コラム

「エモさと愛」がポイントだった。ミラティブ・赤川隼一の起業ストーリー

2018-08-02
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
ミラティブ代表取締役CEOの赤川隼一 元DeNA

いまや動画共有サービスを中心に決して珍しい存在ではなくなった“ゲーム実況”。かつて、プレイヤーとしての楽しみが中心だったゲームの世界は、一転して世界中をつなぐきっかけのツールのひとつとなり始めた。時代が呼び起こした、新しい価値といっても良いかもしれない。

そんなゲーム実況を誰しもが手軽に行えるサービスがある。スマホひとつでゲームの生配信ができるライブ配信プラットフォーム「Mirrativ(ミラティブ)」だ。スマホユーザーに人気のサービスとなり、現在は「荒野行動」を筆頭に多くの人気ゲームとの連携も開始している。

「Mirrativ(ミラティブ)」を運営しているのは、株式会社ミラティブ。代表を務める赤川氏は新卒で株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)に入社、後に執行役員に就任した。プロパー社員の執行役員就任は初、史上最年少だったという。

「学生時代は音楽しか知らなかった」と語る彼が、DeNAを経て起業を決断するまでにはどのようなストーリーが描かれているのだろうか。赤川氏のこれまでを紐解きながら決断の原動力に迫った。

音楽の道に進むと信じて疑わなかった青年がDeNAと出会うまで

ミラティブ代表取締役CEOの赤川隼一 元DeNA 音楽のオタクだった
赤川隼一(あかがわ・じゅんいち)ー株式会社ミラティブ 代表取締役CEO2006年、新卒で株式会社ディー・エヌ・エーに入社。広告営業やマーケティングに携わった後、「Yahoo!モバゲー」を立ちあげ。その後、執行役員として海外事業の統括やゲーム開発に携わる。2018年2月、株式会社エモモ(現 ミラティブ)を創業。

DeNAに新卒で入社し執行役員を経験後、一転、起業の道へと歩みを進めた赤川氏。振り返ってみると、決してスタートアップに興味のある学生ではなかったという。

音楽にしか触れてこなかった学生時代を過ごした赤川氏とDeNAとの出会いは、ほんの小さなきっかけがもたらしていた。

赤川 「もともと、音楽が大好きだったので、暇さえあれば中古CD屋に通いつめたり、夏になると夜行バスで『FUJI ROCK FESTIVAL』に繰り出すような学生でした。お昼ご飯の食費を削ってまでCDを漁っていましたね。広島の高校を卒業して、『ライブにたくさん行きたいから』を理由に上京、慶應義塾大学SFCに入学しました」

「ワインのソムリエみたいに、年代を言われればその年の名盤の話を延々とできますよ(笑)」と語る赤川氏は、自他共に認める“音楽オタク”だったようだ。

慶應SFC出身 ミラティブ代表取締役CEOの赤川隼一 元DeNA

赤川 「そんな調子で学生時代をバンドやライブに費やしていました。それでも、大学4年生頃になると周囲の友人に合わせてなんとなく就職活動を始めたんです」

“音楽に関わる仕事がしたい”これまでの人生を音楽に捧げた赤川氏は、音楽業界を中心に就職活動を始める。初期にエントリーした企業には、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」を運営する音楽雑誌出版社、「ロッキング・オン・グループ」の名前もあった。

赤川 「書類選考で落ちました。ロックへの熱い想いを書き連ねた書類を出したんですけれどね……暑苦しすぎたのだと思います(笑)焦って次のエントリー先を探して、初めて会社説明会に行ったのがたまたまDeNAでした。事業に興味があったとかスタートアップに興味があったとかではなく、履歴書を持って行かずに説明会に参加できる企業だったからなんとなく……その程度の気持ちでエントリーしました」

ミラティブ代表取締役CEOの赤川隼一 元DeNA 就職活動 起業家

当時はまだ社員数150名程度の企業だったDeNA。現在ほどスタートアップの存在が当たり前ではなかった2006年、「採用媒体のデータに記載されていた300万の年俸が、年俸記載だったことで大企業よりも高く見えて魅力的だった」と語る赤川氏の言葉から、いかにその選択が学生らしいあどけないものだったのか見て取れる。

