コラム

経済産業省がスタートアップを支援する理由。「J-Startup」キーマンに聞く

2018-12-25
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
4度目のブームを「カルチャー」へ。経済産業省が国を挙げてスタートアップを支援する理由とは

ーーまさか、国がスタートアップを支援する日が来るなんて。今年6月に立ち上がった、経済産業省による取り組み「J-Startup」の存在を知った人々は、少なからずそう感じるだろう。第4次ベンチャーブームと呼ばれる、昨今のスタートアップの盛り上がり。あらゆる領域でスタートアップが続々と登場し、急成長を遂げている。その波を確実にものにするため、日本ではついに政府も動き始めた。約1万社あるスタートアップのなかから92社を厳選し、世界で戦える企業になるまでをサポートしている。現在訪れている4度目の「ブーム」を「カルチャー」にすると掲げた経済産業省。今、国を挙げてスタートアップを支援する理由とはいったいなんだろうか。そして、経済産業省が目指す、日本の未来とは。「J-Startup」を推進する黒籔誠氏に詳しく話を伺った。

92社への官民集中支援

■黒籔誠(くろやぶ・まこと) ー経済産業省 経済産業政策局 新規事業創造推進室 総括室長補佐

2018年6月に動き始めた「J-Startup」。選び抜いたスタートアップ92社を中心に、世界で活躍できる企業へと成長させることを目的とした支援を徹底的に行う。「J-Startup」立ち上げの背景について、黒籔氏は以下のように語る。

黒籔 「スタートアップはイノベーションの担い手ですが、現在、第4次ブームとされている日本のスタートアップのブームを確かな大きなものとすることで、世界に台頭するスタートアップを押し出していきます。また、今年の6月に閣議決定された成長戦略『未来投資戦略』では、2023年までに『企業価値又は時価総額が10億ドル以上となる未上場ベンチャー企業(ユニコーン)又は上場ベンチャー企業』を20社創出することを掲げています」

スタートアップが増えた今の日本だからこそ、徹底的な支援を行うことで、世界と戦える土壌を作ろうと考えている。

黒籔 「『J-Startup』では厳選したスタートアップ92社を、官民で徹底的に支援します。具体的には、海外展開、規制緩和やサンドボックス制度の利用、各種補助金等の支援施策における優遇などの支援を実現していきます。大企業やアクセラレーターなども『J-Startup Supporters』としてサポートしてくれています」

これまでも日本政府はスタートアップ支援を行なっていたものの、外さない要素として「公平性」を掲げていた。92社を選定したことは、過去の取り組みから考えると、随分と思い切った行動とも見て取れる。

黒籔 「今までと比較すると、とても挑戦的な取り組みであることは間違いありません。ただ、世界で勝てるスタートアップの創出は、そう容易ではないのです。社会的意義のある事業を展開する企業を中心に、未来を見据えて66名の推薦委員に厳選していただきました」

支援企業の該当ジャンルは3つ。これらで世界と戦う

「J-Startup」に選定された92社は、推薦対象として定めた3つのジャンルにいずれか該当する。そのジャンルは、ディープテック型、プラットフォーム型、SDGs型だ。

「J-Startup」に選定された92社は、推薦対象として定めた3つのジャンルにいずれか該当する。そのジャンルは、ディープテック型、プラットフォーム型、SDGs型だ。変換すると、IoTなどを含めた最先端のリアルなものづくり分野に特化した事業、GoogleFacebookなどに代表されるプラットフォーム事業、国連サミットで採択された17の国際目標に準じた社会課題を解決する事業、となる。

黒籔 「これから世界で戦える、戦うべき事業を考えたとき、3つのジャンルに絞られていきました。日本の強みが活きる最先端のものづくり領域、GAFAに代表されるプラットフォーム領域、社会課題の解決につながる領域など、いずれも選定するうえでの基準として有意義だと感じています」

ところで、「J-Startup」という思い切った取り組みを始めた日本だが、国を挙げて支援を行う国はほかにも存在するのだろうか。黒籔氏は、こう言葉を続ける。

黒籔 「日本以外にも、現在はフランスの『フレンチテック』を始めとして、各国々や地域ではスタートアップ支援の動きが活発化しています。国としてスタートアップを重視している、応援しているというメッセージを出すことで、海外に向けても日本のイノベーションに向けた決意を発信できるのです」

選出された92社は、アーリーからレイターまで、ステージや企業のフェーズが異なる企業だ。「J-Startup」としても、各社の求める支援をすり合わせるため、奮闘している。そのなかでも、とくに企業からのニーズが強い支援のひとつが、海外展開だという。

黒籔 「企業によって、私たちが提供できる支援内容はまったく異なります。ただ、どのステージの企業においても、海外展開支援は要望が多いです。スタートアップにとって、海外を視野に入れた活動と人脈の形成は非常に大切です。その一端を、『J-Startup』として担っていると考えています」

スタートアップは、個人の生き方の選択肢を拡げる

日本におけるユニコーン企業というと、メルカリの印象が強い。反対に、メルカリ以外の名前がなかなか挙がらないとも言える。それでは、そんな日本にユニコーン企業が続々と登場したとしたら。日本は、どんな世の中になるのだろうか。

日本におけるユニコーン企業というと、メルカリの印象が強い。反対に、メルカリ以外の名前がなかなか挙がらないとも言える。それでは、そんな日本にユニコーン企業が続々と登場したとしたら。日本は、どんな世の中になるのだろうか。

黒籔 「新たな人生の選択肢として起業やスタートアップへの転職を当たり前に選択する人が増えると思います。ユニコーン企業が増えたら、今よりもさらにスタートアップに光が当たるはずです。そうなれば、組織に縛られない働き方や起業の選択肢を知る人が増えるでしょう。日本人の生き方を、画一的なものではなく、自由なものとしていくのではないでしょうか」

