃんとやっていく。問い合わせを多く頂いているのでお客様に合うような契約を提案していく。それらをただ続けるんだと思います。大事なのは、5年、10年かけるわけではないということ。SDGsを達成するためには宇宙が持続利用可能になっていないとだめなわけですから。我々がそこを目指さないわけにはいかない」

目標の2030年まであとおよそ7年。岡田CEOはゴールからの逆算で日々を過ごす。

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