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「SmartHR」開発のヒントは〝超速仮説検証〟宮田昇始さん

2018-10-26
STARTUPS JOURNAL編集部
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3日で仮説を考え検証まで行う。超速仮説検証から生まれた「SmartHR」

人事向けのサービスは数あれど、今でも現場に不満が残っているのが労務手続き。

そんな労務手続きを簡単にしてくれるサービスを提供し、急成長を遂げているスタートアップが「SmartHR」だ。

サービス開始から2年弱で1万社の顧客を獲得し、2018年1月には15億円もの資金調達に成功している。一見レッドオーシャンに見える人事向けサービスの領域でブルーオーシャンを発見し、圧倒的な成長を続けているSmartHRだが、今のビジネスモデルに至るまでに2度ピボットしているという。

古いルールに反感を抱いていた学生時代

■宮田 昇始(みやた・しょうじ) −大学卒業後、IT企業でWebディレクターとして勤務。医療系Webサイトの開発会社に転職。難病「ハント症候群」を患うものの、リハビリを経て完治。2013年、株式会社KUFU(現、株式会社SmartHR)を設立。2015年にSmartHRのサービスを開始し、導入社数は1万社を超える急成長中。
宮田昇始(みやた・しょうじ)−大学卒業後、IT企業でWebディレクターとして勤務。医療系Webサイトの開発会社に転職。難病「ハント症候群」を患うものの、リハビリを経て完治。2013年、株式会社KUFU(現、株式会社SmartHR)を設立。2015年にSmartHRのサービスを開始し、導入社数は1万社を超える急成長中。

高校時代、規律の厳しい男子寮で生活を送っていた宮田氏。外出は届出制、TVがNGなのに加え、夜には電気が強制的に使えなくなるという環境で過ごした経験から、古い体制への反骨精神が培われていったという。

宮田「漠然と社会に対する反感みたいなものがあって、大学を選ぶときも学歴で評価されること自体に抵抗を感じて、友達から余った願書をもらい、そのなかで一番遠い大学を志望しました。就職活動すらも、みんなが大企業の面接を受けるなか、最初からスタートアップを受けたんです。そして、1社目で訪問した会社が面白そうだったので、そのITスタートアップに入社しました。今思えば大学も会社も、もっとちゃんと選んでおけばよかったなって思ってます(笑)」

内定をもらった会社でインターンとして働きはじめた宮田氏は、貸与されたPCではじめてSkypeなどに触れ、インターネットの魅力に惹かれていった。それと同時に仕事の面白さを覚えていた宮田氏だったが、リーマンショックの影響を受けてしまう。

宮田「当時は、会社としても売上を上げなきゃいけないという事情はあったんでしょうが、明らかにユーザーのためにならないとわかっている商品も売らなきゃいけないのは辛かったですね。その経験から、次は社会的に意義のある仕事をしたいと思って医療系のサービスを扱っている会社に転職したんです。しかし、入社して気付いたんですが全然口だけでそんな事業をしていなかったんですね。それで会社と方針が合わずに1年もせず辞めてしまいました」

負け戦と知りながら続けたひとつめの事業

会社を辞めた後、友達の会社を手伝いながら約半年後に起業した宮田氏。起業した理由は、自分たちでWebサービスを作りたいという軽いノリだったという。

会社を辞めた後、友達の会社を手伝いながら約半年後に起業した宮田氏。起業した理由は、自分たちでWebサービスを作りたいという軽いノリだったという。

宮田「当時、インターネット業界の84年生まれが集まるオフ会のようなものがあったのですが、同世代でも既に起業している友達が多かったんです。彼らを見て『自分にもできるかもしれない』と思ったんです。ちょうど共同創業者でエンジニアの内藤君との出会いもあり、彼も大企業を飛び出して腕試しをしたいと考えていた時期だったので、一緒に起業しました」

最初に作ったサービスは、エンジニアのスキルを可視化して、企業が優秀なエンジニアを採用しやすくするというもの。はじめこそ大手企業を顧客にもつことができたものの、すぐに限界を感じたという。

宮田「当時は自分たちのできそうなことからアイデアを発想していたので、結果的に誰にも求められないサービスになっていました。ひとつ目のビジネスモデルにしても、優秀なエンジニアほど、転職時にスキルの可視化は必要ないんですよね。当時、僕らのサービスを使っていたのは、まだ自信のない若手のエンジニアたちでした。結果的に、企業は優秀なエンジニアを採用することはできませんし、採用をシンプルにするはずが余計複雑にしていることに後になって気づきました。 このビジネスじゃダメだと気づいたのはスタートしてから半年くらいでしたが、結局クローズしたのはそれから1年ほど後になります。うまくいかないと分かりながらも、すっぱりとクローズすることができませんでした。今思えば、負け戦と分かりながらもビジネスを続けていたこの期間が、起業してから一番苦しい時期だったかもしれません」

