コラム

スタートアップ支援を加速させるみずほ銀行は、イノベーションの起爆剤になれるのか

2019-06-13
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
大企業とスタートアップ、対立構造に見られていたのも今は昔の話。これからはそれぞれの特性を活かし、協業していくことが求められていく時代だ。 しかし、企業文化の違いすぎる両者が手を組むことは、単純なアライアンスとは比べ物にならないほどハードルが高い。

大企業とスタートアップ、対立構造に見られていたのも今は昔の話。これからはそれぞれの特性を活かし、協業していくことが求められていく時代だ。しかし、企業文化の違いすぎる両者が手を組むことは、単純なアライアンスとは比べ物にならないほどハードルが高い。そんな課題に対して腰を上げたのが、日本を代表する金融機関である「みずほ銀行」だ。『M's Salon』というサービスで、無償でアクセラレータープログラムを提供したり、大企業とのマッチングを行ったりと、スタートアップのエコシステムを活発化させようとしている。今回は、スタートアップのエコシステムの課題とはなんなのか、みずほ銀行執行役員であり、イノベーション企業支援部長である大櫃直人氏に話を伺った。

思ったようには進まない大企業のオープンイノベーション

■大櫃直人(おおひつ・なおと) 1988年入行。営業店長や本部業務に従事する中で、M&A・MBOなど法人業務を歴任。2016年より現部署、2018年執行役員就任。自ら有望ベンチャー企業を精力的に開拓し、成長企業を支援している。
■大櫃直人(おおひつ・なおと)1988年入行。営業店長や本部業務に従事する中で、M&A・MBOなど法人業務を歴任。2016年より現部署、2018年執行役員就任。自ら有望ベンチャー企業を精力的に開拓し、成長企業を支援している。

今や大企業におけるオープンイノベーションの重要性は、いたるところで叫ばれており、大企業の経営陣も、その重要性を切実に感じていると大櫃氏は言う。しかし、実際にはオープンイノベーション実現のために、課題も確実にあるというのだ。

大櫃「大企業の経営陣は、常に社外に目を向けて、最先端の情報を収集しているので、スタートアップとの協業にも積極的です。しかし、その一方でオープンイノベーションの現場にいる中堅層というのは、社内に閉じこもっており、意思決定が保守的な傾向もあります。 どんなに大企業のトップがオープンイノベーションの旗を振っても、実行のフェーズで頓挫してしまうという場面を何度も見てきました。どうしても課長や部長、現場のトップは『なんでスタートアップと組まなければいけないのか』『ちゃんと約束を守ってくれるのか』と懐疑的な考えを持っています」

実際に、大企業側の担当者が突然転勤になってしまい、新しい担当者にきちんと引き継ぎがないままに、話が瓦解してしまうというケースもあると言う。

どんなに大企業のトップがオープンイノベーションの旗を振っても、実行のフェーズで頓挫してしまうという場面を何度も見てきました。どうしても課長や部長、現場のトップは『なんでスタートアップと組まなければいけないのか』『ちゃんと約束を守ってくれるのか』と懐疑的な考えを持っています」 実際に、大企業側の担当者が突然転勤になってしまい、新しい担当者にきちんと引き継ぎがないままに、話が瓦解してしまうというケースもあると言う。

そして、問題は大企業側だけでなく、スタートアップ側にもあると大櫃氏は語る。

大櫃「スタートアップでよくあるのが、口約束や思い込みで話を進めてしまって、失敗するケースです。  たとえば、スタートアップが大企業を相手に実証実験をする際に、良い結果がでたら商談につながると信じているケースです。大企業からすれば、複数社と実証実験したうちのひとつでしかなく、他にもっと良いプロダクトがあれば、そちらを採用するのは当たり前の話ですよね。 そんな事態にならないためにも、スタートアップは多少手間でも、しっかりと契約を結んでおかなければなりません。スタートアップからすれば『こんなことまで?』と思うほど、細かく契約を詰めることが重要です」

そういった失敗が繰り返されないように、みずほ銀行が大企業とスタートアップの間に立って、サポートをしていると言う。

大櫃みずほ銀行では、スタートアップとの協業に不安のある、大企業の部長や担当者などに、これまでの成功事例やメソッドを紹介して、オープンイノベーションの推進をしています。 大企業がスタートアップと協業し動くことで、スタートアップの成長スピードは上がりますし、エコシステムが拡充されていくからです」

みずほ銀行がスタートアップ支援をする意義とは

大企業にオープンイノベーションが必要なのは理解できるが、なぜ銀行であるみずほがやる必要があるのだろうか。アクセラレータープログラムは無償で提供しており、VCのようなエクイティモデルではなく、デッドモデルが中心の銀行にとっては、スタートアップを支援するメリットは少ないはずだ。大櫃氏は、スタートアップを支援する狙いについて語ってくれた。

大企業にオープンイノベーションが必要なのは理解できるが、なぜ銀行であるみずほがやる必要があるのだろうか。アクセラレータープログラムは無償で提供しており、VCのようなエクイティモデルではなく、デッドモデルが中心の銀行にとっては、スタートアップを支援するメリットは少ないはずだ。大櫃氏は、スタートアップを支援する狙いについて語ってくれた。

大櫃「確かにみずほ銀行はデッドビジネスなので、スタートアップとどのタイミングから付き合うべきかというのは、今でも模索しています。私達も営利企業なので、常にROIを意識しなければなりません。 ただし、初期の段階から企業を支援することには、大きな意義を感じています。なぜなら、最初に付き合うバンカーというのは、企業にとって影響度が大きいからです。途中からの付き合いでは、どうしてもワンオブゼムになってしまいます。とくに今は、急成長する企業が増えているので、企業にとって初めてのバンカーになるというのは、大きな意味を持っています」

