コラム

起業家の執念を重視する。EightRoads・村田純一氏の投資判断

2020-07-02
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部

世界最大級の資産運用会社フィデリティ。その自己資金などを裏付けにスタートアップに投資するのが、「Eight Roads Ventures」(以下、Eight Roads)だ。注目スタートアップへの投資を行い、輝かしい投資実績を誇る同社だが、メディアへの露出は多くない。外部からファンドレイズする必要がないので、積極的にマーケティングをする必要がないためだ。B2B/SaaSならびにメディア分野を中心に投資し、直近パートナーに就任した村田純一氏(以下、村田氏)に、今回は投資戦略の全貌と投資家になるまでの経緯について話を伺った。フィデリティという巨大な母体を持つEight Roadsだからこその、投資方針を明らかにしていく。

村田純一(むらた・じゅんいち)ウォルト・ディズニー社のデジタル部門のマネジメントチームメンバーを経て現職。同社のインターネット事業全般の中長期戦略立案の主担当を務める。2013年Eight Roads Ventures (旧Fidelity Growth Partners)入社。世界有数の機関投資家のVC部門のメンバーとして、シリーズBおよびC以降の大型ラウンドを中心に、リードインベスターとして13社の投資を担当。B2B/SaaSおよびメディア分野を中心に、多数の会社の社外取締役ならびにボードオブザーバーを務める。主な投資担当先はB2B/SaaS分野では、プレイド(IPO)、 ヤプリ(IPO)、 トレタ(Exited)、OpenlogiWovnAperzaHR Brain, Kaizen Platform (IPO) 、メディア/その他分野では、RettyPortPatheeWHILL等。リードならびに準リード投資家としての数多くのIPO実績を誇る。事業会社での戦略構築/事業開発の経験を活かし、会社目線に立ったグロースステージの事業成長に従事。

社会課題に対する異常なまでの熱量。村田氏がチェックする起業家の執念

スタートアップへの投資判断のポイントとして、村田氏は次の3点を挙げた。・起業家の執念・課題に対する解像度・チームアップできるか

村田「私達投資家は、起業家がやーめたっと言って諦めた時に全てが終わります。どんな魅力的な市場があって、プロダクトがキレキレで、素晴らしいチームが揃っていたとしても、もし万が一、起業家が投げ出さざるを得ない状態になってしまってたらその時点で僕らの旅は終了です。そのため私達にとって、目の前の起業家が持つ課題解決に対する執念が全ての前提になってきます。起業家の執念は思考の深さに現れる。意気込みはプレゼンのスキルからではなく、こちらの質問に対して、どのくらい深い思考を伴った答えが返ってくるかという点に凝縮されます。『考えつくした先にまだ答えが見えていない。しかし、仮説の輪郭は見えてきている』のような返答も立派な答えだと思います。そのときは、『では一緒に考えましょうか』となります。私達は起業家のプレゼンを聞いて、本当に執念を持って取り組んでいるのか、課題に対して深く分析しているのかを見ています。本気で取り組んでいる起業家が、価格をなんとなく決めることなんてありませんよね。プロダクトの細部までこだわりきれているか、ビジョンの一言一句に言説があるか、その他様々な経営要素のすみずみにまでしみ出す思考の成果物があるのか、いちいち話が長いのか(笑)が、執念を推し量る一つのアプローチになっています」

執念と並んで重要なのが、課題への解像度だ。いかに執念深くても、課題に対して正しく理解していなければ解決することはできない。課題の原因がどこにあるのか、正しく理解する力があるのか見ていると村田氏は語る。

村田「課題が解決されないままであることには、必ず理由があります。一側面から見れば課題であっても、逆の立場から見ればメリットであることも多いのです。単純に『IT化が進んでいない』『既存プレーヤーの怠慢』と考えるのは浅はかです。ロジカルに課題を分解して、課題への解像度を高める力が必要です。私が優秀だと思う起業家は、別の業界で起きている問題からインスピレーションを受ける能力が非常に高いです。自分の業界だけでなく、常に他の業界も視野にいれながらアップデートすることが大切だと思います」

加えて村田氏は、解像度の高い起業家はピッチの姿勢が違うことも挙げた。多くの起業家がセールスピッチをする中で、課題への解像度が高い起業家はより課題への理解を深めるためにピッチをすると話す。

