コラム

借金してでも自分の時間を作る。ICC・小林雅流「自分軸の見つけ方」

2019-02-12
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
転職や起業を考えるとき、そこには少なからず「自分は何がしたいのか」「どういうキャリアをつくっていきたいのか」といった軸が必要となってくる。 そんな自分の軸をしっかり持とうと言われるからこそ、軸がなかなか見つからなかったり、逆にひとつに決められなかったりすると、不安を覚えることも多いだろう。

転職や起業を考えるとき、そこには少なからず「自分は何がしたいのか」「どういうキャリアをつくっていきたいのか」といった軸が必要となってくる。そんな自分の軸をしっかり持とうと言われるからこそ、軸がなかなか見つからなかったり、逆にひとつに決められなかったりすると、不安を覚えることも多いだろう。そうした人に対し、決して焦らず、それでいて軸を探す自分の時間は大切にすべきと話す起業家がいる。ビジネス・カンファレンスの企画・運営を行うICCパートナーズ株式会社を創業した、代表取締役の小林雅氏だ。小林氏はベンチャーキャピタリストとして、約20年スタートアップ領域で働いてきた。自ら選び、長年を捧げたキャピタリストの仕事にも関わらず、違和感をきっかけに、一転、新たな軸を見つけて再スタートした。それからは年2回、1,000人規模のビジネス・カンファレンス・ICCサミットの企画・運営を行なっており、創業後わずか数年で売上は1億円以上に達した。長い間培ってきたキャリアとは違う領域で起業したからこそ、小林氏が実感している「自分の軸を見つけること」の大切さを聞いた。

天職だとすら思った仕事に感じた限界

■小林雅(こばやし・まさ) —ICCパートナーズ株式会社 代表取締役。東京大学工学部卒業後、1998年に経営コンサルティング会社「アーサー・D・リトル(ジャパン)」に入社。 主に日本の大手製造業の新規事業立案のプロジェクトを担当。2001年に独立系最大級のベンチャーキャピタル「エイパックス・グロービス・パートナーズ(現在のグロービス・キャピタル・パートナーズ)に入社。 2004年同社のパートナーに29歳で就任(最年少)。 2007年に独立し、ベンチャーキャピタルを共同創業し、累計150億円以上のベンチャーキャピタルファンドを立ち上げた。2001年から一貫して14年間インターネット業界のベンチャー投資業務に従事し、グリー・freee・ソラコムなど多くの注目投資案件を手がけた。 また、2004年からはインターネット業界の経営者・幹部が集まるカンファレンスNew Indusry Ledaers Summit(NILS)の立ち上げに参画。その後10年以上カンファレンスの企画・運営を行い、インターネット産業の発展に貢献した。 2015年10月に独立し、2016年4月にICCパートナーズ株式会社設立とともに代表取締役就任。産業を共に創るトップリーダーの集まるコミュニティ「Industry Co-­Creation(ICC)」の企画・運営を通じてオープン・イノベーションの実現に取り組む。
■小林雅(こばやし・まさし)—ICCパートナーズ株式会社 代表取締役。東京大学工学部卒業後、1998年に経営コンサルティング会社「アーサー・D・リトル(ジャパン)」に入社。 主に日本の大手製造業の新規事業立案のプロジェクトを担当。2001年に独立系最大級のベンチャーキャピタル「エイパックス・グロービス・パートナーズ(現在のグロービス・キャピタル・パートナーズ)に入社。 2004年同社のパートナーに29歳で就任(最年少)。2007年に独立し、ベンチャーキャピタルを共同創業し、累計150億円以上のベンチャーキャピタルファンドを立ち上げた。2001年から一貫して14年間インターネット業界のベンチャー投資業務に従事し、グリーfreeeソラコムなど多くの注目投資案件を手がけた。また、2004年からはインターネット業界の経営者・幹部が集まるカンファレンスNew Industry Ledaers Summit(NILS)の立ち上げに参画。その後10年以上カンファレンスの企画・運営を行い、インターネット産業の発展に貢献した。2015年10月に独立し、2016年4月にICCパートナーズ株式会社設立とともに代表取締役就任。産業を共に創るトップリーダーの集まるコミュニティ「Industry Co-­Creation(ICC)」の企画・運営を通じてオープン・イノベーションの実現に取り組む。

小林氏がICCサミットを始めたのは2016年だが、それ以前からすでにイベント開催の経験があり、10年以上携わってきた領域。全く土地勘のない領域ではなかったという。

