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IPOは通過点、その後の変化を乗り切るカギは「自らの価値を測る尺度」

IPOは通過点、その後の変化を乗り切るカギは「自らの価値を測る尺度」

平成の終盤から令和元年にかけて、メルカリやSansanなど、スタートアップの大型IPOが話題をよんだ。新規IPOの推移を見ると、2010年に22社だったものが2018年には98社になり、年々その勢いは増している。

IPOの急増にはどのような背景があり、今後マーケットはどのように変化していくのだろうか。 今回は、インターネットやゲーム、メディア領域を専門とするアナリスト、武田純人氏(UBS証券株式会社マネージングディレクター)に話を伺った。

■武田純人(たけだ・すみと)
2001年、早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程を修了後、株式会社大和総研に入社。企業調査本部でアナリストとして主に中小型成長株の調査に従事。2006年、UBS証券会社(現UBS証券株式会社)に入社。現在は株式調査部において主にインターネット業界及びゲーム・メディア業界の調査を担当している。

スタートアップマーケットの現状と、上場のメリット・デメリット

スタートアップマーケットの現状と、上場のメリット・デメリット

一貫してネット関係の成長企業に向き合い、様々な経営者と対話を重ねてきた武田氏は近年のマーケットをどう捉えているのか。

武田「ここ数年のスタートアップマーケットを振り返ると、『インターネット』そのものが投資や産業のテーマではなくなってきていると感じられます。これは上場側の機関投資家達と議論していても頻繁に話題に上がっていることです。
 
2000年代前半のインターネットはいわば『魔法の杖』のようなもので、ネット関連事業であれば何でも成長すると考えられ、そして実際に多くの企業が成長することができていました。成長の余白がとても大きかった。同じ産業で、同じようなテーマを多くの企業が追いかけてもいたので、株式市場側としても横比較でマージンや利益などが測りやすかった。よい企業とよくない企業とをわかりやすく選別できる。そういう意味で、我々としては投資対象を見つけやすい時代だったと感じます。
 
現代は、インターネットはあって当たり前のもの。それ自体の成長の余白は限定的になってきているように思われます。一方で、インターネットがインフラ的に様々な産業をエンパワーするようになっています。『インターネットがどう伸びるか』ではなく『インターネットでどう伸ばすか』に変わってきた感じでしょうか。その結果、産業テーマや投資テーマが多様化し、成長の品質やスピードもまた千差万別、企業の成長そのものを数値化したり比較したりしづらくなっているんです。
 
上場する成長企業には質・量ともに厚みが出てきました。新規IPOも年々増えていますが、海外も含めた大きな投資資金は、いまだ日本の成長企業に十分に流入してきているとは言えないと肌身に感じています。日本の成長企業にとって上場の中心的な舞台はマザーズですが、そこにはポジティブサイドとネガティブサイドの議論があるとも考えています」

武田氏が考えるポジ(メリット)とネガ(デメリット)とは何だろう。

武田「ポジティブサイドは、比較的早い段階で株式市場にデビューできることだと考えます。上場するとその後のファイナンスの機会が格段に広がります。「成長に必要な資金を、必要なタイミングで、その都度必要なだけ調達しやすい」環境に早くから身を置けていることは、成長企業としては経営的に大きなアドバンテージのひとつですよね。
 
そういう意味で、上場企業は株式市場を活用して効率的に成長していくことをもっともっと戦略的に考えていくべきだと自分は思っています。しかしながら、そういうことがしっかりと出来ている成長企業は必ずしも多いと言えないのが現状です。そうしたいと考える企業は多いのでしょうが、そこには様々なボトルネックが存在しているのだと思います」

そのボトルネックのひとつに、コミュニケーションコストの増加があるという。

そのボトルネックのひとつに、コミュニケーションコストの増加があるという。

武田「上場前と上場後で大きく変化するのがステークホルダーです。そして彼らとのコミュニケーションコストの増加は見過ごせない課題のひとつです。
 
未上場の場合は株主という意味でのステークホルダーの数は比較的限られていますよね。株式を所有するのは創業メンバーや社内の仲間、それとVCなど比較的少数の外部投資家でしょう。これくらいならばコミュニケーションは基本的に1対1で成り立つわけです。『これだけの成長をするためには、これだけのお金が必要。だからこれだけ投資をしたい。そして投資の成果はいつまでに……』といった説明や議論が密にできる。結果的に経営のターゲットも長期目線で一致しやすい。
 
