コラム

「客観的なのは周囲だけで十分」Liquid・久田康弘の経営論

2018-08-09
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
株式会社Liquid 代表取締役CEO 久田康弘 起業 インタビュー

“キャッシュレス”が叫ばれはじめている現在の日本。すでに広まっている電子マネーやクレジットカードなどはそのなかでも代表例として取り上げられるツールのひとつだ。

しかし、たとえば海や山でのレジャー、またはランニングなどの運動をする際には、財布やスマートフォンですら持ち歩くことが億劫だと感じることも多いだろう。そもそも、日常生活においても財布を持ち歩かずとも決済ができる世の中を求める声は、決して少なくない。テクノロジーを駆使してこういった不満が解決できたら便利な世界だと感じる人も多いのではないだろうか。

これらの不満に対して、生体認証の技術を以って解決を可能にした企業がある。指紋認証による決済サービス「LIQUID Pay」を提供する、株式会社Liquid(リキッド)だ。今回は、代表取締役を務める久田氏に起業に至るまでの想いや意思決定の源泉を伺った。

特別なことはなにもない。「役立つ一般教養を」と思って選んだ法学部

久田康弘(くだ・やすひろ)ー株式会社Liquid 代表取締役CEO慶應義塾大学法学部卒業後、新卒で大和証券SMBC株式会社(以下、大和証券SMBC)に入社。IPOコンサルを担当した後、2013年12月に株式会社Liquid(以下、Liquid)を創業。

現在、生体認証端末の開発で知名度を高めているLiquid。しかし、久田氏の経歴を辿ってみても、生体認証と起業の繋がりは見いだせない。「高校生ぐらいからなんとなく起業の選択肢があることくらいは知っていた」と語る久田氏に、これまでの経歴を語ってもらった。

久田 「もともと、中学生の頃から数学が好きでした。大学の付属高校に進学していたこともあってか、なにか強くを勉強したいという気持ちにはあまりならなくて。でも、どうせ大学に進学するなら社会で役に立つ一般教養として身につけたほうがいいことを、と考えて法学部に進学しました」

先々を考えた際に、身につけるべきは「一般教養」と考えた上での学部選択だった。ロジックを元につくられていく法律を勉強することで、社会で通ずるロジカルな思考を身につけようと考えたという。

法学部で学んだのは、主に犯罪学と立法論。想像以上にのめり込んだのは犯罪心理学の世界だった。

久田 「海外に行けば、お金を盗むことって決して珍しいことではないじゃないですか。そういう国では、働くことと同じレベルの選択肢として『窃盗』が存在することもあるので、犯罪に対する捉え方も非常に軽い。そんな、日本と世界との犯罪率や犯罪者心理に興味が湧いたんです」

レガシーメディアのなかで変わっていく様子がおもしろくて仕方がなかった

「そもそも、」と一呼吸置いて編集部が問いを投げかける。久田氏のこれまでの人生のなかで、はじめて起業を意識したのはいったいいつのことだったのかと。

久田 「高校1年生くらいのときだったと思います。ソフトバンクやライブドアのニュースがきっかけでした。さん、堀江さんを筆頭に、若手のイノベーターたちが時代を塗り替えている状況に感化されたんです」

当時、まだ社会を知らない学生の目に飛び込んだ、ソフトバンクやライブドアのテレビ局・球団買収騒動。連日マスメディアで取り上げられる一連の流れのすべてが、久田氏にとっては大きな刺激だった。

久田 「高校生だったとき、僕は創業者が引退している大企業に勤めている父親世代の会社員のみが意思決定をして企業が成り立っていると思っていました。しかし、そんなことばかりではないのだとわかったんですよね。強い想いを持った創業者が、新しい世界や経済をつくっていく。本来の経済の回り方や起業の選択肢を知ったのもそのときです」

あくまでも選択肢のひとつとして起業の道と出会った。その後の学生生活でも、起業家をきっかけに知った経済の仕組みや金融の知識は、久田氏の人生においてところどころ接点を持ち続けている。

月80万円もらえるアルバイトだったから選んだ。最初のキャリアは証券会社

久田氏の社会人としての最初のキャリアは証券会社。きっかけはインターンの参加だった。

久田 「大学3年生のとき、とある金融機関にインターンシップで就業させてもらったんです。理由は、給料として80万円が支給されるからでした。学生に80万円もの大金を渡せる企業って一体どんなところなのかと気になって参加したのですが、お金のために大人がとにかくありったけの知能を活かして金融について考えている姿がすごく印象的で。その後、金融業界に絞って就職活動を開始しました」