スタートアップの支援に関しては、まだまだ模索中のようだ。また、みずほ銀行にとってスタートアップの支援は、銀行の次のビジネスを見据えていることも話してくれた。

大櫃「これだけ低金利の時代が続いているので、金利だけで利益を生むのは難しくなっていきます。そう考えると、エクイティもひとつの手段だと思っていますね。もちろん銀行員が、いきなりスタートアップの目利きができるのか、という不安もありますが、そこにチャレンジしていかなければいけません。 また、みずほ銀行は中国やインドといった、大きなグローバルマーケットにも展開しています。しかし、海外の企業は経営基盤の不安定さもあるため、日本よりも企業の目利き力が必要です。そう考えると、今日本でスタートアップの目利き力をつけることは、今後の海外での事業にも活きると思っています」

実際に大櫃氏は、これまで何百人ものスタートアップ経営者に会って、目利き力をつけてきたという。その際、何に気をつけてきたのだろうか。

実際に大櫃氏は、これまで何百人ものスタートアップ経営者に会って、目利き力をつけてきたという。その際、何に気をつけてきたのだろうか。

大櫃「スタートアップの経営者と会う際に一番困るのは、共通言語がないことでした。そこで、社内で『Innovation Walker』という、用語集や業界概要をまとめた資料を作りました。たとえば『オンプレミスとクラウドサーバーはどのように違うか』のような話をレポートにまとめて、社内のスタートアップ企業担当者が見れるようにしたのです。 もうひとつ気付いたのが、いたずらにビジネスモデルやテクノロジーで企業を判断しようとすると、大火傷をすること。新しいビジネスモデルや技術は、日進月歩で進化しているので、正直銀行員では評価しきれません。 そこで何を見るかというと経営陣の質と量です。強いボードメンバーが揃っている会社は、トップがそれだけの巻き込み力を持っていることになります。そして経営陣が優秀であれば、多少技術で遅れをとっても、すぐに取り戻せるものです。 実は、ボードメンバーを目利きする力というのは、銀行員の強みでもあります。これまで融資やお取引の際に、何百人、何千人という経営者に会っているので、経営者を見極める力には自信があります。普通の企業であれば、CEOとCFOしか会いませんが、スタートアップであればボードメンバー全員に会って判断しています」

では、これまで多くのスタートアップ経営者に会ってきた大櫃氏は、経営者のどんなポイントを見ているのだろうか。

大櫃「自分よりも優秀な人間を、ボードメンバーに入れられるかですね。そこに経営者の度量が表れます。そして、そういう経営者はもれなく、自ら成長していける人間です。勝ち残っている企業というのは、かならずトップ自身が成長しているものです。 そして自分よりも優秀な人間を集めるためには、夢を語り続けなければなりませんし、人間的な魅力も必要です。しっかりとした理念や謙虚さがあるからこそ、ピカピカのキャリアを捨ててでも人が集まるのです」

日本のスタートアップにはコンソーシアムが必要

多くの大企業、スタートアップの経営者と会ってきた大櫃氏が考える、これからのスタートアップ界隈に必要なものはなんなのだろうか。

多くの大企業、スタートアップの経営者と会ってきた大櫃氏が考える、これからのスタートアップ界隈に必要なものはなんなのだろうか。

大櫃「コンソーシアム(目的を共有した合弁企業、共同体)を作っていけるかどうかだと思います。そしてそれは、金融に求められている役割だとも思っています。 これからスマートシティの時代がくると言っても、ひとつの企業では実現できませんし、1社と1社の提携でも難しいでしょう。いかにアライアンスを組むか、コンソーシアムを作れるかで、社会に与えられるインパクトは大きく変わってきます。そして、多くの経営者が集まるコンソーシアムの中で、扇の要になるのが金融機関だと思っています。 最近ではソフトバンクトヨタがコンソーシアムを組みましたが、あの中にはスタートアップも含まれています。これからは、あのような座組を組める人がイノベーションを起こせると思います。海外では既にコンソーシアムが主流になりつつあるので、日本でもコンソーシアムを作って、世界での競争力を高めていければと思いますね」

最後に、これからスタートアップにチャレンジする人へのメッセージを頂いた。

大櫃「『火中の栗はおいしい』ということを伝えたいですね。リスク感覚というものをもちすぎると、何もできません。むしろ若い時にチャレンジをしての失敗は、人生の糧になります。もし、今やりたいビジネスがあるなら、長期的にみても起業した方がいいと思いますね。 もちろん失敗もいくつもすると思いますし、天狗になれば、その鼻を折られることもあります。お金の苦労もあれば、人の苦労もありますが、それら全ての体験が人を成長させます。苦しいことも多いですが、それも含めて最もワクワクゾクゾクするのが経営というものです。 よく、長らく経営をされてきた方が定年して、最初は夫婦で世界旅行など余暇時間を楽しまれるのですが、結局また経営の場に戻ってくるんですよね。それぐらい経営というのは面白いですし、ゲームなんかよりもよっぽど興奮する体験だと思います。 それはスタートアップに転職する人も同じです。大企業にいても苦労はあると思いますが、スタートアップでの苦労は主体的にできるので、楽しいし、自分の大きな経験になると思います」

みずほ銀行は、銀行のトップにも関わらず、いや銀行のトップだからこそ、銀行の次の時代を見据えている。『銀行から借りるお金はデッド』という常識を打ち破り、銀行だからできること、しなければならない役割を模索しているように感じた。日本のスタートアップのエコシステムの活発化のために、みずほ銀行が動いたことは決して小さな出来事ではない。この出来事が、日本のスタートアップシーンが、海外のスタートアップ環境に追いつく起爆剤になるかもしれない。

執筆:鈴木光平編集:Brightlogg,inc.撮影:戸谷信博

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