コラム

大企業の競合出現に「詰んだと思った」。「Akerun」のPhotosynthが勝てた理由は?

2018-08-23
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
「期待を超えた先にある感動こそが、事業を続ける源泉」IoTで未来を変える男が選んだ、起業という選択肢

企業で見かけることが増えてきたスマートロック。導入している家庭も増え始めている。長い間まったく変化を見せなかった「鍵」にイノベーションを起こした一例だ。このスマートロックを「Akerun(アケルン)」というプロダクトで実現した企業がある。株式会社Photosynth (以下、フォトシンス)だ。代表の河瀬氏は、「Akerun」を“ワクワクドリブン”で生み出したプロダクトだと表現する。もともと環境問題への興味を胸に理系進学を決意した河瀬氏が、現在IoT分野に取り組む理由とはいったいなんだろうか。インタビューを通して紐解いた。

環境問題とビジネスの関連性を見出した学生時代

環境問題とビジネスの関連性を見出した学生時代
河瀬航大(かわせ・こうだい)ー株式会社Photosynth  代表取締役筑波大学理工学群化学類を卒業後、新卒で株式会社ガイアックスに入社。ソーシャルメディアマーケティングに携わり、数多くの新規事業の立ち上げにも参画。2014年9月に株式会社Photosynthを設立。

幼少期を自然のあふれた種子島で過ごした河瀬氏。子どもの頃から、田舎の自然が目の前から次々と消えていく様子は、心のなかに小さな衝撃を生み出していたと語る。

河瀬 「子どもの頃、どんどんと自然が無くなっていく種子島を見て遊び場が減っていく悲しさを覚えていました。自然を守りたいという漠然とした想いから、そのまま環境問題を学ぶために大学まで進学したんです。エネルギーや放射線について毎日のように研究している学生でした」

一時期は研究者の夢を抱いたほど、自然環境の研究に没頭した学生時代を過ごしていたという。河瀬氏が研究に打ち込んでいた学生時代、「3.11」による放射線の話題は世間を騒がせていた時期でもあった。

河瀬 「マスメディアの影響で放射線のニュースは日々放映されていました。けれど、僕の故郷である種子島や環境破壊が著しいインドネシアなどの様子をメディアが取り上げることはなくて。 そうしていくうちに、環境問題へ科学的な側面から対応するよりも、認知や共感を広げる活動に注力するべきなのではないかと思うようになったんです」

そこで、河瀬氏は就職先として株式会社ガイアックス(以下、ガイアックス)を選択する。河瀬氏自身が環境問題に対応するのではなく、多くの人に情報を届けることを目指して選んだ選択肢だ。

河瀬 「共感を得やすいソーシャルメディアに関わる事業を行っていたこと、新規事業立案や起業する人が多かったことがガイアックスを選んだ理由です。環境問題を軸にさまざまな世界観を実現したいと考えたとき、もっとも魅力的な企業でした」

学生時代、河瀬氏はビジネスで環境問題を解決することをコンセプトに掲げた学生団体に所属していた。そこで培ったことは、収益を上げるために環境問題を取り上げるのではなく「収益を上げていると、環境問題も自然と解決する」ようなビジネスを構想する力だったという。

河瀬 「企業で環境問題を取り扱おうとすると、どうしてもCSRの観点になってしまうんです。それは少し違うなと思うんです。だから学生時代の経験はすごく大きかったですね」

“ネット選挙”で得た成功体験と起業までの小さくて大きなきっかけ

“ネット選挙”で得た成功体験と起業までの小さくて大きなきっかけ

ガイアックスに入社後は、主にソーシャルメディア領域のマーケティング支援や新規事業立案などに携わっていたという河瀬氏。新規事業においても、当時法改正が行われたばかりだった“ネット選挙”を基にした事業を展開し、大成功を収めている。

河瀬 「ソーシャルメディア領域では、主にユーザーの声をクロールにより収集し、分析・レポートを行うことで改善につなげるマーケティング支援を行なっていました。 SNS運用を基にした支援も対象です。新規事業では、2013年に解禁されたネット選挙をサポートする支援ツールのプロジェクト立ち上げを行いました」

これまでインターネットの世界とは交わることのなかった選挙。それらをうまくかけ合わせることで、マーケットに合ったプロダクトを生み出すことに成功した。大きな反響を呼んだ支援ツールは瞬く間にマスメディアにも取り上げられた。上場企業でありながら、時価総額が最大50倍にまで跳ね上がるという驚異的な注目度だ。

大きな反響を呼んだ支援ツールは瞬く間にマスメディアにも取り上げられた。上場企業でありながら、時価総額が最大50倍にまで跳ね上がるという驚異的な注目度だ。

河瀬 「ネット選挙の事業においては、マーケットを作っていくまでがすごく大変でした。世の中にネット選挙を浸透させるまでは政治家の下でインターネットに関する講演をしながら認知度を広げ続けたんです。結果として、事業という大きな雪だるまを転がせたのは学びでしたね」