小林「初めてイベントを企画したのは、まだベンチャーキャピタリストとして働いていたときです。29歳のときにパートナーになり、投資運用の責任を持つ立場として仕事することになったはいいけれど、当時はまだ若く人脈もなかった。 それで、カンファレンスをやればいろんな人と知り合えるんじゃないかと。そんな浅はかな理由がイベントを始めたきっかけでした(笑)」

その後、キャピタリストとして投資で成功を収め、独立系のVCを共同で設立。しかし、同時にキャピタリストの仕事に徐々に限界を感じるようになったという。

小林「転機は、共同創業者と揉めて、精神的に病んでしまって自身で設立したVCを去ったことでした。もう一度ゼロから再出発しようと思い、そのとき選んだのがイベントを企画、運営することだった。 というのも、VCの仕事ってLP(ファンドの出資者)との契約が10年というのが基本なので、人生が縛られるんですよ。また、お金自体がコモディティ化していて……。ようは、資金を集めやすい環境になっているがゆえに、たとえ10億円集めたからといってそこに社会的意味はないと思ったんです。 そもそもVCで働こうと思った理由も日本の産業支援がしたかったからで、当時は全然なかったんですが、今はわんさかありますし」

「実績があるから」という自信からの脱却

ゼロから再スタートするにあたって、小林氏には会社員、コンサルタント、起業家など複数の選択肢があったが、なぜビジネス・カンファレンスを選んだのだろうか。

ゼロから再スタートするにあたって、小林氏には会社員、コンサルタント、起業家など複数の選択肢があったが、なぜビジネス・カンファレンスを選んだのだろうか。

小林「自分でやっていくことを考えたとき、過去に就業経験のあるコンサルタントも考えたのですが、どうにも自分の経験を切り売りしている感じが否めなかったんです。それよりは自分の事業ブランドの価値や、ネットワーク効果を培っていけるビジネスの方がいいなと。 それまでやっていたカンファレンスは10年以上続いていて、良いものをつくり続けると口コミで広がっていくこともわかっていました。だからビジネス・カンファレンスでやっていこうと決めました」

そうはいっても、ビジネス・カンファレンスはすでに世の中に多く存在していた。そこで小林氏は、とにかく余計なことをせずに、ビジネスの“横のつながり”、今でいうコ・クリエイションを築く場をつくることに特化した。

小林「たとえば、VRとかネットビジネスなど、産業に特化したイベントだと産業トレンドの流れが速いため2〜3回で終わっちゃうんですよ。だからとにかく、ビジネスの横のつながりこそ継続する価値だと思って始めました」

しかし、最初の1年は厳しく、やっと黒字が出たくらいで自分の給料も未払いだったという。

小林「個人としては、前職の給料分の課税もあって厳しかったですね……イベントに必要な多量の備品を購入する必要があったんですが、それを置けるオフィススペースもなく、自分の書斎が半分くらい電源タップとかそういうので埋まったりとか(笑)」

こうした厳しい状況から抜け出せたのは、「これまでイベント企画をしていた実績があるから大丈夫」という自信からの脱却だった。

小林「この人は前参加してくれたから今回も参加してくれるだろうとか、業界で有名な人を呼べば人が集まるとか、そんなことを思っていたんですよね。でも現実はそんな甘くなかったし、参加者から『毎回同じ内容でマンネリ、同窓会感があるよね』と聞くこともありました。 だからこそ、徹底的に参加者目線のものをつくることにしたんです。アンケートを取って数値化し、セッション数も20個くらいだったのを70個まで増やし、その選択肢もネット業界、リアルテック、アートやデザイン、組織経営など大幅に増やした。それぞれに質の高いコンテンツを用意し、参加者の満足度を着実に上げていきました」

その結果は数字にも現れ、2017年2月のICCサミット FUKUOKA 2017は5000万円だった売上が1年後のICCサミット FUKUOKA 2018では初めて1億円を超え、2019年2月開催では更にその数字を伸ばしている。

小林「質の高いコンテンツを提供すると、参加者も意識の高い、学びたい人のみが来るようになり、それが結果的に良いスポンサー企業を獲得することにつながっています。以前は売上のほとんどが参加者のチケット収入でしたが、今は6割ほどをスポンサー収入が占めるようになりました」