一方で、上場後には不特定多数の株主との対話が求められます。株主達は企業に対してそれぞれ異なることを要求しがちです。たとえば『3ヶ月後に株価が上がっていて欲しい』と考える投資家もいるし、『結果が出るまで何年でも併走しますよ』という投資家もいるでしょう。上場後、誰が株主なのかわからない状態、様々な要求が突きつけられる状態に戸惑う企業は実際に多いと感じます。
 
経営者がコミュニケーションに疲れてしまい、投資家から『対話ができないから、この会社は信頼できない』と評価されてしまうこともあります。そこから、投資家の無関心、株式市場への無関心、という悪循環に陥ってしまう。最近よく言われる『上場後の第二の死の谷』は、企業としての物理的な死のリスクではなく、経営者としての精神的な死のリスクだと自分は考えます」

年々増加するIPO。その陰でジレンマを抱える企業は多いのかもしれない。このデメリットを回避するためには、どうすればいいのだろうか?

株価に踊らされないために、会社の価値は自社でも測る

株価に踊らされないために、会社の価値は自社でも測る

武田「残念ながら特効薬はなくって、なにかひとつ対策を打って解決できるようなものではありません。
 
ただ、上場を考えている経営者には決まって『上場後も、自分たちの企業価値の計算式を常に持ち続けてください』と自分はお話しているんです。なぜなら、他者に企業価値を決められるのを待つだけではなく、自社の適正な価値について自らも考え続けることによって、コミュニケーションに能動性が生まれやすくなり、結果的にコミュニケーションコストを最適化できるようになるとも考えるからです。
 
上場した多くの企業が『株価は高ければいい』という罠に陥いりがちです。株価が低位にある時期にはそれを改善しようと努力する企業は多い。でも、高すぎる時(結果的にも)に『この値は適切なのだろうか?』と自ら議論し、それを外部にまで発信できる企業は本当に少ないです。
 
企業側が株式市場で本当に必要としていることは、成長の時間軸に合った資金供給ですよね。
 
上場後の経営者の悩みとして多いのは、『もっと利益を』という周囲からの圧力です。2000年代前半のようにみんなが同じ産業テーマに向き合っているのなら、『他社と比べて早く成長してより大きな利益を出す』はきっと正しいアドバイスですが、現在は成長テーマが分散しているので、それが本当に正しいかは分からない。取り組む産業テーマの特性や競争状況などで投資や成長の時間軸も様々なはずですから。
 
僕がインターネット領域に関わり始めた2000年代は、とにかく早く成長する会社が株式市場で評価されていました。でも最近では指標として『成長速度』よりも『成長品質」が問われるべきでは? と個人的には考えています」

「成長品質」とは何か? 武田氏はそれを「適正なやり方とタイミングで、必要な投資や成長が実現できていること」と表現した。それは「確固たる軸を持ち、長期的な計画を練って経営していくこと」と言い換えてもいいかもしれない。

武田「実際、過去2年くらいのインターネット産業を見ていると、長期的な戦略を持って経営している企業が増え始めてきています。でも今の株式市場には『5年や10年も待てないよ』という投資家が多いのでしょう。そういう企業に対する市場の反応は一様にネガティブになりがちです。もちろん、企業側の説明がまだ足りないという場合もあるんでしょうが。
 
上場前後の成長企業であっても、もっとそういうコミュニケーションを株式市場ととるところが増えてもよいと思うんです。そのためにも、自社の適正な株価を自ら算定する努力を続けることが大事だと考えているんです。それをもとに、市場の認識とのギャップを埋めるべく能動的に市場に『ブレない成長ストーリー』で向き合えば、結果的に信頼の貯金が効率的に貯まるはずです。その結果、質の高い対話が市場との間でも増やせるはずです」

上場後、企業は新しい環境に放り出される。戸惑うことは多くなり、特に株価の影響は無視できないものになるはずだ。軸がブレれば結果もブレる。健全な経営をするために内省が果たす役割は大きいのだろう。

シェアの取り合いから脱却せよ、国内マーケットの課題とは?

シェアの取り合いから脱却せよ、国内マーケットの課題とは?

