コラム

「大企業orスタートアップではない」GROOVE X・林要の起業論

2018-10-11
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
大企業で働く方がいいのか、スタートアップで働く方がいいのか――就活や転職活動で少なくない人が頭を悩ませるように、このふたつは二項対立で語られがちだ。その両方を経験している人は多くなく、いったん大企業で働けばずっと大企業で、スタートアップならずっとスタートアップで働くのではと考えがちだ。

大企業で働く方がいいのか、スタートアップで働く方がいいのか――就活や転職活動で少なくない人が頭を悩ませるように、このふたつは二項対立で語られがちだ。その両方を経験している人は多くなく、いったん大企業で働けばずっと大企業で、スタートアップならずっとスタートアップで働くのではと考えがちだ。だが、日本の産業が活性化していくためには、異なる企業形態の下で働く経験が欠かせない――そう力説するのが、自ら大企業を経たあと起業した林要氏だ。氏は、トヨタ、という大企業を経て、家庭用ロボットを開発するGROOVE X 株式会社(以下、GROOVE X)を立ち上げた。2019年には家庭用ロボット「LOVOT」の発売を予定する。

LOVOTの目

※LOVOTの目

そんな氏に、大企業とスタートアップの両方を経験することがなぜ重要なのかを尋ねた。

(プロフィール) ■林要(はやし・かなめ)  — GROOVE X 株式会社代表取締役 1973年生まれ。東京都立科学技術大学(現・首都大学東京)卒。修士課程修了後の1998年トヨタ入社。トヨタでは同社初のスーパーカー「レクサスLFA」の開発プロジェクト、トヨタF1の開発スタッフを経て、量産車開発のマネジメントを担当。2011年に孫正義氏の後継者育成機関「ソフトバンクアカデミア」の外部第1期生として参加、2002年ソフトバンク入社。感情認識ヒューマノイドロボット「Pepper」の開発に関わる。Pepper発売後の2015年9月にソフトバンクを退社、同年11月にGROOVE Xを設立。
林要(はやし・かなめ)— GROOVE X株式会社代表取締役1973年生まれ。東京都立科学技術大学(現・首都大学東京)卒。修士課程修了後の1998年トヨタ入社。トヨタでは同社初のスーパーカー「レクサスLFA」の開発プロジェクト、トヨタF1の開発スタッフを経て、量産車開発のマネジメントを担当。2011年に孫正義氏の後継者育成機関「ソフトバンクアカデミア」の外部第1期生として参加、2002年ソフトバンク入社。感情認識ヒューマノイドロボット「Pepper」の開発に関わる。Pepper発売後の2015年9月にソフトバンクを退社、同年11月にGROOVE Xを設立。

安定した大企業で働く限り“生命力”は培われない

起業した経営者の誰もが、ずっと起業を意識し目指してきたわけではない。今でこそ起業は「一つの選択肢」となっているが、特に林氏の世代では、起業は“よほど変わった人”や“能力のある人”がやる特殊なものか、“脱サラした人”が細々とやるものだと考えられていた。

起業した経営者の誰もが、ずっと起業を意識し目指してきたわけではない。今でこそ起業は「一つの選択肢」となっているが、特に氏の世代では、起業は“よほど変わった人”や“能力のある人”がやる特殊なものか、“脱サラした人”が細々とやるものだと考えられていた。氏も、起業を目指してきたわけではなかった。ただ、大企業で勤めつづけることにも疑問を覚えたという。

「ある程度会社に長く勤めると、このポジションに就いたらこういう仕事をするんだなというのがわかるじゃないですか。成熟した大企業では、どのポジションの人がどういうふうに振る舞うべきかというのが型としてある。 そうして先が見えたときに、その仕事をする人は別に僕じゃなくてもいいんじゃないかって思ったんです。優秀な人は他にもたくさんいますから」

自分がやるべきことは何なのか。そう問うたとき、新しいことに挑戦するときに燃えてきた自分に気がついた。そうした領域に飛び込んだ方が、自分の役割として合っているはず。そんなときにソフトバンクアカデミア(*1)に出会い、参加を決めた。

「参加していた人は個人事業主が多く、いわゆる“まっとうな組織人”は少なかったんです(笑)。 そんな環境に飛び込んで驚いたのは、彼らの生命力ですね。私は会社のなかで、さまざまなことにチャレンジもしてかなり生命力がある方だと思っていたんですが、アカデミアにいる人たちは、その遥か上を行っていた。何があっても生き残れるんだろうな、という生命力です」

