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起業するなら断然日本で、グローバルで投資するVC前田ヒロの見る日本と世界

起業するなら断然日本で、グローバルで投資するVC 前田ヒロの見る日本と世界

言葉や習慣の問題がなく、もし世界中どこでも起業できるのなら、起業の場所として日本を選ぶ――。そう言い切るのは、日本をはじめ、アメリカやインド、東南アジアなど世界中で100社を超えるスタートアップ投資を手がけてきたベンチャーキャピタリストの前田ヒロ氏だ。神戸育ちながらもインターナショナルスクールを出た後に大学も米国。英語に比べると日本語が苦手だという前田氏が、英語圏で起業できない理由はない。実際にペンシルベニア大学に通っていた大学生時代には、ソーシャルサービスを立ち上げようと起業もした経緯もある。

そんな前田氏が日本は起業に向いた場所だといい「日本はSaaS大国になる」とも予言する。2008年には国内の草分け的スタートアップアクセラレーター「Open Network Lab」の設立・運営にも携わった前田氏は国内外のスタートアップエコシステムに最も詳しい人物の1人と言っていい。これまでの日本のスタートアップエコシステムの発展と、今後の発展を見通しについて前田氏に話を聞いた。(取材・文/ITジャーナリスト 西村賢)

前田ヒロ(BEENEXT・マネージングパートナー)
前田ヒロ(BEENEXT・マネージングパートナー)
日本をはじめ、アメリカやインド、東南アジアを拠点とするスタートアップへの投資活動を行うグローバルファンド「BEENEXT」マネージングパートナー。2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。世界中で100社を超えるスタートアップに投資を実行。過去の投資実績は、SmartHR、Kurashiru、ANDPAD、HRBrain、PoL、Karakuri、Fril、Qiita、Fond、WHILL、Giftee、Viibar、Locari、Voyagin、Instacart、Slack、Everlane、Thredup、Lobなど。

国内アクセラレーターの草分け的存在を立ち上げたワケ

国内アクセラレーターの草分け的存在を立ち上げたワケ

西村:前田さんといえば、国内アクセラレーターの草分け的な存在、Open Network Lab(Onlab:オンラボ)の立ち上げメンバーとしても知られていると思うんですけど、どういう経緯でスタートされたのですか? 後にBEENOSになるネットプライスドットコム在籍時に立ち上げられたんですよね。

前田: Onlabスタートは2009年のことです。ちょっとその頃の背景をお話すると、その前の年の2008年ってリーマンショックの直後で結構ひどい状況だったんですね。そのころネットプライスドットコム(現BEENOS)という社名の上場企業があって、そこの代表をやっていた佐藤輝英に出会ったのが2008年12月です。

僕はそのときに就職活動をやっていたんですけど、リーマンの影響で友だちもなかなか就職できない状況でした。ゴールドマンサックスとか野村だったりとか、金融系企業が新卒を採らない。今年は1人か2人しか採らないと、そういういう状況だったんです。同時にスタートアップへの資金の供給もほぼなかったという時期です。そういう話を当時ネットプライスドットコム代表だった佐藤と話していて「日本でなんかやりたいよね」というところから始まりました。

それでいろいろ調べた中で米国のアクセラーレーターが目に止まりました。ちょうどY Combinatorとか、TechStarsがシリコンバレーとコロラドでやっと軌道に乗り出したようなタイミングです。AirbnbとかDropboxがそこから生まれたのが、たぶんその年、2008年頃だと思うんです。

この2つのプログラムは3カ月間の短期で終わるから、一生コミットする必要はないじゃないですか。とりあえず3カ月間だけコミットすれば起業できるというコンセプトがすごくいいなと思ったんです。

西村:Y Combinatorは3カ月間はシリコンバレーに来てプロダクト磨きをやれ、というプログラムですよね。その間にメンタリングを受けながら仲間と切磋琢磨する。

前田:ええ、それで、これを真似ようという形で、BEENOSの佐藤に提案して「これいいじゃん、やろうよ」という話になったんです。

でも、自分たちだけだとちょっと心細いよねというのもあって、当時ちょうどネットプライスドットコムでデジタルガレージと一緒に何かやろうという話があった時期だったので、であれば一緒にアクセラレーターをやろうよ、となりました。最初に僕が提案した名前は「スタートアップ・アクセラレーター・ジャパン」でしたけどね。

西村:いいじゃないですか、超ストレートパンチで(笑)

前田:超ストレートパンチの名前だったんですけど、ちょっとストレートすぎるなという感じで。当時、オープン化とか、オープンイノベーションという言葉がちょうど生まれ出しているタイミングだったので、何かオープンって名前にしようよみたいな感じで、いまMITメディアラボの所長をしている伊藤穰一さんと「Open Network Labにしよう」みたいな話になって、それでOpen Network Labという名前になりました。

西村:確かにJoiさんぽいネーミングですね。

前田:Joiっぽいですね(笑)。それが2009年末ぐらいにやっと動きだして、第1バッチが2010年に入ってきたという感じですね。

学生起業は軌道に乗らず、事業の作り方を学ぶために就職

学生起業は軌道に乗らず、事業の作り方を学ぶために就職

西村:そのときはネットプライスドットコムには普通に就職活動として入社したんですよね。ネットプライスドットコムを選んだ理由は?

前田:実は僕、その前に学生起業をしているんですね。アメリカのペンシルベニアにあるバックネル大学に行っていたんですけど、大学2年生のときに、ちょうどFacebookがすごく伸びていた時期で。

西村:2006年とか2007年?

前田:2005年ですね。YouTubeが確か2006年にGoogleに2000億円近くで買収されて、このソーシャルってやつ、なんかやばそうだなというのを感じました。それで自分もソーシャル関連のサービスを立ち上げようと思って、実は学生のときにありとあらゆるソーシャルネットワークを立ち上げたんですね。

ファッション好きの人たちが出会えるサイトだったりとか、インディーズミュージシャンが自分たちの音楽を配信できるようなサイトだったり、いろいろ立ち上げたんですけど、どれもあまり軌道に乗らなくて。どちらかというと、飽きてやめたというのが主な理由なんですけど、なかなかでかいサイトを作れない。

西村:Facebookとかを横目に見ながらですね。お金はどうしていたんですか。自分で勝手に立ち上げただけなんですか?