おもしろい人に出会い、つないでいきたい

ICCサミットにおいて横のつながりをつくるには参加者の多様性が欠かせない。その際小林氏が意識したのは、登壇者として仕事も立場も違う多様な人を集めることだった。

ICCサミットにおいて横のつながりをつくるには参加者の多様性が欠かせない。その際小林氏が意識したのは、登壇者として仕事も立場も違う多様な人を集めることだった。

小林「イノベーションって常に、何かと何かの組み合わせなんですよ。同じところで同じ人とやっても、同じものしか出てこない。だからこそ、登壇者はビジネス界の人だけじゃだめだと思っています。 例えばこれまでに、華道家や天満宮の権宮司に登壇してもらいました。太宰府天満宮の権宮司は菅原道真公から数えて40代目の方で、アートのセッションだったんですが伝統と革新について菅原道真の目線で話すとか……なんですかそれってなりますよね、おもしろそうでしょう? ほかにも、博多にある『鈴懸(すずかけ)』という和菓子屋さんの社長に話を聞いてきたんですよ。大福のもち米にすごくこだわっていて、栽培されなくなった品種のもち米を復活させたりとか。 世の中には才能に溢れる人がたくさんいるから、そうした人がもっと他の人に触れ合える機会をつくっていきたい。スタートアップ村とか『俺も辛いから頑張ろう』っていう傷の舐め合いだからやめたほうがいいですよ(笑)。そうじゃなくて、もっと多様な人たちが集うからこそ学びも出会いもある。実際、ICCでの参加をきっかけに出会い、資金調達につながったスタートアップ企業もいくつかありました」

小林氏は今後さらに、より深いエンゲーメントが得られるコミュニティをつくっていく。

小林「先日は50人ほどが集まる場で、スマートニュースのマーケティング責任者の西口さんを囲んで勉強会を開催しました。こうした分科会は頻繁に開催することができるので、参加者のより深いエンゲーメントを得られると考えています。 企業として、アイデアや技術はあるけれどなかなかビジネス化できないという課題は散見されます。それを、こうした分科会を設けることでお手伝いをしたい。先ほども言いましたが、日本にはまだまだ良さを伝えられてないだけで、世界に誇れるアイデアや技術を持った会社がたくさんあります。 自分自身も、そうしたオリジナリティ溢れる企業に触れてもっと学んでいきたいし、ぶれずに自分のやるべきことをやっていきたいですね」

親にお金を借りてでも自分の時間を投資して

小林氏は、転職や起業をしてみたいものの自分の軸が見つからない人だって、焦る必要はないと話す。

小林氏は、転職や起業をしてみたいものの自分の軸が見つからない人だって、焦る必要はないと話す。

小林「そもそも知らないことはわからない。まず行動しろと言われますが、まさにその通りだと思います。知ると言っても、ネットや新聞を読むのではなく、実際に足を運んでみる。美術館でもコーヒーショップでもいいんです。 なにかを始めるときも、昔からコーヒーが好きで、とか、ホテルの雰囲気が好きで、とか。そういうのでいいんじゃないかなと。大学卒業して就職にこだわる必要もないし、見つかるまで探し続けてもいいと思います。 僕自身、大学時代にベンチャーキャピタリストになりたいと思って、実際になったときは天職だとすら思いましたが、今はICCパートナーズの仕事を天職だったと思ってやっています。 だからやりたいことの軸がひとつでなくてもいい。そして、なんでも3年くらい真面目にやると見つかるものです」

一方でお金の心配や制限から、やりたいことに飛び込めないこともある。小林氏はそんな若い人に対し、時間の重要性を説く。

一方でお金の心配や制限から、やりたいことに飛び込めないこともある。小林氏はそんな若い人に対し、時間の重要性を説く。

小林「貯金が10万円とか100万円とかしかなかったら、働きゃなきゃいけないのは当然です。僕自身も前職で稼いで最低限食っていけたから、ICCも始められた。 とはいえ、若いうちに自分で稼ぐのには限界がある。そんなときは遠慮せず親に借りましょう。親も別にそんなにたくさん使い道があるわけじゃないかもしれない。『自分が使ってあげる』というくらいの気持ちでもいいかもしれません。 なぜなら若いうちに、つまり時間のあるうちに、時間を最大限に生かせるところに投資した方がいいからです。歳を取ってくると体力も減り、また子どもと過ごす時間が増えたりするなど、自分が元気にかつ自由に使える時間がどれくらい残っているかを意識せざるをえない。 自分の大切なものが何か、若いうちはなかなかわからないとは思います。でもだからこそ時間が非常に貴重なので、目の前のお金のために自分の時間を使いすぎることなく、いろいろチャレンジしてみてください」

執筆:菅原沙妃取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博

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