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今、東急の挑戦が始まる。なぜ、電鉄が渋谷でスタートアップ支援に注力するのか

今、東急の挑戦が始まる。なぜ、電鉄が渋谷でスタートアップ支援に注力するのか

あらゆる人々が、昼夜問わず行き交う渋谷の街。

渋谷スクランブル交差点から明治通り方向に高架をくぐった先ーー渋谷ヒカリエやGoogleの新オフィスが登場して新たな雰囲気をまとい始めた東口のとある一角に、東急の招待会員制オープンイノベーションラボ「SOIL」が登場した。

東急の招待会員制オープンイノベーションラボ「SOIL」

ただのコワーキングスペースでもイベントスペースでもない、一見すると異空間のスペースを、今渋谷の一等地の雑居ビルに生み出した理由とはなんだろうか。「SOIL」や2015年から前から始まった「東急アクセラレートプログラム(TAP)」でスタートアップ支援を行う加藤由将氏(以下、加藤氏)に思いの丈を聞いた。

「渋谷」という、愛おしいほどのカオスが詰め込まれた街

「渋谷」という、愛おしいほどのカオスが詰め込まれた街
■加藤由将(かとう・よしまさ)
東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ課長補佐。2004年、東京急行電鉄株式会社に入社、住宅事業部に配属。2009年、社内新規事業として不動産・建築業界のマッチングビジネスの事業企画から現場運営まで6年間一貫して携わる。2015年春、ベンチャー支援施策のひとつとして「東急アクセラレートプログラム」を立ち上げる。

2015年の春から4年以上に渡って、アクセラレーターとしてスタートアップ支援を続けている東急。今ほどスタートアップの盛り上がりが注目されてはいなかった頃から、先駆けて取り組みを始めた背景には、東急だからこそ抱く課題感があったのだと加藤氏は語る。

加藤 「2000年のマークシティのオープンを皮切りに、2001年にセルリアンタワー、2012年に渋谷ヒカリエと、渋谷の街は再開発されながら新しい姿へと形を変えていました。渋谷キャストや渋谷ストリームなどの開業もその一環です。ただ、従来の再開発は、我々東急が箱(建物)を作って終わり。その先、ソフト部分での新たな創造を期待できるようなものではありませんでした。
 
しかし、私たちが目指すのは50年、100年の単位で、渋谷、ひいては日本国がより良くなること。最初は小さくてもいいので、継続的な価値を提供し、産業を生み出し続けなければならないと考えました」

そのためのアクションとして東急が選んだのは、渋谷の街の「らしさ」を活かした拠点を持つことだった。すなわち「SOIL」のようなオープンイノベーションを促進する場だ。SOIL=土壌として、渋谷を中心にスタートアップが持つ強さと勢いを加速させていく。

加藤 「渋谷には、戦後の闇市から発展した歴史があります。また、1960年前後にはオリンピックの開催に伴い、大きな道路や小規模な雑居ビルが無造作に造られた歴史も。谷地という地理的特性もあり、渋谷では大きな床を持つ箱を作ることができず、猥雑性に溢れています。多様で寛容な街としての渋谷は、突如として生まれたものではなく、歴史によってできあがったものなのです」

猥雑に広がった渋谷を批判するのではなく、良さを活かしたまま次の世代へとバトンタッチするための場所へ。街のコンテキストを活かしたオープンイノベーションを進めると、加藤氏は意気込む。それでは「コンテキストを活かす」とは、具体的にどのようなことを指すのか。

加藤 「渋谷らしさは、なんといっても多様性の高さ。スーツを着ている人が圧倒的に少ないことにも表れているように、あらゆる価値観や思想に寛容であることと考えています。
 
良い悪いではなく、街の雰囲気って長い年月をかけて徐々に作られているのだと思うんです。寛容な土壌が渋谷にはあるから毎日のように陽気なパーティーは開催されていますし、そんな渋谷でしか生まれないビジネスもある。それを壊すことなく支援し、産業として成立するまでに押し上げたいと思っています」

多様な価値観がぶつかりながら成長を遂げた渋谷の街で、東急がコラボレーションを生み出す理由はほかにもある。それは、渋谷が「ソフトウェア産業の街」であることだ。

加藤 「DeNA、GMOインターネット、ミクシィ、サイバーエージェント、そしてGoogle。渋谷に集まる企業はどれも、ソフトウェアを強化することで伝統的な重厚長大産業とは異なる独自の地位を築いてきました。反面、リアルなアセットは持ち合わせてはいません。
 
ところが、東急はバス、鉄道、スーパー、百貨店、ホテル、ビルなどのリアルなアセットを持つグループなんですね。スタートアップと融合しながら新たな事業を創造するためには、渋谷を実験都市として挑戦を推進することが必要だと考えました」