前田:全然お金とか要らないですからね。当時はAWSがなかったのか、知らなかったのかだと思うんですけど、Webホスティングのサービスとかたくさんあるじゃないですか。そういうのを活用して。でも、そんな大した金額じゃなかったですね。月に数千円とかでサーバーを借りられて。

西村:まあ、スケールしない限りはお金かかりませんよね。ちなみに、ご自分でコードも書かれたんですか。

前田:はい、コンピューターサイエンスを専攻していたので、自分で書いて、自分でサイトを作っていた感じですね。

でも、うまくいかない。それで、何とかでかいサービスをつくれないなと思って、どこかの会社でサービスの立ち上げだったり、事業の作り方を学ぼうと思って、いろんな会社の面接を受けました。ネットプライスドットコムを選んだ理由は、ネットプライスドットコムって今もそうなんですけど、いろんな事業を立ち上げて展開していて、そのコンセプトがすごくいいなと思ったんです。そうやってたくさん事業が生まれているようなところにいたほうが、自分は起業体験ができるかなと思ってネットプライスドットコムを選んだ感じですね。

西村:ちょっとサイバーエージェントっぽいですか。

前田:そうですね。サイバーエージェントっぽいですね。当時のネットプライスドットコムはECを中心にいろんな事業を立ち上げていました。今はクロスボーダーや海外投資も増えて多様ですけどね。当時は新しい事業をどんどん立ち上げていた感じで、会社のサイズ感もすごく良かったんですよね。

西村:社員数でどのくらい?

前田:本体のほうは、たぶん100人から200人とかそれぐらいだったと思いますね。グループを入れると1000人ちかくとか行っちゃうんですけど。サイズ感の良さもありますが、佐藤という人物にすごく魅力を感じたというのもあります。馬力と活力があって、すごくスマート。ノリもいい。どちらかというと会社というよりも人物にほれたという感じですね。

12歳で部品を買い漁る子ども時代

12歳で部品を買い漁る子ども時代

西村:少し子どもの頃の話をお聞きしたいんですけど、大学でコンピューターサイエンスをやっていたということは、子どもの頃から割とコンピューターに興味があったんですか?

前田:そうですね。12歳のときに自分でパソコンを作ったというか、部品をいろいろ買って組み立てたりしていましたね。

西村:秋葉原ですか?

前田:秋葉原ではないです、神戸出身なので。自分でタイから部品を輸入したり、いろんなところに行ってパーツを買って組み立てたりしていました。その頃からすごくコンピューターが大好きで、ずっとはまっていました。当時のインターネットはISDN接続だったと思うんですけど。

西村:じゃあ、まだCPUは486とかですね。

前田:そうそう。めっちゃ遅いという状況で。それからずっと好きでしたね。ビル・ゲイツも当時からずっと尊敬していて。

西村:どちらかというとコンピューターに興味があったんですか? それとも、コンピューターでできることに興味があったんですか? もちろん両方切り離せない面はあると思いますけど。

前田:最初はコンピューターでしたね。当時いろいろフリーウェアとかあったじゃないですか。

西村:オープンソースという言葉の前にフリーウェアというのがありましたよね。自由に無料でダウンロードできるPC向けアプリとかゲームですね。インディーっぽかったですね。

前田:ええ、いろんなソフトを世界中でみんなが作ってるんだなというのがあって。いろんなソフトウェアがあるというのにすごく感激しましたね。コンピューターさえあれば何でもダウンロードできて、何でも使える。12歳の僕にとっては、すごいおもちゃという感じでしたね。

西村:ちなみに、ご家庭はどんな感じだったんですか?

前田:父が医者で、母は幼稚園で教えたりはしていましたけど、専業主婦ですね。

西村:前田さんはインターナショナルスクールに行ったんですよね?

前田:父が日本人で母がフィリピン人なんですね。母が日本語をそんなにしゃべれなかったのと、逆に父がフィリピン語をしゃべれないから、家庭内の共通語が英語になっちゃうんですよね。そうなると、僕も生まれたときから英語になっていて、せっかく英語をしゃべれるから、インターナショナルスクールにしようみたいな感じで、たぶん親が勝手に決めたことだと思うんですけど。

西村:タガログ語とかも、ちょっとしゃべれるんですか。

前田:いや、下品な言葉しか知らないです(笑) 母親に怒られるときとかは、めっちゃタガログ語で怒られていましたね。

西村:インターナショナルスクールに在籍していて、英語圏にアクセスできたのは、アドバンテージだったと思いますか、振り返ってみると。

前田:そうですね。

西村:日本語も見ていました?

前田:いや、実は日本語は苦手で。今でも苦手なんですけど(笑)

西村:いやいや、苦手ってどういう意味ですかというぐらい普通です(笑)

前田:今でも日本語は苦手なんですけど、やっぱり英語を中心に全部やっていましたね。実は、日本のインターネットのエコシステムは当時全然理解していなかったですね。アメリカ中心のエコシステムを見ていました。

西村:コンピューターサイエンスをやろうと大学に行って、ある人たちはエンジニアになって、もっとコンピューター側に行ったりしますよね。ハードウェアまで行かなくてもOSまで潜ったり、ソフトウェアエンジニアになるじゃないですか、MicrosoftとかGoogleに行ったりして。そういうパスがあったと思うんですけど、それは違ったのですか?

