コラム

「小さなヒットではなく特大ホームラン」パネイル・名越達彦が目指すもの

2018-06-18
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
パネイルCEO名越達彦 自分は事業の未来を信じきれるか。崖っぷちを経験した経営者が、サービスの価値と向き合う覚悟

「世界中のエネルギー市場に最先端のEnergyTechを」をミッションに掲げ、電力小売会社向け業務効率化ソリューション「Panair Cloud(パネイルクラウド)」を提供する株式会社パネイル(以下、パネイル)。

この2018年5月から、東京電力エナジーパートナー株式会社(以下、東京電力エナジーパートナー)と共同での電力・ガスの供給を開始した、今電力の領域で活躍する企業のうちのひとつだ。今となっては順調に成長を遂げるパネイルだが、これまでには数々の苦悩と多数の決断が隠されていた。

今回は、パネイル代表・名越氏に、新しいサービスと正面から向き合い続けるために大切にしてきた考え方を伺った。

鳥人間コンテスト優勝から開いた、マルチスキルを持ち合わせる道

パネイルCEO名越達彦 鳥人間コンテスト優勝から開いた、マルチスキルを持ち合わせる道
名越達彦(なごし・たつひこ)株式会社パネイル 代表取締役社長東京工業大学工学部開発システム工学科卒業。新卒で株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)に入社し、営業・人事・マーケティングなどに携わる。その後、株式会社エイチーム(以下、エイチーム)を経て、2012年に株式会社パネイルを創業。

名越氏は学生時代に、鳥人間コンテストで優勝した経験を持つ。教員や研究の道を選ぶ同級生が多く、名越氏自身もビジネスに大きな興味は抱いていなかったという。ただ、いわゆる「メーカー神話」に対する疑問を抱えており、就職先について悩みを抱えていた。

名越 「僕のいた工学部では、通常だとメーカーやJAXAの技術職、もしくは教員などの進路が多数派を占める環境でした。しかし、いざ就職のタイミングで今後のキャリアを考えてみると、必ずしもメーカーが正しい選択肢ではないような気がして。たまたま、就活生向けのセミナーを開催していたDeNAに足を運んでみたら、興味が湧いたので入社を決めました。今は球団を持っていたり認知度もありますが、当時のDeNAはほとんど知られていないスタートアップだったので、親に勘当されたんですけどね(笑)。今は勘当はとかれてますよ」

DeNA入社後、着実に結果を出し続けていた名越氏は、5年間の中で、営業から人事、マーケティングなど、多様な職種を経験したという。

名越 「最初に配属された営業部門で早期に目標を達成したことが評価されました。半年ほどで上長から『次何やりたい?』と聞かれたんです。当時は人事に興味があり、DeNAにはまだ無かった新卒採用専門部署を立ち上げたんです。その後はマーケティング、エンジニアなど、幅広い職種を経験させてもらいました」

パネイル代表取締役社長名越達彦 東京工業大学工学部開発システム工学科卒業。新卒で株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)に入社し、営業・人事・マーケティングなどに携わる。その後、株式会社エイチーム(以下、エイチーム)を経て、2012年に株式会社パネイルを創業

DeNAでの活躍後、エイチームへと転職している名越氏。転職の裏側には、どのような考えがあったのか。

名越 「新卒でDeNAに入社する頃から、今後はひとつの専門性の高いスキルよりも、多くのスキルを持っていたほうが活躍できる世の中になるだろうと思っていたんです。そこで、今までには経験したことのない“経営企画”に携われる場所へと考えて、エイチームに転職をしました」

事業開発室の室長として、イントレプレナーのようなポジションを与えられたという。そのなかで名越氏がだんだんと描いていった夢は、ゆくゆく起業というかたちで花を開く。

名越 「エイチームの中で事業を作っていくうちに、日本一や世界一のサービスをと考えると、会社から与えられた人員やリソースで行うのは厳しいなと感じるようになったのです。チーム、さらには会社までプロダクトに合わせてイチから形成する必要があると考えるようになって。世の中にインパクトのあるサービスを提供したい思いもあったので、これらを成し遂げるには起業を選択するのがもっとも自然だと考えて独立を決断しました」

事業の未来を信じきる。事業転換の意思決定に迷いを抱えた起業時

パネイルCEO名越達彦 事業の未来を信じきる。事業転換の意思決定に迷いを抱えた起業時

起業の道へと足を踏み込んだ名越氏。初めに目を付けていたのはマーケットが大きかった“太陽光発電”の分野だったという。太陽光発電事業者と顧客とを繋ぐマッチングサービスをリリースしていた。しかし、2014年9月に起きた「九電ショック(*1)」の影響で、マーケットは一気に縮小。事業の転換を余儀なくされた。