赤川 「バンドを続けたいと考えていなかったわけではありません。しかし、お金を稼いで生活することを考えると、バンドだけ続けることは現実的ではなくて。そんなときに出会ったDeNAは、熱を帯びていたし、なにより人がおもしろかったんですよね。面接時に現社長の守安さんが現れて、チケットのオークションについて激論を繰り広げたことを未だに覚えています」

今となって振り返れば「バンドを続けていても良かったかもとは思う」と語る赤川氏だが、彼の当時の選択は、飛び込んだ環境で仕事に没頭することだった。現在に繋がる、DeNAでの生活が始まる。

12年勤めたDeNAを退職してまで起業。決断のポイントは“事業の成長度”

ミラティブ代表取締役CEOの赤川隼一 元DeNA 独立

DeNA入社後、1年目はアフィリエイトの広告営業に携わっていたという赤川氏。プレイヤーとしてもマネージャーとしても、失敗と成功の繰り返しばかりの時代だった。

赤川 「入社後、最初に携わったのは携帯電話専用アフィリエイトサービス『ポケットアフィリエイト(2013年サービス終了)』でした。営業を担当していたのですが、なかなか思うように売れなくて。そこで、『東京ゲームショウ』に足を運んで名刺を交換しまくったんです。今だと考えられないですが、当時は携帯ゲームは市場も小さいし解約率が高いせいで広告費も動いていなかった。ただ、僕が入社した年の2月にローンチしていた『モバゲー』をきっかけにすればなにか変わるのではないかと思って。そうしたら、次々と問い合わせをいただくようになりました」

実際に足を動かすことで掴んだ成功体験だった。数字としての成果を出した赤川氏は、同年10月最年少でマネージャーに就任することになる。営業としては成績を残せたものの、マネージャーとしての苦労は多かった。

赤川 「最年少でのマネージャー就任は、僕を天狗にしました。『なんで売れないんですか?』と部署のメンバーに詰め寄るようなひどいマネジメントばかりを繰り返していたので、なかなか結果が付いてこなくて」

数字が伸びずに悩んでいた赤川氏。苦労の時期を乗り越えたのは、チームで思いを共有する“エモさ”だったという。今に至るまで、赤川氏の人生にはエモさが大きく関わっている。

赤川 「これまでのマネジメントスタイルを見直して、『どうしてできないの?』とメンバーを詰めるのではなく『なぜ僕はチームでこの数字を達成したいのか』、僕からメンバーに向けて“エモさ”を以って伝えるようにしました。教えるスタンスではなく、みんなで知識を共有していくことで、チームの団結力が生まれて数字も伸びるようになりました。マネージャーとして一皮剥けた体験でしたね」

ミラティブ代表取締役CEOの赤川隼一 元DeNA マネージャー

2009年には自社サービス「モバゲー」の運営部署に移った赤川氏。サービス全体の企画に携わることで見つけたのは、世の中にインパクトを与えられる快感だった。

赤川 「2010年にヤフー株式会社と提携したサービス『Yahoo! モバゲー』を生み出したんです。これまで競合とされていた両社が協力して世の中に大きなインパクトを与えられるようなサービスを生み出せることがうれしくて。リリース当日の23時59分に、Yahoo! JAPANのトップページでF5キーを連打してYahoo! トップに自分の作ったサービスが出てきた興奮は未だに忘れられません。今でもあのときの快感を追い求めながらサービスを作っている感覚があります」

その後、韓国でスマートフォンが急速に広がっていることを受けて韓国オフィスを立ち上げたあと、社長室長として海外展開の責任者を任されることに。しかし、海外事業では実際のところ大きな成功は成し遂げられなかった。

赤川 「海外と日本国内とでは、モバイルゲームの受け入れられ方が大きく異なりました。経営や組織運営の考え方も全く違う。その違いを自分の目で確かめた貴重な経験ですが、多くの会社を巻き込んだ海外展開を失敗に終わらせてしまったので、申し訳なかったしつらかったですね。海外事業のあとは国内のゲーム事業責任者になりました。『Mirrativ』の構想が生まれたのはその頃でした。もう一回、今度こそ世界で勝てるものを作りたくて」

赤川氏自身がインターネットを介したコミュニティを利用していたことや、スマートフォンに特化したゲーム録画サービスの市場は今後伸びてくると考えて産声をあげたサービスが「Mirrativ」だ。