村田「セールスピッチをする起業家は、会社のいいところしか話しません。しかし、課題への解像度が高い起業家は、自分たちが抱えている課題も話して私達と一緒に解決しようとしてくれます。資金調達のためではなく、課題解決を目的にしている証拠です。そのためピッチを受ける私達も、起業家が課題に対して理解を深められる質問ができるか毎回必死です。資金調達のハードルが下がっているいま、私達も一緒に課題に向き合っていくパートナーにならなければ、起業家にとって価値ある存在にはならないからです」

3つ目のチェックポイントは、チームアップできるかどうかだ。起業家はいいチームを作るために、自分を客観視する力が求められる。

村田「そもそもチームアップが必要なのは、自分ひとりでは限界があるからです。チームアップができるというのは、なにも人を説得するのがうまいということではありません。むしろ、矢印はある意味内向きで、起業家自身が自分に足りないものを理解し、組織に足りないものを理解できているか、今は充足しているが将来足りなくなるものが見えているか、その自己ならびに組織の分析ができて初めて、本質的なチームアップ活動が開始されるのです。チームアップの際には、重要な役職に優先順位をつけて人を連れてくることに加え、スキル面のカバーだけでなく、会社のカルチャーを作るのに必要な人間も含めて考えて行く必要があります。もちろん人が集められる魅力やコミュニケーション能力も重要です。ただ、自分に足りないものが見えていることが、リスペクトをもって外から人を迎える上での大事な条件だと思います。私自身もご支援先の採用にはかなり深くコミットさせていただくことが多いのですが、表面的なテクニックだけではなく、先に述べたような採用というアプローチの本質を起業家が理解されているとき、結果としてとてもいいチームができあがっていくのだと感じます」

目先の利益に流されない。Eight Roadsが社会的な課題に注目する理由

村田氏がプロダクトやマーケット以上に起業家の素質を重要視しているのは、スケールの大きなビジネスを育てるためだ。スケーラビリティのある企業を見極めるには起業家の素質で判断するしかない。高確率のスモールIPOよりも、時間がかかって確率が低くてもスケーラビリティのある企業に投資すると村田氏は語った。

村田「投資委員会にはよく『焦って投資しなくてもいい』と言われます。キャピタリストはスタートアップに投資するのが仕事であるため、いかに案件を投資委員会で通すかに注力しがちです。しかし、自分のパフォーマンスのために焦って投資をしても、企業を見極められるはずがありません。どうせ投資をするなら世の中に意味のあること、つまり本当にスケールする企業に投資しようというのが投資方針です。もちろんリターンを犠牲にするわけではありません。目先の利益よりも本質的な社会的意義を見極め、顧客の問題を解決したその先に、圧倒的な高い次元でファンドのパフォーマンスと社会的意義を両立できると考えています。私達はCVCではありません。ただ、主としてフィデリティグループの自己資金を運用しているので、どのファンドでも実質的には資金の出し手であるLPは同じです。したがって、我々として結果的にリターンと課題解決の両立ができると判断した場合には、長期的視点に基づいて投資ができます。そこは実質的にフィデリティグループがシングルLPであることによるメリットであると考えています」

投資をするだけでなく、投資後にバリューアップをするのも村田氏の大きな仕事だ。起業家のフォローで意識していることを尋ねると、「課題にフォーカスしてもらうこと」と答えた。

村田「投資後、起業家から相談を受ける時は、起業家の脳のメモリを空けてあげることを心がけています。起業家が考えるべきことは、経営戦略、資金調達、プロダクトやマーケット動向、ストックオプションやキャッシュフローなど、無数にあります。我々は完全な外部でもないが内部でもない。丁度いい距離感から、それらを一緒に整理してシンプルにすることで、起業家が今やるべきことが明確に見えてくると感じています。また、世界の事例をお伝えするのも私の役割です。Eight Roadsは世界規模でVCを展開しているため、海外のキャピタリストとも頻繁にコミュニケーションをとっています。日本では未成熟な市場でも、アメリカや中国は先んじて成功例と失敗例が生まれてる市場もあるので、事例を踏まえて起業家へのアドバイスをしています」

課題先進国であることが起業家にとっては大きなチャンス

今でこそキャピタリストとして活躍する村田氏だが、希望してスタートアップの世界に飛び込んだわけではない。きっかけは前職の上司に誘われたことだ。それも最初は断っていたという。しかし、1年以上にわたる説得の末、ジョインすることを決めたのだ。