オープンイノベーションを次のステージに

オープンイノベーションを次のステージに

渋谷で、ハードとソフト、リアルとデジタルの掛け合わせによって、新産業を生み出すこと。それだけではなく「SOIL」にはもうひとつ特徴がある。0→1ではなく、1→nへの成長を支援することにフォーカスしていることだ。

加藤 「一種のブームが起きたことで言葉が独り歩きしているためかもしれませんが、正直なところ、やりたくなんかないのにと思いながらも、組織からの命令によって仕方なく取り組んでいる志なき人に、新たな社会的価値を作り上げることはできないと僕は考えています。なんとなく情報収集を行なって、レポートにまとめて報告して実際にアクションを起こさないで生まれるイノベーションはありませんから」

「SOIL」を招待会員として利用できる権利を持つのは、テクノロジーの社会実装に関して高いパフォーマンスを出せる一部の志を認められた人物だ。所属組織や肩書で判断されることはなく、個人に対して権利が与えられる。招待基準や会員数は一切公開せず、完全招待制のスタイルを取っている。

加藤 「シリコンバレーも、村社会と呼ばれるほどのクローズドコミュニティとして進化を遂げてきましたよね。強い覚悟と実行能力を持つ人材のみが密なコミュニケーションを取りながらつながっているわけです。
 
僕らも、徹底的にコミュニティ形成のあり方を見直しました。万人を受け入れるものではないため、地縁・血縁の意味を持つ『コミュニティ』ではなく、利害関係の意味を持つ『アソシエーション』の言葉のほうが『SOIL』には合っているのかもしれません」

数多のアクセラレーターの中でも稀有な「1→n」を掲げ、先陣を切って強気な取り組みに乗り出した東急。まだ成功事例がないからこそ、ファーストペンギンとして渋谷を、日本を、変えるプログラムや場であり続ける覚悟を顕にしていた。

加藤 「0→1に取り組むラボも、一昔前には数えるほどしかありませんでしたが、今となってはあちこちで見かけるようになりましたよね。同様に、これから1→nに取り組む人々ももっと増えることでしょう。
 
僕らが先駆者になることで、経済圏が生まれ、よりスタートアップ領域全体が活性化するだろうと踏んでいます。真似されたくないのではなく、むしろ真似するプレーヤーがたくさん登場してくれたら良いなと」

同じ母から生まれても育ち方は違う。街づくりだって同じこと

同じ母から生まれても育ち方は違う。街づくりだって同じこと

7月1日のオープンから、まだたったの2ヶ月。今後の展望はどこまでも広がる。だからこそ、加藤氏は固定化された青写真を描くことなく、長く息をする場を作ろうと試みているように感じられた。

加藤 「同じ母親から生まれた子どもたちが必ずしも同じように育つことなんて、ありませんよね。スタートアップもアクセラレーターも街づくりも、すべて同じことだと思っています。とくに、変化の激しい今の時代、先を見据えてもきっとその予想は外れますから。見えないものを規定なんてしません。
 
ただし、志だけは無くしてはなりません。未来の育ち方はわからなくても、世の中に還元できる産業を創る志が変わらない限りは、きっと成功するまで走り続けることができるでしょうから」

挑戦できる街、渋谷。加藤氏はそう表現する。冒頭でも触れたカオスな街であることが、唯一無二の、渋谷の強みなのだ。

加藤 「過度な経済合理性が働かない街だと思うんです。むしろ、無駄だらけ。床面積を増やすと考えるなら、真四角な、天井を極力低くした、ギリギリまで高いビルを立てたら良いんです。
 
でも渋谷はそんな街ではありません。手触り感もあるし、変な建物もたくさんある。闇市を発端とするアンダーグラウンドな取引の数々、レコード文化にギャル文化、インターネット文化、そして次は……?
 
国全体を大きな生態系と捉えるとそれぞれの都市には、それぞれの役割が出てくるはず。渋谷には渋谷にしか担えない役割があるわけです。生態系は単一化し、偏りを持つと、機能しなくなりますから。だから、渋谷の個性を殺すことなく、持ち味を活かして街づくりを行いたいです」

取材を終えた日の帰り道、渋谷の街中をあえてゆっくり歩いてみた。愛おしいほどに個性で溢れたその街には、あらゆる情報がとてつもない勢いで表れ、目の前を走り抜けては消えていった。

スタートアップと、東急。一見関わり合いがないとも思えたふたつだが、渋谷を接点に強いシナジーを生み出している。数年後の未来では、すでに新産業の歯車が回り始めているのかもしれない。

執筆:鈴木しの
取材・編集:BrightLogg,inc.
撮影:土田凌

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