ミラティブ代表取締役CEOの赤川隼一 元DeNA

赤川 「原体験として、音楽オタクだった高校生のときに、インターネットのコミュニティに人生を救われたんです。インターネットチャットを介して、音楽について教えてもらったり、全く面識のない大人と仲良くなった経験で人生が劇的に変わったなと。なので、趣味を介したコミュニティの構想はずっと頭の中にありました」

最年少執行役員の座を降りてプレイヤーに戻る決断をしてまで、成長を願ったサービスだったという。

赤川 「リリースの瞬間から爆発的に流行ると思っていたので、機能も多く盛り込んでいたんです。でも、蓋を開けてみたら予想していたような流行りはすぐには訪れなくて。今なら3ヶ月は早くリリースできたのではないかと思うのですが、いわゆる“リーンスタートアップ”的な発想が自分になかったせいで出だしは最悪でした。ただ、そこから、堅実に改善を重ねたり、1日中カスタマーサポートに張り付いたりと地道な取り組みを続けてユーザー数を伸ばしましたね。今後さらにサービスを伸ばすにはどうしたら良いかと考えて社内で話し合った結果、独立に舵を切ったんです」

個人の独立意思や、企業としてのビジョンの相違などではなく、サービスの行く末を考えた上での決断だったという。

「わかりあいたい願いがつながる」世界を目指して

ミラティブ代表取締役CEOの赤川隼一 元DeNA

「Mirrativ」は、独立を念頭に置いて生まれたサービスではない。これから先のサービスの未来を考えた上での独立とは言えど、ためらいや葛藤などは無かったのだろうか。赤川氏に尋ねてみた。

赤川 「葛藤はありましたよ。DeNAを退職したいと思っていたわけではありませんし、DeNAの存在は経営メンバーとして人生と一体化していたので、独立が決まったときも寂しさはありました。でも、『Mirrativ』を立ち上げてから今までの約2年間、休日も無くただひたすらにサービスと向き合ってきました。もう僕にとっては息子のような存在なんです。だから、いちばん成長するためにベストな方法を考えるのは当たり前のこと。起業がチャレンジだったと思うよりも先に、サービスの成長を考えての決断でしたね。DeNAの経営陣がそれに真摯に向き合ってくれて、本当に感謝しています」

「わかりあう願いをつなごう」をミッションに掲げるミラティブ。これから先、赤川氏や企業全体が目指す未来は、いったいどのような世界なのだろうか。

赤川 「人と人って、心のどこかではわかりあいたいと思っているはずなんです。だから会話もするし、恋もするし、友人も作る。けれど、いまだに戦争や自殺がなくならないように、わかりあうことってそう簡単ではありませんよね。『Mirrativ』が目指すのは、“わかりあいたい”気持ち同士をつなぐ世界なんです。ゲームを通して、さまざまな人と“わかりあう”世界の連鎖を起こしたいです。そして、その先にはリアルの場でのしがらみが持ち込まれない、サードプレイスとしての価値や未来も見えてくるのではないかと思っています」

わかりあう、繋がり合う未来を創造すること。ミラティブが生み出す世界は、すでに多くの人々を巻き込み大きな渦へと転換し始めている。

ミラティブ代表取締役CEOの赤川隼一 元DeNA メッセージ

最後に、編集部はスタートアップの起業や転職を迷っている方に向けて赤川氏にメッセージを伺った。

赤川 「自分のテンションを高く保てることに注力すると良いと思います。今の時代は、AIの登場によって人間でなくてもできる仕事が増えつつあります。そんなときに人間にしかできない、「人間らしさ」を生める大きなものはロジカルではない『偏愛』ですから。自分が異常なくらい好きだと言えるものに全力で取り組むと、それが価値になる。モヤモヤしているうちは誰かを全力でサポートして経験を積んで、本気で突っ走れるものが見つかったら迷わず突き進んでほしいです」

「まあ、本当はバンドを本気で続けた未来も見たかったですけどね」と取材後、高らかに笑う赤川氏。もしかしたら、そのときの後悔が今ミラティブを本気で続けられる原動力となっているのかもしれない、と源泉を垣間見たようだった。

執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:矢野拓実

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