村田「ディズニーではいわゆる経営企画室的なポジションで、中期経営計画(5か年計画)の策定をはじめとして、事業戦略の立案や、様々なビジネスの立ち上げやプランニングに携わっていました。作った新規事業のPLは50個はあると思います。また、後半は事業開発も担当範囲としてカバーしていました。大型ディールの交渉・契約締結・実行に際してプロジェクトメンバーの一員として重要なポジションを担わせていただきました。フィデリティとしてのVC立ち上げを検討していた当時(2011年後半~2012年頃)はVCといえば金融機関系のVCが多く、幅広い事業経験を持つキャピタリストが少なかったため、私の様々な事業立ち上げや戦略立案の経験を買って上司が声をかけてくれたのです」

声はかけられたものの当時はVCの業界もまだ小さく、これまでイメージしたこともないキャピタリストという仕事に戸惑いを隠せなかった。しかし、自分の経験を使って社会に貢献できることがあると思った村田氏は、覚悟を決めてキャピタリストへの転身をはかったのだ。

村田「ディズニー時代にスタートアップ界隈について調べる機会があったため、多少の知識はあったものの死にものぐるいで勉強しましたね。スタートアップについての知識は投資家の業務の一部でしかなく、法律、税務、契約全般についても勉強しなければいけないことが山程あったのです。今でこそ国内でもスタートアップの資金調達が増え、ある程度共通で体裁の整った契約をするVCは増えましたが、当時は契約もバラバラで海外の本を参考にするしかありませんでした。海外ではVC協会が契約書のテンプレートを作っていたので、それを参考にしていたのです。ビジネスも投資も大幅に知識アップデートしなければならず、帯状疱疹になるほど大変でした」

キャピタリストになった当時は、業界全体が未成熟だったが、投資を始めて約7年経った今スタートアップ業界の状況も変化したようだ。

村田「例えば私はSaaSを中心に投資を行っていますが、投資を始めた当初は特化できるほど、SaaSの企業はありませんでした。それが今やバーティカルSaaS、つまり業界特化型のSaaSが出現するまでに成長しています。現時点で私が投資に関わらせていただいたSaaSの会社だけで弊社としての投資実績は数十億円の後半~百億円近くありますが、まさかそこまでの水準に到達するとは当時は全く思っていませんでした。スタートアップへの投資金額も大幅に増加して、資金を提供するだけの価値は減ってきていると思います。それ以上にいかに投資先のスタートアップをバリューアップできるかに、VCとしての価値があるのではないでしょうか」

ここ数年で大きく状況が変わってきた話す村田氏だが、日本のスタートアップにはこれからさらに大きなチャンスがあると言う。日本がこれから迎える超高齢社会は、見る人からすれば悲劇だが起業家にとっては滅多にないチャンスだ。

村田「ビジネスのインパクトは解決する課題の重さに比例します。これから日本は世界に類を見ない課題先進国になるため、高品質なサービスが求められるのです。つまり、日本の課題に向き合って、より高い次元で解決していけば自ずと世界から求められるサービスが作れるはず。グローバルな市場を狙ったサービスを作らなくても、日本で通用する質の高いサービスを作っていれば、必然的にグローバル市場への道が拓かれます。昔、資源の少ない日本が必要に駆られて低燃費で修理を必要としない車を作って、日本は世界で通用する産業競争力を持ちました。同じように、必要に駆られることで日本は世界に通用するサービスが作れるはずです」

最後に起業家へのアドバイスを求めると「世界を形作っていける感覚を持って欲しい」と答えた。

村田「多くの人が変わりゆく世界に適応しながら生きています。しかし、起業家はサービスを浸透させることで、人々の行動様式を変えていけるのですから、世界を形作る側にいるのです。ぜひ、その感覚を持ってサービス作りに励んでほしいですね。あとはかなり唐突ですが(笑)、『サピエンス全史』を読むことをおすすめします。私は8回は読んでます。これを読むことのメリットは3つあります。一つは、コンパクトに世界の歴史を通観できること。その点だけでも時間効率的にとても優れた書籍です。ただ、真のメリットは、人類史の中で大きなパラダイム・シフトがどのように起きたのか分かる点です。意外に小さな出来事が、私達の歴史が大きく変えていることが何度もあるのです。起業活動もパラダイム・シフトを起こしていくことなので、『だったらできるかも』という効力感を得られることが実はかなり隠れたメリットです。もちろん個人差あると思いますが。3つ目のメリットとして、圧倒的なスケール感に没入することができる本であり、人類史の20万年規模で考えれば、日々悩んでいることが小さく感じるはずです。起業家には辛いことが度々起きますが、そのスケール感で考えればなんとかなる、と感じることができると思います。ある意味メンタルを保つために役に立ってくれると思います。すくなくとも僕には役立っています(笑)」

取材・編集:BrightLogg,inc.執筆:鈴木光平撮影:戸谷信博

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