インターネットを通して、有権者と政治家をつないだネット選挙の存在。河瀬氏にとっては、叶えたい世界観をひとつ叶えられた瞬間でもあった。

河瀬 「僕が目指しているのは、リアルとデジタルが繋がり合う世界なんです。選挙×SNSだけでなく、たとえば植物とSNSのように、今までは繋がり合わなかった物事が繋がっていく世界。 そういった意味でネット選挙の存在は、今まで自分が叶えてみたいと思った世界観を体現するひとつの形でした。その頃からぼんやりとIoTの分野にも興味が出ていましたね」

起業も量産も決めてはいなかった。反響の多さに後押しされて起業を決意

起業も量産も決めてはいなかった。反響の多さに後押しされて起業を決意

フォトシンスのメイン事業である「Akerun」の構想が生まれたのは2014年。大学時代の同期6名とのお酒の席でたまたま挙がった話題が事業のきっかけだったという。

河瀬 「事業計画なんて考えずにただ思いついたことを話したところから始まったのが『Akerun』です。当時はスマートロックなんて言葉を知りませんでしたが、単純に物理的な鍵って不便だよね、と。 未来を想像したSF映画なんかで物理的な鍵は絶対に登場しないのに、鍵のありかたは長らくそのままだと思ったんですよね」

サービス開発に興味があったから。そのくらいの小さな理由だったが、河瀬氏ら6名は休日を利用して「Akerun」の開発に取り組んだ。拙いプロトタイプではあったものの、社会的反応が返ってくることに感動を覚えていた。

河瀬 「当時から、『Akerun』以外にも収益ドリブンやバズるドリブン、人脈を広げられるドリブンなどのさまざまな観点でサービスを開発してきました。 そのどれもが、しっかり数値データとして自分の元に戻ってくるんですよね。そういった仮説と検証を繰り返す日々がすごく楽しいと感じていたんです」

いくつかのサービスをリリースするも起業には至らず、「Akerun」の開発を続けていたなか、河瀬氏らに転機が訪れる。日経新聞への掲載だ。とある会社の記事の一部として登場しただけだったにも関わらず、「Akerun」への注目度が高まる結果となった。

いくつかのサービスをリリースするも起業には至らず、「Akerun」の開発を続けていたなか、河瀬氏らに転機が訪れる。日経新聞への掲載だ。とある会社の記事の一部として登場しただけだったにも関わらず、「Akerun」への注目度が高まる結果となった。

河瀬 「日経新聞の記事によって、僕らの元には連絡が殺到しました。量産すると決めていないのに予約が入ったり、起業していないのに事業提携のご依頼が100を超えて。記事の公開翌日にはあまりの反響に、ガイアックスの社長から呼び出されたくらいです」

しかし、社長から呼ばれた理由は注意喚起ではなかった。心からの応援だったのだ。

河瀬 「『Akerun』の立ち上げメンバーである6名のメンバーのうち、僕を含む半分はガイアックスの同期社員でした。 もともと『Akerun』を制作していることを知っていたからか、社長からは『こんなチャンスはなかなか無いのだから、チャレンジしたければ起業したほうがいい』と言葉をいただいて。その上、2,000万円をも出資してくださったんです。今となっても、常に恩返しをしたいと思っています」

フォトシンス起業後は、ヒト・モノ・カネなどの障害にはぶつかるものの、なんとか量産体制を敷くことに成功。同時期に開発を進めていた競合に先んじて、スマートロックをもっとも早く世に届ける準備を整えた。

河瀬 「じつは、創業してから3ヶ月後、大企業の資本が入った競合プロダクトが現れたんです。僕らは、資本も少なかったので詰んだと思いました(笑) でも、そんななかでも成功を掴みとれたのは誰よりも早くプロダクトを世に出せたからなのだと思うんです。スピード感を持って事業に取り組むことの大切さを切に感じました」

期待を超えた先にある“感動体験”を常に追い求める組織でありたい

期待を超えた先にある“感動体験”を常に追い求める組織でありたい

スマートロック「Akerun」だけではなく、今後さらなる事業展開を想像しているというフォトシンス瀬氏が見ている今後の未来とはどのようなものなのだろうか。

河瀬 「当面は、物理的なものをクラウド化させていくことが目標です。サービスやプロダクトを問わず、感動を生み出せるような製品を作りたいですね。 また、フォトシンスのロゴが環境を表した葉のマークを描いているように、いずれ環境問題にもきちんと事業として向き合っていきたいと思っています。 たとえば『Akerun』を用いて電気のシャットダウン機能なんかが搭載されれば、間接的には環境問題の改善に繋がるのかもしれませんから」

それでは最後に、起業やスタートアップへの転職を迷っている人へのメッセージを伺った。

河瀬 「ありきたりな表現かもしれませんが、思い立ったときにアクションを起こすべきだと思います。人間、後からモチベーションが湧いてくることはあまりないので、そのときにやりたいと思えることを全力で楽しんだら良いと思いますよ」

「期待をされて、その期待を超えたときに生まれる感動が好きなんですよね」と幼い頃からの一貫した心持ちを語ってくれた河瀬氏。

河瀬 「『Akerun』の試作機が動いた瞬間の感動はいまだに思い出します。ただ鍵が90度回るという事象でしかないですが、世の中の当たり前が変わった瞬間だと感じたんです。そんな、10年先の未来を作るような感動を生み出していきたいですね」

フォトシンスが描き続ける感動体験。私たちの生活が彼らの手によって変わっていく日も近いかもしれない。

執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:飯本貴子

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