スタートアップインサイト

アンドパッド創業者・稲田武夫さんが「SaaS×建築」で実現したい世界

2019-05-16
STARTUPS JOURNAL編集部
Editor
STARTUPS JOURNAL編集部

レガシーな産業に残る負をITで解決するまでの壁はとても高い。その産業で働く人々の知識、理解、協力が必要不可欠だからだ。

株式会社アンドパッドも、そんな領域で事業に取り組むスタートアップのひとつだ。選んだのは、建築・リフォームの世界。施工現場でのプロジェクト管理ツール「&ANDPAD」の開発・運営などを手がける。

代表の稲田武夫氏は建築業界出身ではない。

そんな彼が今、建築業界でスタートアップを立ち上げる理由とは。そして、どのようにして、業界の負を解決しようとしているのだろうか。

学生時代から起業家に興味があった。でも、選んだのは学生起業ではない道

稲田武夫(いなだ・たけお)ー慶應義塾大学を卒業後、2008年に新卒でリクルートに入社。人事を担当した後、新規事業推進室で新規事業開発に携わる。2014年4月、株式会社アンドパッドを創業し、代表取締役に就任。

建築業界でスタートアップに挑戦する稲田氏。起業家として人生を歩むことになったきっかけを振り返ってもらうと、学生時代まで遡る。慶應義塾大学に進学した稲田氏が学生生活の中で熱中したのは、ビジネスコンテストを企画する学生団体での取り組みだった。

稲田 「大学に入学したときは、まだ起業への興味はほとんどありませんでした。ただ、いわゆる意識高い系の学生ではあったんです(笑)。大学1年生のときに、ビジネスコンテストを運営する学生団体『WAAV』に出会って起業の世界を知るようになりました」

ビジネスコンテストの開催にあたって、資金集めのために学生ながらさまざまな企業に足を運んでいた。稲田氏が起業家や投資家などの名前を知るようになるまで、そう時間はかからなかった。

また、同団体内には学生起業を決断するメンバーも多かった。サポートという名目で起業経験を積んだことも、稲田氏の今には大きく影響を与えている。

稲田 「WAAVのメンバーはみんな、良い意味で変わった人たちで、僕自身どんどん感化されていたんですよね。とくに大学3〜4年生の間は、先輩が起業した会社を手伝っていました。今の時代のスタートアップと変わらず、すごく勢いがあって楽しいと感じていましたね」

ただ、稲田氏自身が学生起業に挑戦したいとは感じなかった。起業家になることそのもの興味はあったものの、心を強く惹かれる事業がなかったことが大きな理由だ。

稲田 「1年半くらい先輩の会社で経営を手伝う中で、事業の伸ばし方や採用など、さまざま取り組みました。ただ、じゃあ自分はなにがやりたいのか、と問うてもその答えは見えなかった。それなら、と就職することに決めました」

起業熱を高めてくれたのは、リクルートという場所

稲田氏が就職先に選んだのはリクルート。自身がこれまでに出会った起業家の多くの出身企業だったことが理由だ。もともとは金融機関を志望していたものの、就職活動直前で道を切り替えたという。

稲田 「昔からミーハーなんですよ(笑)。ゆくゆくは起業してみたいと思うようになっていたので、それなら起業家が過去に勤めていた企業に行ってみようと。事業会社が良かったのもあるし、一番学べる環境だろうと踏んでリクルートにいくことにしました」

希望したのは、もちろん新規事業担当。事業の立ち上げを経験したかったからだ。無事就職できたものの、配属先は人事だった。

稲田 「とにかく1日でも早く成長したい、事業というものの手触りを持ちたいと思っていて、モノも知らず『採用じゃなくて事業がやりたい』と言い張っていました。生意気だったと思います。 ただ、今の自分に最も活きている前職の経験は、人事なんですよね。そうはいっても、僕らが新卒入社した翌年はリーマンショックが起きています。採用チームもすぐに解散となってしまったので、現在のゼクシィを担当するブライダル事業に異動しました」

その後再度、人事部に異動したり、日常消費領域で新規事業開発にも関わったりと丸6年の在籍期間でさまざまな経験をできたという稲田氏。リクルートを離れたのは、自分自身の中に「やりきった感」が生まれたから、だった。

事業選択のヒントは、自分の中に答えを探さないことだった

稲田氏は、リクルートで迎えた社会人3年目の年、起業準備のためにエンジニアの仲間たちとシェアハウス暮らしを始めている。仕事にも慣れてきたタイミングで、起業のために動き出したいと感じていたからだ。

稲田 「起業熱が高まったんです。あとは、時間にもだいぶ余裕が生まれていた。当時はFacebookのプラットフォーム上で書籍をシェアするサービスを作っていました。関わってくれたエンジニアも10人ほどまで増えていて。ただ、収益性がほとんど無く、事業としてのグロースは難しい状態でした。勢いだけで大きくして、結局尻すぼみとなり、実力不足を感じたのと、巻き込んだ仲間に申し訳ない気持ちがありました」

サービスを立ち上げた2011年当時、スタートアップの資金調達環境はまだまだ整っていない状態。熱量は高かったものの、未来にも続けられる事業とはいかなかった。ただ、サービスを作ることの喜びを知る大きな経験だったそうだ。