前田:正直に言うと、あんまりプログラミングが好きじゃなかったというのもあります。早く成果物を見たいタイプだったんですよね。なので、例えばPHPを選んだ理由も、コード書いてロードしたらすぐに出てくる状態だったので、コンパイラーとかいろいろ考えずに、すぐに成果物が見られるというのがうれしかったんですよね。なので、そんなにプログラミングは好きじゃなかったですね。正直、ものをつくって成果物を見るのがすごく好きで。動くし、機能するし、というね。

西村:ハッカーぽいですよね。最短で動く成果物を作り上げる。でも、ソースコードは書いた本人にしか分からないこともある、Perl作者のラリー・ウォールみたいな(笑)

前田:そうそう。ソースコードは汚いみたいな(笑)

西村:動けば、後から直せばいいみたいなところがあったと。

前田:そうだね。なかなか振り返って直さないですけど。

西村:今の時代はソフトウェア開発もすっかりチーム戦になって、あまりこういうことを言うと「技術的負債が」とか「コードは人間同士のコミュニケーションツールだから」と怒られそうですけど、個人でやる分にはね。後に大成したスタートアップでも立ち上げ時に創業者が書いたコードは目も当てられないという伝説は結構ありますね。

Onlabでは、すぐにコミュニティーが立ち上がった

Onlabでは、すぐにコミュニティーが立ち上がった

西村:Onlabに話を戻したいのですけど、2009年スタートということは、アメリカでY Combinatorとかアクセラレーターがうまく行き始めて3、4年みたいな感じですよね。とすると世界的にもOnlab立ち上げは早かったですか?

前田:早かったですね。ちょうどOnlabを立ち上げたタイミングで、世界中あちこちにアクセラレーターが立ち上がり始めたタイミングでしたね。当時はアクセラレーター業界が狭かったんですよ。アクセラレーターの主催者がみんなつながっていた。普通にTechStarsの社長だったりとか、中国のチャイナアクセラレーターだったりとか、みんなつながっていた。

西村:どこかベンチマークしていましたか。こういう形のアクセラレーターにしたい、みたいな。

前田:TechStarsは結構参考にしましたね。Y Combinatorって今はすごく型ができているんだけど、当時は共同創業者のポール・グレアムが中心で、彼のスタイルでやっていたので。

西村:属人的でしたよね。彼は圧倒的なカリスマだし。

前田:属人的なスタイルだったんですよね。TechStarsはメンターを中心に、メンターネットワークというのがあり、しかもちゃんとプログラムになっていて、考え抜いた形の構成でやっているんですよね。例えば、プロダクトマーケットフィットの取り方だったり、採用の仕方だったり、テーマをある程度考えて構成されていることもあって。だから、TechStarsを参考にやっていましたね。

西村:ちなみにTechStarsってコロラド州のボルダーですよね。創業者はブラッド・フェルドでしたっけ?

前田:そう、ブラッド・フェルドと、デヴィッド・コーヘンですね。

西村:以前ブラッド・フェルドが書いた本を読んだんですけど、ボルダーって、ちっちゃい町なんですよね? せいぜい6ブロックぐらいに起業家がわっと集まっていて、その密度が良かったと書いてました。

前田:そうそう。すごく小さい町。

西村:東京にそういうものを再現するのって、ちょっと違うのかなっていう印象を受けたんですけど、その辺ってどうでしたか? 東京は広すぎるというか。どうやったら親密なコミュニティーができるかという質問なんですけど。

前田:何でしょうね、意外にすぐ親密なコミュニティーが立ち上がりましたよ。タイミングが良かったと思うんですよね。当時、誰も東京でアクセラレーターをやっていなかったというのもあったから、成功している経営者も起業家がみんな来てくれた。海外から成功している起業家やVCも寄ってきたし、本当にいい起業家が集まっていました。正直、自分たちはそんなに大したことをやってはいなかったですけどね。

西村:ほかに場所がなかったんでしょうか。「ここに集まれ」と旗を立てるのは大事ですよね。

前田:そうそう。ほかに行く場所がなかったし、そういう意味ではみんな勝手に集まってくれたって感じですね。あとは、みんなのニーズを聞いて勉強会をやったり、イベントをやったりっていう感じだったんですけどね、それが最初の1年目ですかね。それで、2011年から東京でもめちゃくちゃアクセラレーターが増えたって感じですね。

第1次アクセラレーターブームから約8年、エンジェルの台頭

第1次アクセラレーターブームから約8年、エンジェルの台頭

西村:そういう意味では、それから8年ほど経って振り返ってみて、東京でのアクセラレーターの役割って変わってきていますか?

前田:日本だとエンジェルの力がすごく強くなったかなと思っています。アクセラレーターに行くよりも、エンジェルを選んだほうがいいという人たちもだいぶ増えているのもあるし、シード特化のVCも結構出てきたじゃないですか。アクセラレーターっぽいVCみたいなのが結構増えているので、そういう意味では選択肢が増えたというのはありますね。

西村:なるほど。シード系のファンドも増えて、アクセラレーターっぽくやってるところも増えてますよね。Skyland Venturesみたいにレジデンスぽくやったり。逆に、シードが分厚くなる一方で、シリーズBやC、あるいはそれ以降のグロースキャピタルが足りていない印象もあります。若手VCが独立してマイクロVCを立ち上げるというニュースが続いているので、そう見えてるだけかもしれませんけど。

前田:そうですね、確かにシリーズBとかCとか、少なくとも5億円以上の調達は結構ハードルが高いですよね。たぶん、シードから1~5億円の間の調達は、ある程度供給はあるかなとは思うんですけど、これが5億円以上になってくると、少なくとも1社で集まらないんじゃないですか。何社かで集めないといけなかったりするんで、そういう意味ではシリーズBはまだまだギャップがあるかなとは思いますね。

西村:ちょっと隔世の感があるのは初期の典型的なOnlabのシード投資は5%のシェアを取って、2000万円のバリュエーションという感じだったんですよね?  100万円出資ということで、今の基準からすると、すごく小さい。

前田:そこは変わりましたね。Y Combinatorも、もともと7%のシェアで200万円を出資するみたいな感じでしたが、今は7%で1600万円かな。額は上がってきているんですよ。一番の理由は人件費だと思いますが。