 

はじめてのビジネスは成功といえなかったものの、先輩経営者たちの「10個作って1個当たればラッキー」という言葉を信じ、真にうけ、とくにショックはなかったそうだ。すぐさま次のビジネスに取り掛かる宮田氏と内藤氏のふたり。

はじめてのビジネスは成功といえなかったものの、先輩経営者たちの「10個作って1個当たればラッキー」という言葉を信じ、真にうけ、とくにショックはなかったそうだ。すぐさま次のビジネスに取り掛かる宮田氏と内藤氏のふたり。

宮田「当時、自分たちが興味があって、かつ実現できそうなことのリストをホワイトボードに100個ぐらい書き出したのを覚えています。2個目のサービスは、そのリストの中にあったSaaSの比較サービス。最初の3ヶ月は伸びたんですが、結局困っている人がいないことに気付きすっぱりクローズしました。 ちょうどその頃、リーンスタートアップの概念を学び、ユーザーヒアリングの重要性を知ったんです。ヒアリングをしてみると、ユーザーが本当に困っているか、ソリューションとして適しているか仮説を検証できるんですね。ふたつ目のビジネスに関してはヒアリングをちゃんとしたおかげで、仮説としていた課題が存在しないことに気づいてすっぱりクローズできたと思います」

超速仮説検証を繰り返し、3ヶ月で作り上げた「SmartHR」

2回目のサービスクローズと時を同じくして、Open Network Labのアクセラレータープログラムに参加した宮田氏。3ヵ月後に控えるDemoday(デモデイ)で優勝できなければ、家族や共同創業者の内藤氏のことも考えて会社を畳む決断をしていたという。

2回目のサービスクローズと時を同じくして、Open Network Labのアクセラレータープログラムに参加した宮田氏。3ヵ月後に控えるDemoday(デモデイ)で優勝できなければ、家族や共同創業者の内藤氏のことも考えて会社を畳む決断をしていたという。

宮田「デモデイで優勝するビジネスを構築するには、4つが重要だとメンターが教えてくれました。課題が明確であること、その課題が大きいこと、作ったサービスがソリューションとして適切であること、トラクション(売り上げやユーザー数など、事業が伸びる兆し)があることです。 プログラムに参加を決めたのが1月で、デモデイが4月のあたまでした。逆算すると3月にトラクションを作り、2月にはプロダクトができていなければなりません。プログラムがスタートしてからは、3日に一回仮説と検証を繰り返す日々がはじまりました。1日目に課題を見つけ、2日目にソリューションを作り、3日目に5人にヒアリングをして検証をするという日々の連続です」

毎日のように仮説を作って検証する日々を繰り返し、SmartHRのビジネスモデルの原型に行きついたのは10個目のビジネス案だった。SmartHRのビジネスモデルでヒアリングをしているとき、それまでのヒアリングとは全く違う手ごたえを感じたと宮田氏は語る。

宮田「ユーザーヒアリングにはメソッドがあって、『〇〇に困ってますか?』と直接聞くのではなく、事実をヒアリングしていくなかで課題として定義した仮説を検証します。

宮田「ユーザーヒアリングにはメソッドがあって、『〇〇に困ってますか?』と直接聞くのではなく、事実をヒアリングしていくなかで課題として定義した仮説を検証します。 SmartHRのヒアリングをした際、5人が5人、まるで仕込まれたかのように同じような返答があったのです。全員が同じような不満を感じていて、なんならこちらから聞かなくても悩みを話してくれるんですね。それまでの9個のヒアリングではそんなことはなく、5人にヒアリングをしたらみんなバラバラの返答だったのです。正直3人にヒアリングした時点で、心の中ではGOサインが出ていました。 もうひとつ、今のビジネスに決めたのは、自分たちがやる意義です。結果的にボツになったビジネス案にも『これ、いけるんじゃない?』っていう案が2個ほどありました。しかし、メンターに相談してみると『それを君たちがやる意義は何?』と言われても『とくにないです』としか言えませんでした。しかし、SmartHRを発案したとき、家に帰るとちょうど妻が自分で産休の書類を書いていたんです。それを見て、僕も昔、大きな病気を患って社会保険の恩恵を受けたために、社会保険制度についてはかなり調べたのを思い出して、自分がやる意義がすんなり腑に落ちた感じがしました」

