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上場ゴールの罠、上場後の成長の難しさ

上場ゴールの罠、上場後の成長の難しさ国内のスタートアップ市場が盛り上がりをみせ、起業を志す人は増えている。スタートアップへの投資額は年々増加し、至るところでアクセラレータプログラムが開催され、今は起業するのに恵まれた環境が整っている。

しかし、安易に起業を選択する風潮に警鐘を鳴らす人間もいる。慶應義塾大学総合政策学部准教授の琴坂将広氏(以下、琴坂氏)だ。19歳から会社を経営、その後入社したコンサルティングファームでは時価総額数兆円規模の海外企業の経営の意思決定をサポート、そして研究者の道を選び経営学にも明るい。国内海外を問わず、あらゆる規模の企業の経営に携わってきた琴坂氏は、広い視野で今のスタートアップ市場を眺めている。

そんな琴坂氏はスタートアップ市場がこれまで描いてきたシナリオに疑問を呈している。この記事では琴坂氏への取材を通して見えてきたスタートアップ市場の課題と、これから活躍する人材になるために必要な姿勢をまとめていく。

慶應義塾大学総合政策学部准教授の琴坂将広氏
琴坂将広(ことさか・まさひろ)
慶應義塾大学総合政策学部准教授 兼 政策・メディア研究科委員
慶應義塾大学環境情報学部卒。博士(経営学・オックスフォード大学)。小売り・ITの領域における3社の起業を経験後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京およびフランクフルト支社に勤務。同社退職後、オックスフォード大学サイードビジネススクール、立命館大学経営学部を経て、2016年より現職。上場企業を含む数社の社外役員を兼務。

スモールキャップに最適化されたことで、上場後のグロースに課題を抱えている

国内のスタートアップ市場の特性として挙げられたのは、そのエコシステムがスモールキャップ(時価総額の低い上場)に最適化されていることだ。スモールキャップに最適化されることで、上場後の調達環境やグロースの仕組みが弱くなり、逆に一定までのスケールに最適化された方法論が蓄積されることで、いわゆる「上場ゴール」が頻発する。

スモールキャップに最適化されたことで、上場後のグロースに課題を抱えているスモールキャップに最適化したメカニズムは、人材的な側面と資金的な側面の二つの側面がある。

まずは、人材の側面から見ると、上場までを経験した経営陣の市場が形成されつつあるのに対して、逆に上場後のグロース、一定規模以上の組織の経営の経験と実績を上げた経営陣が不足し、また流動化していない。これにより、スモールキャップで成功した人材が別の未上場スタートアップに転職することで、未上場スタートアップは最短距離で上場するまでのノウハウを得られる一方で、その後の成長のノウハウを獲得するのに苦慮し、一段上の成長に至らないケースが散見される。

琴坂「上場後のグロース経験があるのがどういう人材かというと、時価総額500億円や1000億円といったいわゆるメガベンチャーの支柱となっている人材です。しかし、そのような人材は大きな活躍の場所を与えられており、不確定要素の高い転職を選ぶメリットが少ない。また、成熟企業の社内競争を勝ち上がって経営を担っている人材も、社内の昇進トーナメントを勝ち残って一定の立場を確立しており、面白い仕事ができていてやりがいも感じています。そのためスタートアップに転職するメリットを感じていないようです。

外資のプロフェッショナルファームにも上場後のグロースを描ける人材はいますが、報酬水準が高くてスタートアップでは金銭的なインセンティブを十分に提供することができません。日本では依然として高いインセンティブを払って採用する文化が根付いていません。すなわち、上場に至るまでの人材層の流動性が担保されつつある一方で、上場後のグロースを担う人材の市場が未成熟であることが、上場ゴールといわれる現象に一枚かんでいると考えています」

資金の側面では、資本市場や投資家の特性も関係している。シリコンバレーや中国になぜあれほどのユニコーンが存在しているかと言えば、もちろん成長性が極めて高い企業が存在するという前提がある。そのうえで、NPVに頼らない戦略的な買収を機動的に行えるスタートアップの買い手が存在し、一定以上の時価総額での上場も狙えるマーケットの相場観が醸成されており、それぞれの個性に基づいて高い評価額をコミット出来る投資家の存在が大きい。

例えば中国であれば、自社買収も視野に入れてバイドゥ、アリババ、テンセントなどの大手IT企業がそれぞれ数十社の単位でユニコーン級の時価総額に基づいた投資実行に踏み込んでいる。その金額が前提となりフォローオン投資のウィンドウが開くため、いわば「リスクのある時価総額」が増殖していく。これは、近年はUberやWeWorkの評価額の推移を見れば一定理解いただけるだろう。