こまで聞いてきたのはマーケットの動向だ。スタートアップマーケットの「いま」が見えたら、次に気になるのは「未来」の姿。そこで武田氏に国内市場が抱える課題について聞いてみた。

武田「大きな課題は、国内市場でのシェアの取り合いをしている企業がすごく多いということでしょうか。過去数年を振り返ると、海外の投資家からの日本への期待値が減ってしまっていると感じます。投資先として日本国内の成長企業に魅力を感じてもらえていない。
 
理由を聞くと、『日本の成長企業を買うよりも、たとえばGAFAを買っておけば、パフォーマンスがいいじゃないか』と。
 
彼らの多くはこう言います。『日本の成長領域ではトッププレイヤーが複数存在していることが多いですよね。彼らは互いに同じビジネスモデルでのシェアの取り合いに終始している結果、誰も儲からなくなっていませんか』と。たしかに彼らの言う通りで、日本は『競争を終わらせるのが上手でない国』だと自分も思います。国内eコマース市場やモバイルペイメントの市場などはその典型かもしれません。
 
競争自体は大事なことです。しかし、1と1が合わされば2、あるいはそれ以上になるのに、限られたシェアを取り合っている結果、なかなか市場が大きくならない。受益者もまた幸せにならない。事業者間の削り合いの結果、本来投資すべきところに資金が回らない。自分自身、多くの成長産業・成長領域でもったいない競争をたくさん目にします。『無駄な競争は速やかに終わらせる』『一緒になって1+1以上を目指しましょう』という方が産業としての成長がスピードだけでなく品質もまた高まることもあるのかもしれない、それが産業としての全体最適になることももっとあるのかもしれない。
 
また、成長企業やそれを支援する人達の間で『ディスラプト』という言葉が蔓延していることにも個人的にやや違和感を感じます。たとえば、とある伝統産業に3兆円のビジネスがあるとします。そこへ既存プレーヤーを全て駆逐してトップになる新しい企業が現れました。そして最終的にその企業が1兆円のビジネスをしています、と。格好いいと思います。しかし、その企業の成長の品質についてはどうでしょうか。2兆円のビジネス市場を破壊してしまったことには、プラスとマイナスの側面が混在しているに違いありません。こういう議論をないがしろにしたくありません。
 
アナリストとしては、マーケットで『どの企業がよいか』だけでなく『どの企業を勝たせたいか』という評価軸があってもいいのではないかと思っています。新しい数兆円企業を見つけたい。ゼロから生まれてほしい。一方、様々な企業が協働して、3兆円の産業が4兆円になるストーリーがあればそれも模索したい。成長企業自体も単体で大きくなるより、大企業と協力する、M&Aでイグジットする、そういうストーリーがもっと増えていいはずだと思うんです。株式市場の側から俯瞰的に産業をデザインし、それを産業側に提案していくことを我々ももっと頑張りたいですね」

株価は数字、だから指標として分かりやすい。一方で、武田氏の話した「成長品質」や「誰を勝たせているか」という指標は答えが出しづらいものだ。もしその指標を使うなら、今よりも綿密なリサーチが必要になるだろう。この点について武田氏もジレンマも抱えているようだが、粘り強く取り組んでいきたいと話していた。

アナリストは神様じゃない、未来は産業やマーケットと共に作るもの

アナリストは神様じゃない、未来は産業やマーケットと共に作るもの

話は変わるが、武田氏は国内のスタートアップの中でどのような領域に注目しているのだろうか? 国内のスタートアップを横断的にリサーチしている立場ならば、全体を俯瞰できるだろう。「鳥の目」は何を捉えているのか?

武田「スタートアップマーケット市場でいま熱いのは、一般的にはBtoBですよね。SaaSとか。でも、自分としては、もっと先にはBtoC、ネクストソーシャルの大きな波、が来るだろうと思っています。
 
既存の自己承認欲求を満たす形のソーシャルサービスは飽和してきていると感じます。そして今後訪れるデータ社会化の流れの中、そのストレスは更に高まるだろうと考えます。だから、この先には自己実現型のソーシャルサービスがたくさん生まれてくると予想しています。それって具体的には何なの? という話ですが、複数人格を運用するためのサービスやツールが一般的になるのではないかと考えています」

武田氏は自己実現型ソーシャルサービスの例として、スマホ特化型のライブ配信サービス上でのバーチャルアバター機能、クラウドファンディングから進化した個人の夢を共有財産化するファンエコノミープラットフォームなどを挙げてくれた。