大和証券SMBCでは、IPOコンサルタントとしてのキャリアを積んだ。VCのような立場で企業力調査や上場後の企業成長を追いかける日々だったという。スタートアップをはじめとして、製造業・大企業の子会社・IT企業・人材企業など多岐に渡る企業を自身の目で確かめていた。

久田 「大和証券SMBCは、大和証券とSMBCとのジョイントベンチャーでした。入社後はハイレイヤーの経営層と新卒しか所属していない組織だったので、仕事を覚えるのはすべてOJT。入社から4ヶ月後には、『行ってこい』とすぐさま現場に行かなくてはならなくて。たくさんの資料や書籍を読み漁りながら、とにかく仕事を覚える日々を過ごしました」

金融業界での経験は、今現在の経験にも非常に活きているという。企業の成長を常にサポートする存在だった久田氏のなかには、着々と起業に向けての知恵が溜まっていた。

久田 「入社時から、起業まではいかなくとも退職を前提にはしていたんです。まずはとにかく修行だと決めて。でも、多くの企業を見ているうちにだんだんと世の中に対して意味のある事業に挑戦したいと思うようになって。3年間勤めているうちに、自分のなかに知恵と経験が蓄積されてきていたので、起業することにしました」

客観的な目線を持つのは周囲だけで十分。自分は突き進むことから

「起業する」といっても、ITスタートアップを立ち上げる気はなかったという久田氏。インターネットの世界は、いつまでもGoogleが主導権を握ると考えてのことだった。

久田 「会社員だったときに、スマートフォンがまだ広まる以前の開発段階の機種を見せてもらったことがありました。そのときに、これまでGoogleが得意としていた検索の世界……つまり、“文字を打つ概念”そのものが無くなるような気がしたんです。そんな世界で次にくるものと考えついたのが、デバイス内蔵のカメラを用いたITスタートアップでした」

2013年、起業はしたもののマーケットを絞りきっていたわけではなかったLiquid。ゲーム・マッチングアプリなど、デバイス内蔵のカメラを用いたサービスをさまざま開発していたが大きな収益にはつながらなかった。収益は前職で培ったコンサルティングや受託開発で賄っていたという。

久田 「なかなかユーザーインサイトが見つからなかったときに、たまたま僕らのオフィスの上の階にいた企業のメンバーが画像研究をしていたんですよね。当時、画像解析はまだアルゴリズムを用いて地道に進めていくしかない領域だったんですけれど、機械学習と組み合わせたらすぐに解析できるようになるのではないかと思って。世の中にはないサービスを生み出す道筋が見えたので、そのメンバーらをLiquidに迎え入れて画像解析・空間把握・生体認証といった分野で事業をはじめていきました」

コンサルタント時代に身につけていた、事業が成功する気配を肌で感じた久田氏。ユーザーニーズもあるし、事業としての先々も見えやすい。Liquidの事業の方向性が確立した瞬間だった。

久田 「事業が成功するかどうかの一番の指標は、社長の思い込みが強くてまっすぐ突き進めることなんです。強い想いのないサービスは必ずスピードが遅くなってしまうので、じきに衰退しますから。事業の成功には客観的な目線が必要という話もありますが、それは周囲が持っていればいいと思うんです」

今ある場所でやりたいことをするのか、軸足を変えるべきなのか。判断するのは自分自身だ

生体認証技術がプロダクトとして広まりはじめた今、久田氏は、さらなる世の中の当たり前を追求しているという。

久田Liquidとして目指す未来は、日々の行動データによって提供が可能となる便利を“当たり前”にすることです。文字情報の覇者がGoogleなら、画像情報の覇者がLiquidであると言ってもらえるように頑張るつもりです」

最後に、現在スタートアップの起業や転職に悩んでいる人に向けたアドバイスを伺った。

久田 「転職でも起業でも、どちらにしても自分がやりたいことが今の環境にあるのならわざわざ環境を変えることはないと思います。でも、そこにズレが生じているのなら、小さな奇跡を信じるよりは軸足を変えてチャレンジをするべきだと思います。成し遂げたいことやつくりたいサービスがある、なんて場合には、迷わずにとにかく突き進んだほうが良いですよ」

「大企業に就職したって、幸せそうな人はいますからね。スタートアップが必ずしも幸せな選択とは限りません」と、久田氏。スタートアップなら“なにかを変えられる”という印象は必ずしも正ではない。やりたいことをできる環境がどこにあるのか。手段と目的とを見定めながらキャリアを選択してみるのが良いのかもしれない。

執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:横尾涼

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