実際にSmartHRのビジネスをやると決めたのは2月の半ば。しかし、そこからデモデイまでに売上を作るのは難しいと思えた。そこで宮田氏は、LP(ランディングページ)を作り事前登録数を稼ぐことでトラクションを実証することにした。早速LPを作りFacebookで2万円ほどの広告を出すと、なんと3日間で100件もの申し込みがあったという。その数に驚くのと同時に、課題の大きさと手応えを実感した瞬間だった。

課題の設定がしっかりしていればビジネスは伸びていく

SmartHRのビジネスをはじめてから順調に業績を伸ばしてきた宮田氏。ビジネスを伸ばすときには特に悩みはなかったというが、その理由についてこう語る。

SmartHRのビジネスをはじめてから順調に業績を伸ばしてきた宮田氏。ビジネスを伸ばすときには特に悩みはなかったというが、その理由についてこう語る。

宮田「みんなが困っているのにソリューションがないところに、それを解決するサービスを作ったのが大きかったですね。それが80点のものだとしても、他にソリューションがないのでみんなが選んでくれます。逆にソリューションが溢れている市場では、80点のサービスを作っても誰も見向きもしてくれません。社会保険手続きの煩雑(はんざつ)さなどの課題は会社が正社員を雇用するときにはじめて気づくものなので、これまで起業家が見つけづらい課題だったのだと思います」

急成長を果たしたSmartHRだが、同時に課題の大きさに対してサービスを広めたりないとも感じている。今後の展望についても語ってくれた。

宮田「サービスを広めていくにつれて、ユーザーのニーズが多様化してきました。たとえば飲食チェーンなどであれば、本社とアルバイトの間に立つ店長の手間を省きたいニーズがあるのですが、SmartHRにそのまま取り入れるとほかの業界では無駄な機能にもなりかねません。ですので、今後は必要なときに必要な機能を使えるアドオン機能を増やしていきたいと思っています。すでに自社で6~7個、アドオンできる機能を作っています。これまで行っていた他社サービスとの連携も強化してSmartHRのプラットフォーム化を目指しています」

ビジネスを興すなら大きな市場規模を。

インタビューの最後にスタートアップでチャレンジしたい方、または起業にチャレンジしたい方へのメッセージを聞いてみた。

インタビューの最後にスタートアップでチャレンジしたい方、または起業にチャレンジしたい方へのメッセージを聞いてみた。

宮田「スタートアップに転職するなら、自分が何を求めていて、その求めているものが満たされる会社なのかが大事ですね。スタートアップに行きたい人の多くは、裁量の大きさやスピード感、やりがいを求めますが、本当にそれが実現するかが大事です。ちなみにSmartHRは裁量もスピード感もやりがいもある職場ですよ(笑)」

実際に起業のビジネスの相談を受けることもある宮田氏に起業を考える人へのアドバイスも聞いてみた。

宮田「大切なのは、机上の空論からビジネスを作るのをやめて、実際のユーザーの課題をもとにビジネスを作るということですね。今でも机上の空論でビジネスを作っている人を見かけますが、『誰のどんな課題を解決しているの?』と聞くと何も答えられないんですよね。

宮田「大切なのは、机上の空論からビジネスを作るのをやめて、実際のユーザーの課題をもとにビジネスを作るということですね。今でも机上の空論でビジネスを作っている人を見かけますが、『誰のどんな課題を解決しているの?』と聞くと何も答えられないんですよね。 一方で、ユーザーの課題からビジネスを作りはじめると、スケールの小さいビジネスになってしまうこともあります。どう考えても売上が10億にも満たないような。そして大変なのがサービスを作ってお客さんが少しでもいるとなかなか辞められなくなります。資金調達をすればなおさら。 なので、お客さんに使っていただいたり、資金調達をする前に『本当にこのスケールのビジネスでいいのか?』と考えたほうがいいと思います。もちろん、本当に自分が解決したい課題であれば市場規模が小さくてもいいんですが、僕の周りにはスタートアップで一山当てたいっていう人が多いんですよ。そういう人が小さい市場でビジネスをはじめると、はじめた後にビジネスを続けていくのが辛くなっていくと思います。大きく成功したいなら、大きな市場のなかで、大きな課題を見つけることだと思いますね」

宮田氏は最後に、自身も今後のSmartHRの成長のために、一人で再び新規事業検討に入ると話してくれた。SmartHRを超えるような、さらに大きな課題を見つけるのかもしれない。

執筆:鈴木光平 取材・編集:Brightlogg,inc. 撮影:三浦一喜

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