琴坂「確かに、日本でも時価総額高騰の予兆は生じています。リスクを張るファンドのファンドサイズが大きくなるにつれて、レイタ―投資はIRRを引き上げていくのが難しいにもかかわらず、果敢に投資実績を積み上げようとする事例が増えています。そこにCVCなど比較的ファンドサイズが大きいフォローオン前提の投資家が参入し、必要な資金を投じる構造があります。

とはいえ、日本は米国や中国ほどの市場は形成されて来ませんでした。今は逆に成長率と同じかそれ以上にユニットエコノミクスが見られるトレンドが生じつつある中、むしろ成長よりも上場を急ぐ企業が増えている印象があります。同時に、エンジェル投資やシード投資の充実は着実に進んでいます。上場や売却によるキャピタルゲインを得た経営者が個人としても会社としても積極的に成長初期の企業や起業家に投資する環境が整いつつある。20代や10代の起業家を発掘しようとする試みも盛んで、事業アイディアのみの大学生に1-2億円の事業評価を織り込んだ数百万円の投資を実行することは珍しくありません。マクロ的な流れとしてもスモールキャップ上場への動きがあり、ミクロ的な流れとしても小さな操業が多数生産される環境形成が進んでいるといます」

人材的にも資金的にもスモールキャップに最適化され、むしろその傾向が強まりつつある日本だが、それによるメリットもあるため一概に否定はできないと琴坂氏は語る。上場への基準が高すぎないことで多種多様なサービスに創業と成長の機会を与えていると言うのだ。日本のスタートアップ市場は上場後の成長と引き換えに、多様な生態系を生み出すことに成功していると言えるのかもしれない。

VCからの資金調達、正社員採用では次の時代で勝ち残れない

VCからの資金調達、正社員採用では次の時代で勝ち残れないスモールキャップに最適化した日本のスタートアップ市場が迎える未来として、琴坂氏は意外な未来を答えた。現在の時価総額でスタートアップの価値を測るシステムが、主流ではなくなる可能性を示唆したのだ。これは、市場やVCから資金を調達し、赤字を掘って成長するような、一般化しつつある成長の方程式が主流ではなくなる可能性を意味する。

次の時代では、プライベート市場からのエクイティ調達に頼らない新しい資金調達方法を確立した企業が生き残るのかもしれないと琴坂氏は語った。

琴坂「プライベート市場でエクイティ調達を重ねて上場を目指すという成長の方程式自体、ここ40、50年でできた新しいシステムです。そのシステムがこれからもずっと続くとは限りません。個人的には既存の銀行や生命保険会社など、伝統的なプレーヤー、そして新しい金融テクノロジーを提案する新興企業が、これまでとは異なる資金獲得手法を確立させ、実装してくれることを期待しています。

例えば、日本では機関投資家や富裕層の資金が、VCを介してスタートアップに流入する流れができつつありますが、ヨーロッパでは既にVCを介さず直接流入する流れが起き始めています。より大規模な調達でしか用いられてこなかった手法もより小さな金額感で活用することが可能になりつつあります。クラウドファンディングや暗号通貨の可能性も低くはないと信じています。改革と変革の危機感からか、地方銀行や大手企業も挑戦的な取り組みに前向きになりつつあります。次の時代は、過去の延長線上にないのかもしれません」

未来のスタートアップのあり方について、琴坂氏は組織に関しても言及した。人材の流動性を妨げていた終身雇用制は瓦解しつつあり、正社員以外の新しい働き方が一般化している。そのような時代で重要になってくるのは正社員による組織の大きさよりも、関係している価値連鎖の規模だ。

フルタイムの正社員を採用しなくても、外部の組織を活用することで小さな会社でも大きなビジネスを展開することもできると琴坂氏は語る。

琴坂「私が19歳で会社を経営していた時はサーバーを自分達で組み立てて、それをホスティング会社に預かってもらう必要がありました。専用線も自分達で契約して、クレジットカードの決済も自分達で実装する必要がありました。

今ならAWSを活用することで、Amazonと同じスケーラビリティを手に入れることが可能です。決済もすぐに活用できます。様々な事業機能を外部からオンデマンドで利用できるインフラが整いつつあるため、過去の常識では信じられない手法で事業を成長させることができます。