名越 「太陽光発電の次には、電力比較サイトを制作しようと考えて事業計画をまずつくってみたんです。ところが、まったく儲かるニオイがしなくて。ビジネスとして成り立つことがなさそうだったので困ってしまって。そんなときに足を運んだのが、電力自由化にまつわるとある展示会でした。そこで目にしたものが、大手のITベンダーがレガシーな電力サービスを高額で販売している姿です」

時代にそぐわない製品と、製品にそぐわない価格。これらに大きな違和感を感じた名越氏は、新しい事業のひとつとして、電力会社向けの業務効率化ソリューションを検討し始めたという。

パネイルCEO 名越達彦 Panair Cloud

名越 「そうは言っても、電力分野に対する知見があるわけではありませんでしたし、まだまだまっさらの状態で。しらみつぶしに業界をとにかく調べ倒していたら、価値のあるプロダクトが提供できるように感じたんです。それが、今の“Panair Cloud”の始まりです。顧客は無いままながらも、プロダクトをつくって販売を始めました」

開発を進めては営業、また開発を進めては営業。来る日も来る日もプロダクトを販売することに投資してきたものの、そう簡単には売れなかった。大きな理由には「実績がない」ことが挙げられていた。

名越 「先進性とレガシーマーケットとの温度差を痛感しました。組織の大きい電力会社で、社内承認が得られないから、という理由でプロダクトを必要としてくれる会社が全然なかったんです。なんとかプロダクトの開発を進めながら、電力自由化の波に乗って電力自体を販売し売り上げを確保することにも努め続けました」

パネイルCEO 名越達彦 電力自由化

絶望的な状況のなか、彼がくだした決断は「最後までやり抜くこと」だったという。過酷な現状を目の前に、冷静であることを心がけていたと語る。

名越 「正直、“あと1日”融資が遅かったら倒産していました。そのくらい、ギリギリの状態でしたね。マーケットへの希望はあったものの、会社の状況は危機的だったのでひどく不安でした。しかし、諦めがつかなかったんです。本当であれば、感情的になったり焦ったりするようなところですが、危機的な状況だからこそ精神状態を保つために冷静に取り組むようにしていました。ここまできたのなら、最後までやってみようと感じ続けられたことで、最終的には融資も出資も決まってなんとか持ち直しました。まさに追い風が吹いた、という感じでしたね」

*1:太陽光発電の新規事業が一時的に急増したため、九州電力が電力の新規売買に対する新規申し込みへの回答を一時保留した一連の出来事。

困難を乗り越えるたったひとつのヒントは、本質的な価値を見抜くこと

パネイルCEO名越達彦 困難を乗り越えるたったひとつのヒントは、本質的な価値を見抜くこと

さまざまな困難に直面してもなお、諦めずにメンバー一同前だけを見て走り続けたと語る名越氏。苦労の絶えないなかで、彼が極限まで走り続けられたのはいったいなぜだったのだろうか。

名越 「作り続けてきたプロダクトに関して、メンバー全員自信を持って“良い”と言えたからですね。とにかく、目の前に置かれた状況に対して、どれだけコミットできるのかに尽きるような気もします。『天空の城ラピュタ』で主人公たちが、ラピュタに出会えたことのように、じつはこれといった再現性はないのだと感じています」

「決して、なんでもかんでもロジカルに考えていたわけではないんです」と、名越氏は語る。

目の前にふたつの選択肢が置かれたときの選択は、時としてロジカルだが、時として運をも必要とする。そして、その運は必ずしも実力ではない、と。

パネイルCEO名越達彦 テクノロジーの分野が電力業界に進出

テクノロジーの分野が電力業界へも進出した今。名越氏が考えるこれからの未来には、いったいどのような景色が広がっているのだろうか。

名越 「今、エネルギー業界全体を見通すと、従来のシステムを変えていこうという、技術革新を求める段階に迫ってきています。そのため今後は、東京電力エナジーパートナーとのジョイントベンチャーで、電力業界の根っこに関わるシステムからまずしっかりと変革を起こしていきたいですね。電力業界唯一のインターネットプレイヤーとしては、“小さなヒットではなく特大ホームランを打ちにいく”つもりで、これからも変わらずに本質的な価値の追求を続けていきます」

パネイルCEO名越達彦 特大ホームランを打ちにいく

最後に、これから起業をする、スタートアップへの転職を検討している方へ向けて、メッセージを伺った。

名越 「自分がこれだけの経験をしてきているので、起業は決して“おすすめ!”と言えるわけではありません。ただ、本質的な価値をしっかりと見極めて、ただひたすらにサービスを磨くことに注力すれば、必ず結果はついてくるはず。そして、そのサービスも、やがてはきっと大きな価値を生み出すはずです」

執筆;鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:矢野拓実

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