武田「日本ではVTuberが広く受け入れられていますし、Twitterも複数のアカウントを運用しているユーザーが多い。『このSNS はこのキャラでいこう』とペルソナの使い分けにも長けているのが日本人だと考えます。これは源流をたどれば江戸時代の町人文化なんかに行き着くのかもしれません。複数の名前=号をもって複数のコミュニティ=連を行き来していた人達が多くいましたから。こういったことを海外の機関投資家達と議論すると、多くの場合、全く理解してもらえないんですよ。でも、これってモバイルゲームが日本で流行りだした時ととっても似た空気なんです。その後、世界中で大きな市場となったのはご存じのとおりです。なので、今、ネクストソーシャルにおける今後の日本のイニシアチブに大いに注目をしています」

ところで武田氏は一個人として、どのような会社に興味を持っているのだろう? 武田氏個人の考えに、もう一歩踏み込んでみたい。

武田「個人的には、自分の発想の更に外側を見せてくれる企業や経営者が好きです。自分にとっての驚きを出発点に、『産業がこうなったらいいよね』とか『会社がこうなったらいいよね』と一緒に考えたくなる企業や経営者ですね。
 
なんて言ったらいいんですかね……。『この企業のことを自分が一緒に考えてマーケットに伝えたらもっともっと面白くなるんじゃないか』と直感する企業でしょうか。
 
IRが上手でないという話ではなくて、会社自身がまだ気づいていない成長のストーリーって実際たくさんあるものなんですよ。アナリストは様々なビジネスを俯瞰して見ることができる場所にいるので『他産業のここと協業したらこんなことが出来るかもしれない』とか『過去に別の企業で起きたあれがここでも起こるのでは』とかいろいろ思いつくんですね。予想というよりも妄想に近いのかもしれません。
 
『今後こうなるに違いない』と考えて書いたレポートを企業に持って行ったら、『いやー、さすがに無理かな』と言われちゃったりもよくしますよ。逆に、出禁にこそなりませんでしたけれど、過去に新規事業の先行きや投資のバランスに関しての見方の相違とかで経営者と何度も大喧嘩もしてたりしますし(笑)。
 
僕らの仕事って株価を当てることなんですよ。そういう意味では、企業分析をし、企業価値を計算して、それに対してただ割高なのか割安なのかを伝えるだけでもいいのかもしれない。でも、自分はそれで終わりたくない。株価ってマーケットと産業とが一緒に作っていくものだと思いたい。
 
投資家に対しても企業に対しても、彼らが新たに考えて動き出すきっかけになることが我々のやりがいなんです。僕は大学で哲学を専攻していました。この業界に飛び込んだのも『面白いことを誰かと一緒に考え続けることが仕事になったらいいな』と思ったから。でも、これは一般的なアナリストの意見とは、かなり違うかもしれませんね……(笑)
 
話を戻すと、僕らも神様じゃないので未来を当てることは完全にはできません。だから、産業やマーケットと一緒に未来を作っていきたい。自身が気づいていない魅力を持つ会社はたくさんありますから。それを見つけたい」

最後に、これからIPOを目指す方々に向けてメッセージをいただいた。

最後に、これからIPOを目指す方々に向けてメッセージをいただいた。

武田「偉そうにアドバイスを申し上げられることはありませんし、だいたい話したいことは話しました。でも、なんでしょうね……。
 
繰り返しになってしまいますが、上場してからがものすごく長いジャーニーなんですよ。上場後に起きがちなエアポケットにとらわれたままにならず、上場後のさらに高みを見て欲しい、そして自らのイニシアチブで株式市場に向き合い続けて欲しいですね。
 
それと、先ほどお話ししましたけれど、成長のコンテクストを『早く、より大きく』だけで定義しないで欲しい。『上場したら利益を増やし続けなくてはいけない』『市場の期待を上回り続けなければいけない』、そんな十字架を背負ってしまっている企業が多いことはとても残念なことです。
 
先人の経営者たちが作ってきた道だったり、そういう声が株式市場側から多いことも事実ですから、どうしても影響されてしまいがちですが、変な『べき論』が蔓延していると感じます。
 
こういう状況は、一人だけでなく多くの人が努力し合うことで変わっていきます。だからこそ、それぞれ評価の尺度をしっかり持っておくべきではないでしょうか。企業には企業側の、株式市場には株式市場側の。
 
そして誰かと比べてではなく、自らがどうしたいのか、そのために株式市場になにをしてほしいのか、を考え続けることがとても大切です。我々は効率が良さそうなことを正義としてしまいがちなんですけど、それが原因で本来あるべき品質の高い成長を実現できない企業が生まれてしまうのはもったいないですから」

執筆:鈴木雅矩
取材・編集:BrightLogg,inc.
撮影:戸谷信博

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