資金調達にしてもHRにしても、これまでの枠にとらわれず新しい方程式を作り出せる起業家が、次のゲームで勝ち残っていくと思いますね」

次の時代を生き残る「日本を前提としないキャリア形成」

次の時代を生き残る「日本を前提としないキャリア形成」次の時代での生き残り方は、スタートアップだけでなく個人も考えなければいけない。日本人であっても日本を前提にするべきではないと琴坂氏は語る。自分がやりたいことを最も実現しやすい国、自分を最も評価してくれる国をゼロベースで探すべきだと言うのだ。優秀な人材であればあるほど、どこでも住める世界になってきているようだ。

琴坂「日本を前提にするべきでないのは企業も同じです。最近では国内の上場したスタートアップが海外で機関投資家を回って資金調達を行っています。海外の機関投資家も日本のスタートアップの魅力に気づき、積極的に投資を行っているのです。HRに関しても海外に絞って採用活動をしたり、海外でサービス開発を行ったりするケースが増えています。これからは世界をうまく活用した企業が成功するのは確かでしょうね」

そのようなシナリオが現実となった場合、心配されるのは優秀な人材や企業が海外に流出してしまうことによる国力の低下だ。その答えとして、日本はもっと価値に見合った対価を得るべきだと琴坂氏は語る。

日本では災害で鉄道が運行休止になっても、すぐに復旧するほどインフラやサービスセクターにコストをかけている。しかし、それほどの投資、多大な安全マージンを支払っているにも関わらず、それが対価、すなわち価格に反映されにくい状況がある。いわゆる「日本の生産性が低い」という指摘は、計算式の価格側に課題があると琴坂氏は話した。

琴坂「日本ほど生産性の低い国はありません。これだけ整備されたインフラサービスを低価格で受けられるのですから。生産性が高いというのは、小さな労力で大きな対価を得ること。極論で例えるなら、安い素材で手抜きして適当に作ったハンバーガーでも、1000円で売れるような市場であれば、『生産性が高い』という状況になりえます。牛丼屋さんや天ぷら屋さんで美味しい丼ものがわずか400円で食べられるのは、消費者にとっては好ましい『低生産性』ですが、国家の視点から考えると、日本はこの高いサービス水準に対して、それに見合う対価を支払える市場になるべきですね」

手段と目的を履き違えたスタートアップ起業が人生の自由を奪う

手段と目的を履き違えたスタートアップ起業が人生の自由を奪う 琴坂氏は起業を大学で教え、それが好きだというが、無闇に起業を後押しすることはないという。起業の相談に来る人には「それはスタートアップでやるべきことですか?」と頻繁に問いかけるという。理由は起業が手段ではなく、単なる目的になっているケースが多いからだ。

琴坂「スタートアップすることを目的にしてしまうと、上場しやすいビジネスや資金調達しやすい方法に流される傾向も強いでしょう。もちろんTAMの大きな市場を狙ったほうが成長しやすい可能性は高いかもしれませんが、結局のところ自分がやりたいことができず、本当の自由は得られない。それは起業家がよくイメージされるような『自分がリードして意思決定する人生』とは程遠い。事業と利害関係者に縛られた生き方になります」

本質的に自分が何を成し遂げたいのかを考え、その手段としてどの組織と共に生きていくことがベストなのか、ゼロベースで考える必要があると琴坂氏は語る。場合によってはスタートアップよりも大企業の新規事業で行ったほうがベターなアイディアもある。そうであれば起業するよりアイディアを片手に中途採用されたほうがよっぽど成功確率が高い。

琴坂「上場しても成長し続けるスタートアップの共通点を見ると、経営者の社会を変える気持ちに曇りがなく、チャレンジし続けていることです。そのような思いで活動していると、マインドセットも変わって尊敬される経営者に成長していきます。そのような経営者と仕事ができることは本当に嬉しいですね。

上場やお金を目的にした仕事は面白くありません。私自身、学生時代に起業しそれなりの収入も得ましたが、つまらないと感じ修行に出たのです。一度しかない人生を何に対して燃やしているかどうかが、起業家にとってはいちばん重要なことだと思います」

ユニコーンやグローバルスタートアップなど、日本は国を挙げて成功モデルを作り出そうとしている。その影響なのか「起業家には、猫も杓子も大きく資金調達することばかり考えている人たちも多くいる」と琴坂氏は話した。中にはグロースするストーリーも、事業アイディアすら不鮮明なままに、使途不明の資本を調達してしまい、それに縛られてしまうケースもあると言う。

国内のスタートアップ市場が熱を帯びてきた今だからこそ、浮かれずに足元を見直す必要があるのかもしれない。それが今のスタートアップ市場の盛り上がりをブームで終わらせないために必要なことだろう。

執筆:鈴木光平
編集:Brightlogg,inc.
撮影:戸谷信博

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