誰もが起業する世の中はきっと訪れない。けれど、スタートアップへの転職や起業自体が珍しい選択肢ではなくなったとしたら。それだけでも、日本にとっては大きな前進だ。ユニコーン企業の存在は、スタートアップフレンドリーではない今の世の中を変える、大きなシンボルとなる。

黒籔 「大企業はスタートアップのダイナミクスを活かした取り組みを、スタートアップは大企業のリソースを活かした取り組みを。お互いが混ざり合うことで、相乗効果による一層大きなムーブメントが起こります」

ただし、課題も多い。そもそも歴史も規模も事業も企業文化もまったく異なる双方。互いに目線が合わず、Win-Winの関係が構築しにくい。大企業は経営課題の解決に向けてスタートアップの知見を、スタートアップは大企業のリソースを借りるだけではない形を模索する必要があるだろう。

黒籔 「大企業とスタートアップとが共存するエコシステムを創出することも目指しています。そのために、それぞれの橋渡しとなる存在や本質的な課題を察知する存在も必要でしょう。その役割を誰が担うのか、萌芽期なのでそれはまだ不確定ですが、今後必ず求められていく役割だと考えています」

スタートアップのイグジットをIPOだけに定めない

大企業との連携においては、日本の企業のM&Aが極端に少ないことも課題だ。日本では、スタートアップのイグジットの多くがIPOとされている。 ところが、海を越えた先のシリコンバレーなどを見てみると、イグジットのほとんどはM&Aによるものだ。

大企業との連携においては、日本の企業のM&Aが極端に少ないことも課題だ。日本では、スタートアップのイグジットの多くがIPOとされている。ところが、海を越えた先のシリコンバレーなどを見てみると、イグジットのほとんどはM&Aによるものだ。

黒籔 「スタートアップが数十億程度でIPOしたとしても、もしその後の急成長につながらなければ、結果として、それは上場が目的だった面があるということになります。他方、大企業や研究機関に眠っている膨大な技術やリソースを活かさない手はありません。そこで、彼らの持つアセットを活かした取り組みも選択肢になっていくことで、その先の成長性がガラリと変わるはずです」

時には規制が事業の障壁になることもある。そういった規制を見直すこともまたポイントだ。

黒籔 「今までは規制があるからこそできなかった事業も、逆に革新的な製品・アイディアに対応した規制がなかったからこそできなかった事業も、規制が適切であれば前に進める。つまり、規制によって踏み込めなかった市場が一気に拓ける、つまりブルーオーシャンになるんです。規制を『適切に』変えることで、社会課題の解決と市場の開拓が一度に行える。ただの規制緩和では一面的で意味がありません。ここは、新規事業創造推進室は規制改革も担当しており、我々ならではの強みです」

規制改革、大企業との連携、M&A支援、海外展開。スタートアップが事業を拡大させるために国としてできることは、まだまだ溢れすぎている。とくに、規制に対してアプローチできるのは、ほかでもなく経済産業省だからこその強みだろう。

スタートアップは果敢に飛び込める

「J-Startup」として取り組みを開始してから約半年が経過した。目に見えた結果は今後に期待されるが、すでにイベント開催における会場提供などのサポートを順次開始している。

「J-Startup」として取り組みを開始してから約半年が経過した。目に見えた結果は今後に期待されるが、すでにイベント開催における会場提供などのサポートを順次開始している。

黒籔 「『J-Startup』として、大企業との交流の場となるイベントを開催しています。8月23日に経済同友会とJ-Startupの経営者が集うイベントを、11月27日に経団連とJ-Startupの経営者が集うイベントを開催しました。両方とも懇親会付きです。世耕経済産業大臣も参加しており、スタートアップの経営者にとって有意義な時間になっていると考えています」

スタートアップが起こすイノベーションは、大企業ではできない領域・スピード感だからこそ成り立つ。勝ち筋を見出したなら果敢に飛び込む、それがスタートアップの強さだ。そんな事業が成長を遂げるタイミングでサポートができるよう、「J-Startup」が導線を引いている。

黒籔 「適切なタイミングで規制改革を行うこと、そして、スタートアップの取り組みをうまく噛み砕いて大企業や規制官庁に伝えること。スタートアップのリソースでは足りない要素を補填するために、私たちの存在があるのだと考えます」

今後、さらに積極的に支援を行なっていく「J-Startup」。すでに世界での注目度も高い。取り組みを牽引するひとりとして、黒籔氏は以下のメッセージを届ける。

黒籔 「これから先、個人的には、自分の生き方の目標、テーマを持って歩める人が増える社会であるべきだと考えています。スタートアップに飛び込むことがすべてではありませんが、スタートアップだからこそできることも多いはず。 そして、その挑戦を快くサポートできる存在がいることで、日本はもっと活発な社会になっていくと思います。だからこそ、『J-Startup』が、挑戦する人々を全力で応援する社会になっていくキッカケになればと思います」

ーーまさか、国がスタートアップを支援する日が来るなんて。スタートアップと大企業の垣根をつなぐ存在に。「どちらで働く?」なんて選択肢ではなく、お互いを行き交うような世界すら目指せるように。スタートアップが浸透し始めた今の日本に必要なのは、すべての企業がメリットを享受しながら、より良い世界をつくるために邁進する力だ。自社だけで走るのではなく、世界に日本を届けるために、あらゆる企業とタッグを組む。だから、「J-Startup」は、その旗を振る。2023年、約4年後の日本は、どのようになっているだろうか。今から、期待が膨らむ。

執筆:鈴木しの取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博

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