例えば、さんの前でプレゼンする権利を獲得するためには、30〜40倍くらいの倍率を突破しないといけなかった。氏はもちろん多くの準備をしたが、そういう人ばかりではなかったという。

「プレゼンの日に、『いやー昨日飲みすぎちゃってさ。準備してないんだよね』と言って、実際に投影資料すら用意してきていない人がいて。でも、そういう人が決勝まで行くんですよ」

3ヶ月準備した自分より、彼らの方が上手くいく。氏はその理由を徹底して考えた。

「プレゼンを聞いたほかの参加者が評価する仕組みだったので、彼らが聴衆を魅了しているのは間違いありません。自分ひとり以上の力を集めて、人を動かすことができる。それって何かを達成するための大事な能力ですよね。 それで何が決定的に違うかというと、視界不良の環境における行動力とコミュニケーション能力。それが個人事業主として経済的に不安定ななかでちゃんと生活をし、そのなかで道を見つけてきているという生命力だったんです」

*1:ソフトバンクグループを担う後継者発掘・育成を目的とした企業内学校

成功している企業ほど「新しいこと」ができない

自分が安定した環境のなかでしか仕事をしてこなかったと痛感した林氏は、ソフトバンクに転職し、「Pepper」開発のプロジェクトメンバーとして新たな仕事へと一歩踏み出した。だがそこでまたもや、大企業ならではのジレンマにぶつかった。

自分が安定した環境のなかでしか仕事をしてこなかったと痛感した氏は、ソフトバンクに転職し、「Pepper」開発のプロジェクトメンバーとして新たな仕事へと一歩踏み出した。だがそこでまたもや、大企業ならではのジレンマにぶつかった。

「多くの立派な会社の人が『うちの会社、新しいことできないんだよ』と愚痴を言いますが、僕に言わせれば、すべての会社がそうなんです。 特に、歴史の長い優良企業ほど高収益の主力産業を持っており、それがうまくいっていればいるほど、新規事業に取り組むのは高コストになります」

よく、悪しき習慣を無くそうとして新規事業に取り組む企業があるが、それは悪い習慣ではなく一つの特徴なだけだという。例えば、ブランド力のある会社は、ミスを減らし完璧を目指すことでレピュテーションリスクを最小限にするが、結果的に新しい事をやる場合に課題の抽出に時間がとられ、競争力のあるチャレンジができなくなる。これはその企業ならではの戦略に由来しているわけだ。大企業が新しいことにチャレンジする場合に高コスト体質になりがちなのは、人や文化が悪いわけではなく、組織というのはそういうものだということを、トヨタとソフトバンクの二社の経験から学んだという。

「トヨタとソフトバンクの二社は経営スタイルから産業領域まで、ありとあらゆるものが両極端。でも、そんな二社にも共通の課題があることに気づいたんです。両端の、そのあいだに答えがあると思っていたが、そうではなかった。だからこそ、自分が起業する意味が明確になりました」

スタートアップは産業の新陳代謝のためにある

ソフトバンク退社後の林氏は、自分の「新しいことに挑戦する」という役割を果たすがごとく、家庭用ロボットに挑戦している。家庭用ロボットは誰も成功していないが、ロボットは次に必ず来ると言われている数少ない産業のうちのひとつだ。そんな領域で経験を積まないのは、むしろマイナスになると考え飛び込んだ。

ソフトバンク退社後の氏は、自分の「新しいことに挑戦する」という役割を果たすがごとく、家庭用ロボットに挑戦している。家庭用ロボットは誰も成功していないが、ロボットは次に必ず来ると言われている数少ない産業のうちのひとつだ。そんな領域で経験を積まないのは、むしろマイナスになると考え飛び込んだ。そんな氏が起業して強く実感したのが、社会全体で見たときのスタートアップの存在意義だった。

「個人的にはスタートアップは、産業の新陳代謝のためだけに存在すると思っています。誰が、どの会社が成功するとかは、極論を言えば関係ありません。 そうしたマクロな視点で見ると、シリコンバレーでなぜ投資やM&Aが盛んなのかがわかる。 先ほど申し上げたように、大企業のなかで新規事業を育てるのはとかく桁違いにコスト高。だから社外に投資して、その会社が成功すれば取り込むというM&Aが一つのゴールになっています」