かつてアクセラレーターモデルは、バーンレートが低い若い人が結構多かったんです。大学卒業してすぐみたいな人たちだから200万円で少なくとも3カ月はいけるみたいなモデルだったんです。

それが最近だと若い人以外にも、30代とか40代の人たちもどんどん増えてきていますし、実際にアクセラレーターをやっていても、最初の頃は20代前半がすごく多かったんですけど、どんどんマチュアな人たちが集まってくるようになったので、200万円じゃスタートダッシュができないみたいな状態になりました。それでY Combinatorは1000万円以上出資するようになったし、Onlabも今はたぶん500万円とか1000万円ぐらいのレンジだと思うんですけど。

西村:そう言われてみれば、ほんの少し前まで40代はスタートアップの起業に向かない、すでに家族や子どもがいてバーンレートが上がっちゃってるからと言われていましたけど、最近それは聞かなくなりましたね。ちゃんと資金調達さえできれば40代でも会社を辞めて家族も養える。

前田:そうですね。結構シードの調達額も大きくなってきていますし、プロダクトなど何もなくてもいきなり3000万円とか5000万円の資金調達っていうのも最近増えていますね。

日本の場合、そんなに競争がない

日本の場合、そんなに競争がない

西村:最近、海外のVCや成功している起業家を、日本のスタートアップ企業に引き合わせる機会があったんですが、驚かれました。数億円調達しているのに、ほとんど顧客がいないってどういうことだとか、PMF(Product Market Fit)以前なのに、なぜ1億円も資金調達できているのか謎だ、というような話をされました。日本のスタートアップ界隈はお金のほうが余っているということでしょうか。

前田:それはありますね。競争環境が違いますよね。アメリカって死ぬほどスタートアップがあるんです。毎年VCから投資を受けているスタートアップが3500社とかある。投資する側から見てもノイズも多いし、数もたくさん見ないといけない。そうすると、ある程度は市場性を証明できている会社を中心に出資しちゃうじゃないですか、一番分かりやすい投資のやり方として。

なので、アメリカってある程度PMFを証明しないと1億とか2億円は集まらない。ある程度実績を見せないとシードラウンドの調達もできないというのが結構あるんですよね。

でも日本の場合って、そもそも競争がそんなにないですし、起業することもアメリカとかインドとかに比べると比較的ユニークなことなので、そんなに証明しなくてもお金は集まるっていう感じですね。

サービスのグローバル化はどんどんハードルが高く

西村:競争環境が米中インドほど厳しくないのは、起業環境としてはいいことでもありますよね。ただ、日本は上場基準も緩めということもあって、そういう環境から出てきたプロダクトではグローバルで勝てないという議論があると思うんですけど、この辺はいかがですか?

前田:日本から海外という以前に、正直いってサービスのグローバル化は、どんどんハードルが高くなってきていると思うんですよね。理由としては、情報の伝達がどんどん加速しているからです。同時多発的に同じアイデアが世界中で生まれるケースが増えています。

グローバルに投資していて思うのは、ほんの4~5年前は、ある程度タイムアービトラージができたんですよね。タイムマシン経営みたいな、よく言われているやつです。どこかの国で伸びているサービスがあったら、それを1、2年遅れで別の国や市場に持っていくというね。それが今は同時多発で起きることが多くて、グローバルで展開するのはハードルが高いんじゃないかと思いますね。

西村:なるほど、日本からグローバルに出づらいだけじゃなくて、そもそも構造的に出づらくなっている、と。本国で伸びて海外に出ようと思っても、すでに各国に似たサービスがあるという状況になりがちかもしれません。Uberですら間に合わなかったっていうことですね。

前田:間に合わなかったですね。Uberの海外展開は、すごく早かったと思うんですよ。でもUberが次の国に行こうと思ったら、もうすでにUberのコピーキャットがいて、みたいな感じだったじゃないですか。なので、グローバルに通用するサービスを作るのは大変だと思いますよ。

西村:いまスタートアップの人たちって、どこの国も繋がっていて、あっちであれがうまく行った、あのモデルは実はやってみたらエコノミクスが回らなかったらしい、なぜなら……、という情報が飛び交っていますもんね。

日本市場という選択肢がなくならない限りは海外展開は難しい

日本市場という選択肢がなくならない限りは海外展開は難しい

西村:よくある議論かもしれませんが、ユニコーンの数が日本は極端に少ないというのがありますよね。例えばお隣の韓国は人口規模は日本の半分、GDPは1/3とかなのに、6つぐらいユニコーンがあります。対する日本は1社のみ。日本でも5社や10社あっても良さそうだし、グローバルにプレゼンスがあるスタートアップがあってもいい気がします。

前田:正直いうと選択肢がなくならない限りは難しい気がしています。例えばヨーロッパのスタートアップのSaaS企業がアメリカで成功するというのもあるし、オーストラリアから生まれたAtlassianがグローバルに伸びるというのもありますが。

西村:Atlassianは英語圏ですけどね。

前田:英語圏ですけどね、展開がグローバルでうまくいっているじゃないですか。でも、それは選択肢がほかにないからというのもあります。

西村:国内マーケットがないということですね。

前田:そう、国内にマーケットがないから、もうアメリカに行かざるを得ない。あるいはヨーロッパに行かざるを得ない。

西村:スタートアップ大国といわれるイスラエルもそうですよね。

前田:イスラエルはますますそうじゃないですか。でも、日本市場っていう選択肢がある限りは、日本のスタートアップが外に出て行って成功するのは難しい気がするんですよね。例えばFONDの福山くん(*1)は最初から日本の市場は見ないという覚悟でアメリカに行ったじゃないですか。やっぱりそれぐらいやらないと、なかなか難しい気がしますね。

(*1)FOND:旧AnyPerk。福利厚生サービスを企業向けに提供する米スタートアップ企業。日本人創業者が北米市場で成功しているという意味でも、日本に存在していたビジネスモデルを「輸出した」という点でも稀有な成功事例として知られている。