稲田 「入社して6年が経ったとき、前職でやりきった感覚があったので卒業することができました。なかなか退職に至るまでの踏ん切りがつかなかったですが、周囲も応援してくれるようになっていたので今だなと」

リクルート退社後に稲田氏が検討した事業領域はふたつ。「ヘルスケア」と「建築」だ。今後の社会を考えたとき、人口の減少にともなって労働力不足はどんどん悪化すると予想されている。そのときに最もダメージを受ける業界が、上記のふたつだと考えた。

最終的に建築業界に焦点を当てたわけだが、そこには稲田氏のこんな想いがある。

稲田 「前職での最後の3年間、多くの新規事業を考えていました。2ヶ月に一度のペースで事業提案を行う場面があるのですが、正直、事業のネタなんてそうたくさん浮かんでくるものではないんですよね。わかったのは、事業は自分の中から見つけるものではなく、マーケットから見つけるものであることでした」

SaaSスタートアップがIT業界出身者を極限まで減らす理由

建築業界の知識は皆無だった稲田氏。そんな中できたアンドパッドは、スタートアップではありながらも異色のメンバー構成だ。SaaSサービスの提供を行うにも関わらず、メンバーのうちIT業界出身者は半数。残りは建築業界の出身だ。

稲田 「つながりのない業界で事業を立ち上げるには、ITの世界に浸かりっぱなしでは難しいんです。まずは業界のみなさんと知り合って、考えを伝えて理解してもらう必要があります。長い道のりですが、だいたい3年間は業界の人になるための努力が必要だと思います。そうして職人さんや現場監督の方々と仲良くなっていくので、今となっては建築業界の方と一緒に飲んでいる時間が楽しいんですけれどね(笑)」

また、創業当初はリフォーム会社の検索ポータルサイトをオープンし、業界の課題感の把握や人脈作りにも勤しんだ。

稲田 「リフォームって人生の中で一度も経験しない家庭があるほど、希少な顧客体験。マッチングのサービスはすでに存在していたので、そこで事業化しても追いつけないなと考えていました。業界のクライアント様に集客支援や開発支援を積み重ねる中で、その先のBtoBビジネスを生み出すために『&ANDPAD』を考案しました。 ビジネスモデルは発明するものではないですからね。業界の負を見つけて、正しい解決方法を提示できればビジネスとしては成立するものだと思っています」

建築業界を、ITの力で幸せにしたい

起業家の中には、自らの原体験を基に事業を生み出す人がいる。ところが、稲田氏はそういった考えは持っていない。一体、どのようにしてモチベーションを保ち続けているのだろう。

稲田 「常に自分たちがこの事業を続ける使命感を感じているんです。未熟さを自認してはいますが、我々は今、建築業界の負と毎日本気で向き合っています。負を知ることが、もはや喜びでもある。その熱狂度がある限り、モチベーションが下がることはありません」

建築業界と向き合い続けて、丸5年が経過した。創業当初はまったくなかった建築業界の人脈も少しずつ形成できている。今となっては、貢献したいと思う人々の顔が鮮明に思い浮かぶのだそうだ。

稲田 「建築業界で現場を担っている施工管理担当者って、本当に多くの苦労を抱えながらが働いています。私が日々リアルに話しているのは数十人かもしれませんが、同じ悩みを持った人がどれだけいるのだろうかと。彼らの努力や頑張りを報えるようなプロダクトを開発したいと本気で思うんですよね」

熱く想いを語ってくれた。そんな稲田氏は、建築業界を変えるため、これからアンドパッドで叶えたい夢があるそうだ。

稲田 「良い建造物が増えてほしい、それだけなんです。僕らは『&ANDPAD』というプロダクトでそのサポートをさせていただいていますが、1社で業界の大きな変化は担えません。目の前のユーザである多くの大工さんや棟梁が楽しく働けて、さらには若手の大工さんも増えて活性化して。その先に、良い建造物が増えていく。そんな世界になったらうれしいですよね」

レガシーな業界でスタートアップを立ち上げるなら、まずは3年間続けてみる。すると業界の理解が深まり、より強い想いを抱いて事業に取り組めるようになる。稲田氏は、グロースのヒントをこう語ってくれた。

起業のテーマが見つからないと頭を抱える方は多い。原体験が見つからないと嘆くこともあるだろう。そんなときは、稲田氏のように「マーケットから考える」を試してみてはどうだろうか。

そして、3年間、必死に続けてみる。

事業への愛は、始まる前に生まれるのではなく、続けることで生まれるものなのかもしれないから。

執筆:鈴木しの取材・編集:BrightLogg,inc. 撮影:小池大介

無料メールマガジンのご案内

無料のメルマガ会員にご登録頂くと、記事の更新情報を受け取れます。プレスリリースなどの公開情報からは決して見えない、スタートアップの深掘り情報を見逃さずにキャッチできます。さらに「どんな投資家から・いつ・どれくらいの金額を調達したのか」が分かるファイナンス情報も閲覧可能に。「ファイナンス情報+アナリストによる取材」でスタートアップへの理解を圧倒的に深めます。