一方で、日本のスタートアップはIPOがゴールとなっている。

「長く続く歴史ある企業が良いとされる日本の文化もありますが、大きな理由は、大企業側にM&Aをする覚悟がないことです。結果、IPOが主流になる。 でも、大企業がスタートアップに投資やM&Aをすれば、小さい技術会社なども下請けで細々とやるのではなく、どんどん飛び立てる。スタートアップは大企業の代理でレピュテーションリスクをとり、産業の新陳代謝を加速する組織という役割に変わるでしょう」

覚悟がない最大の原因は、企業にスタートアップ経験者が少ないことだ。

「シリコンバレーだって、昔からM&Aが得意なわけじゃありません。人材が流動化し、スタートアップも大企業も両方を経験した人が社内にいるからこそ、M&Aしたときにそうした経験のある人が活躍する。 だから、大企業がスタートアップを併合するときは、企業側にスタートアップ経験者がいないといけないんですよ」

そのためには、大企業の人材の流動性を上げるのが一番だ。スタートアップは多産多死が価値となっているため、例えば大企業から5人がスタートアップに飛び込んだとしても、そのうちの4人の会社はダメになる世界だ。

「スタートアップに飛び込んで会社がダメになった人を、大企業は積極的に再雇用する『出戻り制度』をつくればいいだけなんです。社内に新規事業開発部をつくっている場合ではありません。どんどん社員をスタートアップに送り込んで、再雇用して、その人脈で他のスタートアップからも経験者を入れて、というサイクルを回していかないと、どの会社もうまくいかなくなってしまう。それを米国が示していると言えます」

一方で、スタートアップが大企業経験者を受け入れることも人材の流動性に寄与している。氏自身が大企業出身であるためか、GROOVE Xに在籍する社員の過半数は大企業を経験しており、特にメーカー出身者が多い。

「大企業の『しっかり仕事をする』というところは学んだので、もうちょっと機動性が高い仕事をやりたいという人が多いですね。 あとよく聞くケースが、自分の子供が興味持つものをつくりたいということ。今やものづくり自体の興味が失われていて、どんなに素敵な家電や車をつくっても子どもに関心を持たれない。 でも、ものづくりにおいてロボットと宇宙は別。『お父さん/お母さんすごい』ってなるんですよ。『子どもの目つきが変わった』という経験が、転職の背中を押したという社員がいます」

スタートアップにおいては、大企業出身者ならではの強みも活きる。事業規模が拡大したとき、ものづくり・サービスがどうなるべきかを肌で知っているということだ。

「スケールしたあとは製品がとにかく多くの人の手に渡るため、小さなミスが許されなくなります。そうしたミスの少ない仕事を、どうやったら組織を硬直化させずにできるかをリアルに考えられるのは、大企業を経験した人ならでは。硬直化した企業という反面教師を知る一方で、高い製造水準も知っていますから」

「早めに成功して引退」は最悪のパターン

大企業を経て起業し、また社員に大企業出身の人が多い会社を経営する林氏だからこそ感じる、スタートアップに飛び込みたい人へのアドバイスをもらった。

大企業を経て起業し、また社員に大企業出身の人が多い会社を経営する氏だからこそ感じる、スタートアップに飛び込みたい人へのアドバイスをもらった。

「スタートアップに飛び込む理由が、カフェスペースがおしゃれだとか、六本木・渋谷にあるといった“なんとなくイケてる”からや、今の会社が古臭いからという理由ならやめた方がいい。 スタートアップの最大のメリットは、不安定な環境で誰よりも学ぶこと、これに尽きます。入ったら数年で必ず生命力が身につきますから」

また、入った企業が成功・失敗するかも関係ないという。

「長い人生で見たときに、早めに成功してアーリーリタイアするっていうのは最悪のパターンだと思っています。ピークを早々と迎えての『過去はよかった』より、今より『未来が良くなる』という方が満足度は高いですから」

人生を長い目で見るときに必要なのは、「自分はなぜそれをやるのか、なぜやらなければいけないのか」という使命感だ。

「僕にとっての、スタートアップの創業者としての使命は、産業の新陳代謝を促進することで未来の子供たちが明るい希望がもてる未来への礎をつくり、子供たちを笑顔にすること。 人は社会的な生き物ですから、そういった社会的な使命感さえあれば、どの領域でチャレンジしても意味あるものとなるでしょう」

執筆:菅原沙妃取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:横尾涼

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