西村:福山さんは、すごいですよね。いまもベイエリアで言えば、ぱっと頭に浮かぶだけでも5人か10人ぐらいは日本人の若手起業家が頑張っていますよね。

前田:そういう人たちは覚悟を持っていますよね。少なくとも僕の理解では日本市場を狙っていないと思うんですけど、そういう覚悟で行っている人たちは成功確率は上がると思います。成功するかどうかは分かんないですけど、確率は上がるはずです。

西村:メルカリはどうですか。

前田:メルカリは、分からないですね、正直。でも勝ってほしい。グローバルでうまくいってほしいけど、分からないですね。ただ、戦略としては正しい気はします。日本である程度収益源を作ってレバレッジを効かせて、アメリカでどんどん再投資で回していくっていうのは戦略として正しい気はするんですよね。なので、あとはタイミングが早すぎたのか、遅すぎたのかっていうのが、これから見えてくるって感じでしょうね。

ダイバーシティーでスピードを犠牲にするより、日本人起業家は日本を最初にやるのが良い

ダイバーシティーでスピードを犠牲にするより、日本人起業家は日本を最初にやるのが良い

西村:自分が一番レバレッジが効くマーケットでお金を作ったり、プロダクトを洗練させて行くのはいい、と。そこから海外展開するのが1年目がいいのか、2年目なのか、5年目かは分からないみたいな感じでしょうか。

前田:ですね。だって起業自体がそもそも不利なわけじゃないですか。人が足りないとか、お金が足りないという状況なのでね。だから自分を最大限にレバレッジできる環境と、市場というのを考えていかないといけない。そうすると日本人は日本を最初からやったほうがいいんじゃないという気がしますね。

西村:ただ、日本市場を最初にやって、途中から海外って難しい面もあるのかなって気がしています。あるとき外国人をばーんっと採用しはじめてインターナショナルになろうとするというのがありますよね、楽天もユニクロもそうかもしれません。

ユニクロは物売りだからか、とてもうまく行っているように見えます。でもサービス業みたいな社内コミュニケーションや文化が大事なところって、途中から変えられるのだろうかという疑問はあります。途中からダイバーシティーを増やすぞってできないんじゃないかという。だったらスタートアップも最初から国籍的なダイバーシティーのあるチームでやったらいいのでは、とも思うんですけど、どうでしょうか。

前田:これも難しいところなんですよね。やっぱりスタートアップは機動力がすべてじゃないですか。ダイバーシティーがあって、機動力を犠牲にしないんであればいいとは思うんですけど、機動力を犠牲にしてまでダイバーシティーを追及しないほうがいいかなと思います。

スピードがすべてなので一番スピーディーに動ける状態というのは、同じような考えや価値観を持っている人たちを集めて進めるのがいい。言語もそうですね。同じ言語で話せる人たちを集めたほうがコミュニケーションスピードも、情報の伝達も速い。そういうチームでやるのが0→1(ゼロイチ)はいちばん速い。

西村:上場するまでは組織にダイバーシティーが少ないほうが成功確率が高くて、上場後はダイバーシティーがあるほうが業績が良いというデータも見たことがあります。

前田:そうそう。ある程度の規模があればダイバーシティーに耐えられるような組織になってくると思うんですけど、やっぱり少数だと、1人あたりのアウトプットがどれくらい最大限に持っていけるかみたいな話なのですよね。もちろん、スタートアップでも創業メンバーが英語を全く抵抗なく正確にコミュニケーションできるというのであれば最初からダイバーシティーをやってもいいと思うんですよね。

アドバイスの最大価値:フォーカスを与えること

アドバイスの最大価値:フォーカスを与えること

西村:アクセラレーターでアドバイスをする中で、どういうのが有効でしたか?

前田:当時、僕らが提供していた最大の価値は、起業家にフォーカスを与えることかなと思っています。起業って、やらないといけないことも多いし。

西村:やれること、やったほうが良さそうなことがいっぱいある。

前田:そうそう。あのお客さんも、このお客さんも、あのユーザーも、このユーザーもみたいな感じで、あのKPIも、このKPIもみたいな感じになる。なかなかフォーカスがない状態が多いんですよね。僕らがKPIを絞ってあげたり、フォーカスするべきユーザーのデモグラフィックだったりとか、そういったことを助言して、アクセラレーター参加期間中にすごく成長したという会社は結構たくさん見ていますね。楽天が買収したフリルなんかも、当時はいろんなアイデアを試していて……。

西村:ん? フリルで、いろんなアイデアというのは?

前田:最初、実は引っ越し代行だったかな、家具のマーケットプレースみたいなものをやろうとしていた時期もあったりとか、いろんなアイデアを考えていたんですね。どういうユーザーにフォーカスするべきか、どういうユースケースにフォーカスするべきかをアクセラレーター中の議論を通してやりました。それで女性に特化してこのユースケースにフォーカスしたほうがいいよねという結論になって、それでフリルが生まれたりしました。

西村:ほかはどうですか。例えばVoyaginとかは名前からすると、最初から旅行だった感じもしますけど。

前田:Voyaginの場合によくあった議論としては、ユーザーに一番価値を与えるものって何なのという話でした。Voyaginは体験系のアクティビティ紹介サービスなので、ユーザーから見ると選択肢が多いとか、アクティビティが多いとか、このサイトを通してやれることが多いという状態が、一番ユーザーに価値を提供できているという状態だろう、と。それを最大化するための活動をしていこうみたいな感じで、アクセラレーター参加中のVoyaginは、とにかくアクティビティの数を死ぬほど増やそうと、そこにフォーカスして、それである程度需要を捉えることができて、楽天買収後の今でも伸びているという会社ですね。

エンジニア向け技術情報共有サービスのQiitaなんかも、どういうKPIにフォーカスするべきかが僕らのフォーカスポイントでした。ユーザーのアクティビティ率に一番比例するものっていうのは何なのかというのを見たんですけど、投稿数や投稿に対してのリアクション、コメントだったりとか、何が一番効くというのが見えてきたので、それだけにフォーカスして行き、それで結構アクセラレーター参加期間中に伸びましたね。

西村:うまくいく起業家というのはどういう人でしたか?

前田:うまくいく会社っていうのは、経営者に巻き込み力があったというのは重要かなと思っています。良い人材を巻き込むとか、良い投資家を巻き込むとか、お客さんを巻き込むとか、そういう巻き込む力が重要かなと思う。

2つ目は考え抜く力って、すごく重要だなと思っていいます。自分の状況を把握したり、会社の状態を把握したりとか、お客さんの状況を把握したりね。そういうのを考え抜いて、確認してちゃんと修正できたりとか、アクションに落とし込むことができる人たちというのは実行能力がものすごく高いです。うまくいっている会社はそういう共通点はある気はします。逆に成長が遅いところは、こうしたものが欠けていたりしますね。もちろん市場選択が悪かったりするかもしれないですけど。

起業家とアイデアの適合性

起業家とアイデアの適合性

西村:Onlab出身だとSmartHRは今や大きな成功例かと思いますが、創業者の宮田昇始さんは当初人事領域じゃなくて、いろいろ違うことをやっていましたよね。

前田:SmartHRは、僕がOnlabやめてからですけど、そうですね。SmartHRはソフトウェアの比較サイトみたいなのをやっていた気がするんですけど、イケてないねという雰囲気は、たぶんメンタリング中に伝わったと思うんですけど、それを彼も感じていた。だからいろいろピボットして今のSmartHRにたどり着いたと思うんですね。

西村:SmartHRを立ち上げる前の宮田さんに会ったことがありますが、そのときとサービスが急速に立ち上がり始めた頃では顔つきが完全に変わったなと思いました。あれだけトラクションが出て売上も伸びると自信になるんですね。起業家としてのオーラを感じました(笑)

前田:自信になりますね。人が変わりますね。本当に良くあります。アイデアと起業家の適合性ってあるなと思って。例えば先ほどのFONDの福山くんの話でいうと、最初は出会い系のサイトをやっていたときがあったんですね。何かこうカチッときた感じではなかったんですよね。でも、福利厚生にピボットした瞬間に、急に顔つきも変わり、自信もどんどんついてきて。全然、変わりますよね。適合すると本当に会社が伸びるし、起業家も経営者も伸びる。

日本の起業家は「会社を閉じない」

日本の起業家は「会社を閉じない」

西村:一般的なアドバイスとして「何事も諦めずにやり切る」みたいなのがありますけど、もし適合性というのがあって、合っていないだけの可能性があるのなら、もうちょっとピボットとか、ドメインごと変えちゃうとかあってもいいかなって気がしています。そのとき会社をいったん畳むという選択肢がありますよね。でも日本って会社、閉じないですよね。

前田:会社、閉じないですね。

西村:その辺はいつもどういうふうに思われていますか。

前田:正直いうと本当にありがたいというか。何だろうね。

西村:投資家としては、会社を閉じずに何度もチャレンジしてくれたほうがいいですよね。経済的な事情を考えれば、これは当たり前です。

前田:投資家としては、すごく尊敬と尊重しかないと思っています。とにかく何度も何度も繰り返して続けるっていう姿勢はすごくすばらしいなと思うし、ときには「もう会社を閉じてもいいんじゃない?」というのを僕から言うこともあるんですね。それでもやっぱり閉じたくない、まだやり続けたいです、という起業家がほとんどだし、本当にすごいとしか言えないですね。

西村:投資家としてはそうでも、起業家側とかマクロなエコシステムで見たとき、アイデアや事業ドメイン、一連の仮説がダメだったら1回ビークルとしての会社は捨てて、また新しいアイデアで法人を立てて調達すればいいじゃんっていうドライなアプローチのほうが全体のチャレンジ回数が増えていいかもしれないって考え方もありませんか。何も受託やコンサルで食いつながなくても、と。アメリカ人は割と、そういうのがある気がします。あれ、もう閉じたの?みたいな。

前田:これはちょっと難しいところです。特にシードの投資家ってピボット前提で投資するんですよね。アイデアが変わったからって会社も変えられると、シード投資家として期待値がちょっと違うかなと僕は思います。でも、何だろうね、僕もどこが境界線ってなかなか言いづらいんですけど、本当に13回も14回も試して全くカチッと来なくて、起業家に生気がないみたいな状態になってくると、さすがに会社を閉じたほうがいいんじゃないって感じにはなりますよね。起業家が諦めないという思いと、パッションさえある限りは続けたほうがいいという思いはあるものの、それを失ったときはやっぱり会社を閉じたほうがいい気がする。まだシードのフェーズであればという感じね。

会社をドライに畳まれるのも投資家としては寂しい

会社をドライに畳まれるのも投資家としては寂しい

前田:ドライに会社を畳むのは、いいとこもあれば、悪いところもあるって感じですかね。これもすごく難しいところです。アメリカでも投資をしているんですけど、たまにドライすぎるなっていうときはあります。やっぱり僕らは人を信じて投資しているから、ドライにやられすぎると、ちょっと寂しい感じはしますよね……。

西村:サービスをローンチしてみたけど全然ユーザーが伸びませんでした、閉じます、と言われたら、「えっ?」というのはありそうです。

前田:そうですね。少なくとも2~3回ぐらいチャレンジしてもいいんじゃないみたいな感じはしますけどね。

西村:下手したら「閉じました」とか事後報告で電話がかかってきたりとか(笑)

前田:そうなんですよね。まだ会社にお金も残っていて、2発目、3発目が打てるのに会社を閉じたりとかするケースもあるので。

西村:やっぱりあるんだ。それはちょっと悲しいですね……。

前田:ドライすぎるなと思います。

西村:ファウンダーの気持ちが折れちゃったらもうどうしようもないのでしょうけど。

前田:そこはどうしようもないです。だから、最終的には起業家の思いと決断を尊重するのが僕らの仕事なんですよね。無理やり会社を存続させろという話でもないし、まだ気持ちが残っている間は、挑戦し続けたほうがいいと思いますね。

日本のスタートアップエコシステムに必要なのはムーブメント

西村:ちょっと未来に向けた明るい話をしましょう。日本のスタートアップの資金調達額が年間3000〜4000億円です。直近のEntrepediaのデータだと2018年は3880億円。これは5年連続の成長で5年間で6倍近くになっています。とはいえ、それでもシリコンバレーの数十分の1です。日本のGDP規模からしたら、まだゆうに2、3倍程度に伸びる余地があると、どこかで前田さんは話をされていましたけど、その状態になるには、何が必要だと思いますか?

前田:ムーブメントですかね。

西村:おお。

前田:本当にムーブメントだけです。僕もアクセラレーターを立ち上げたときに、すごい人が集まったんですよね。やっぱり旗を上げて、みんな集まれってやって、一緒にみんな頑張ろうみたいな形でやると結構人が動いたりするし、寄ってきたりするんです。

今ぽつぽつとアクセラレーターの外でもエンジェルやシードVCを中心に、いろいろ動いているじゃないですか。僕がいま力を入れているSaaSムーブメントだったりとか、VTuberを応援しようというムーブメントだったりとか、いろいろ出てきている。時間の問題だと思うんですけど、こうしたムーブメントが続く限りは、どんどんコミュニティーも大きくなっていくし、ゆくゆくはそれなりの規模になっていくと思いますね。

東京では異なるコミュニティーが立ち上がる?

東京では異なるコミュニティーが立ち上がる?

西村:例えばシリコンバレーってソフトウェアですよね。1980年代からあるパッケージソフトウェアの時代が長くて、それがオンラインになりました。さらにリアルなマーケットプレイスを巻き込んで、それがネットやソーシャルで生まれ変わった。というのが、大きなムーブメントですね。

では東京の場合は何なんでしょうね? VTuberは今ちょっとおもしろいですよね。バーチカルSaaSも面白い。ファクスとExcelの世界を駆逐するムーブメントかなと思います。そういうものが別々に東京に勃発していて、かすかにつながる形なんでしょうか。1個にならないんですかね。例えばフランスだと「フレンチテック」という標語になったりしているじゃないですか。

前田:はいはい。難しいところですね。コミュニティーってやっぱりそれぞれニーズが違うと思っていて、例えばVTuberのコミュニティーと、SaaSのコミュニティーと、AIのコミュニティーと、Fintechのコミュニティーが1個になっていくと、コミュニティーの密度も下がっていきますし、質っていうのも下がっていくと思うし、みんなをハッピーにさせるために中途半端なことになることが多いんですね。

であれば、とがったムーブメントがそれぞれ動いていたほうがみんなのニーズも満たされるし、密度も高いですし、公益性も高くなっていくというのあるので、個人的にはコミュニティーやムーブメントは尖ったほうがいいと思います。まあ、どうせスタートアップコミュニティーなので、みんな交流はあるでしょうしね。

西村:なるほど。東京に5~10個ぐらいいろんなムーブメントがあって、緩やかにつながっているぐらいでしょうか。

前田:そうそう。そういう形が一番いい気がします。

西村:研究開発系とかディープテックあたりは、あんまり見ていらっしゃらない感じですか。

前田:でも、大好きです。

西村:東大のある本郷や、つくばあたり結構盛り上がるかなっていう感じがしますよね。

前田:そうですね、すばらしいと思います。AIとか、バイオとか、ヘルスだったり、宇宙も出てきてますよね。

西村:確かに日本の宇宙関連は、きわめてムーブメントぽいですよね。熱量を感じます。

前田:そう、わくわくしますよね。すばらしい。

人口減少に対処するためにもSaaS大国にならないといけない

人口減少に対処するためにもSaaS大国にならないといけない

西村:前田さんは、割とバーチカルSaaSにコミットしていてムーブメントを起こしつつある1人だと思いますが、顕在化してきたのは、この1~2年とかでしょうか。

前田:2018年は、めっちゃ盛り上がりましたね、自分でもびっくりしました。SaaSカンファレンスを僕が初めて主催したのが2016年かな。でも、SaaSに投資していたのは2012~2013年で、大きくSaaSに振り切ったのは2015年からです。まさか、こんなに盛り上がるとは思わなかったですね。本当にまだまだいけると思いますね。

西村:メッセージとしては「各産業の10年選手のエキスパートたちよ、SaaS業界に入ってこい」って感じですかね。まだこれから。

前田:そうそう。もう機会もたくさんありますし、チャンスもたくさんあります。個人的には、日本は絶対SaaS大国にならないといけないと思うんですよね。

理由としては、みんないつも同じことを言っているかもしれないですけど、人口の減少によって自動化と効率化のニーズがありとあらゆる業種・業界で起きているんですよね。このままだと、本当に人を雇えない問題がどんどんひどくなって、会社もつぶれて、成長を維持できなくなる可能性がある。そうならないためにも、1人あたりの生産性をいかに上げられるかどうかはすごく重要です。SaaS大国にしていかないとまずい、と思います。

西村:そのSaaS大国っていったときって、例えば建設業界のAndpadや助太刀くんとか、薬剤師向けSaaSのカケハシとか、そういうのが日本中に多種多様に出てきて、それぞれが年商10億円~100億円みたいなイメージなのでしょうか。あるいはアメリカみたいに、セールスフォースのようなプラットフォームが出てきて、東京にでっかいタワーが立つみたいなイメージでしょうか(笑)。サンフランシスコのセールスフォースタワー、あれはやばいですよね。売上の伸びもやばいですけど。

前田:僕は、それなりの規模の会社を作れると思います。それなりというのはARR100億円以上の会社が、それぞれのバーティカルで生まれてくると思います。建築の業界だったり、医療の業界だったりとか、歯科医の業界だったりとか、製造業の業界だったりとか、リーガルの業界だったりとか。

西村:するとスタートアップ同士の合併や買収も増えてくるんですかね。

前田:その可能性はなくはないと思いますね。

西村:スタートアップが合流していって、最後は大企業に買収というのもあるかも。

前田:あるかもしれないですね。それぐらいの機会はあると思います。ARR100億円以上の会社をつくる機会は、それぞれの業種、業界に結構あると思っています。後は本当にちゃんとエグゼキューションできるかだったり、タイミングが正しいかとか、そういところだと思います。

日本のSaaSの海外展開は?

日本のSaaSの海外展開は?

西村:そうやって出てきた日本のSaaSを海外に展開するというのはいかがですか?

前田:んー。

西村:サービスに地域性がありすぎたり、規制産業だと難しいかもしれませんけど。

前田:難しいと思いますね。うーん、やっぱり難しいですね。どうしても、その国のしきたりとか、その国のやり方だったりとか、その国でしか存在しないニーズだったりとかいうのは出てくるじゃないですか。特にSaaS企業は。よっぽどライトで汎用性の高いプロダクトじゃない限りは、グローバル展開は結構難しいと思いますね。

ただ、日本って部品とか製造業とかって結構グローバルで活用されることがあるじゃないですか。SaaSプロダクトも細分化されていったりしますし、APIオンリーの技術も最近生まれてきたりしてるじゃないですか。だから、そういう意味では、部品はもしかするとグローバルで活用されるみたいなのはあるかもしれませんよね。

西村:TwilioとかMailChimpみたいなサービスですかね。

前田:はい。でもトータルソリューションを海外で売るというのは、ちょっと今のところイメージが湧かないという感じですね。特定業界の、この用途に特化したAI、OCRをほかの国が使うみたいなのはイメージがあるんですけど、その業界に対するソリューションを日本から作って海外に売るっていうのは、あまりイメージが湧かないですね。

西村:内視鏡による胃カメラで、早期胃がんを検出するメディカルAIというスタートアップがありますが、これなんかは特定用途AIとして海外でも売れそうです。内視鏡は日本の発明で圧倒的シェアらしいんですよね。内視鏡を飲みまくってる国民だから、いちばん胃がん画像の教師データを持っていると。

前田:そうですね、そういうところだったらあるかもしれないですね。

リターンが出ても、ポルシェに興味はない

リターンが出ても、ポルシェに興味はない

西村:ちょっと前田さんの話、きれいすぎる感じがします。もっとドロッとした話をしてください(笑)。エモーショナルな。例えばお金とか物欲とか。

前田:いやいや、全然お金ないですし、物欲もないんですよ(笑)

西村:ベンチャーキャピタリストだと、最大のインセンティブというか金銭的報酬はキャリード・インタレスト、いわゆるキャリーだと思いますが、運用期間とかの問題もあって、最終的にキャピタルゲインでお金が手に入るのって遅かったりするらしいですよね。最近は発生主義というのか、エグジットのたびにキャリーを出す契約もあるようですけど。前田さんがポルシェに乗り始めるのは、まだ先でしょうか(笑)

前田:ポルシェは買わないです(笑)。そんなに物欲ないです。僕の服装とか見てもらっても、これもユニクロだし、下もユニクロみたいな感じなので。

西村:じゃあ、何が前田ヒロを動かしているんですか? 動機にお金の話を持ってくるのは、ぼくのゲスな想像力の問題かもしれませんけど。

前田:なんだろうね。好奇心なのかな。新しいことを学べて、新しい世界を作りあげること。自己満足ではあると思うんですけど、何かいいことやっているというか、業界にポジティブなインパクトを与えられたり、雇用をもっと生み出せたりね。

ベンチャーキャピタルという仕事は、市場について、会社について、プロダクトについて、人について、キリがないじゃないですか。いろいろ学べますし、そういう意味ではすごく僕の知的好奇心を満たしてくれるという感じではありますね。

あとキャピタルという形の分かりやすい指標があるじゃないですか。結果が分かりやすい。結果が分かりやすくて、知的好奇心を満たされて、しかもいいことできるというのがベンチャーキャピタルのいいところかなと思います。

西村:ブログとかポッドキャストも、かなりやられていますけど、あれも仕事というより楽しくやってる感じですか?

前田:楽しくやっていますね。楽しくやっていて、せっかくみんなそれぞれいい考えを持って活動しているので、その情報をどんどん開放していくのは楽しいなというはありますね。

アイデンティティーは日本

アイデンティティーは日本

西村:これも前田さん個人に対する質問なのですが、アイデンティティーとかはどうですか。いま僕は大手グローバル企業の東京オフィスに所属していてチームメンバーの半分が外国籍なんですが、ますます東京コミットの日本人だなと感じてたりします。前田さんは出自という意味でいうと、アジアも日本もあり、神戸もありで、かなりの時間アメリカやインドで過ごしていて、いまはシンガポール在住ですよね。どういうアイデンティティーをお持ちなのかなと。

前田:んー、でもやっぱり最近、自分は日本人だなと思いますね。活動はすごくグローバルなんだけど、やっぱり最終的に行き着くところって、日本を良くしたいとか、日本を応援したいという気持ちが行き着くところかなと思います。グローバルにつながっていて、グローバルに投資できていて、世界中の起業家を支援できているのはすごくうれしくて刺激的なことなんですけど、なんでしょうね、どこかこう、自分のモチベーションとか行き着く先ってどこなんだろうっていうのをいろいろ考えていくと、原点は日本にあるような気がします。

どこでもやれるなら起業する場所として日本を選ぶ

どこでもやれるなら起業する場所として日本を選ぶ

西村:なるほど。最後に、このSTARTUP DBのメディアを読んでいる人で、スタートアップに世界に行ってみようかな、起業してみようかなという人に向けてのメッセージお願いします。

前田:僕は世界中に投資していますけど、僕が起業家で、仮に僕がどの言語も話せて、どの国でも生まれ育つことができるという選択肢があった場合に、どの国を選ぶかというと、日本を選ぶと思います。

西村:でもインドや東南アジアは断然伸びていますよね。日本のように規制が成熟してもいないから、ぱっと出したバスの相乗りサービスがインドで爆発的に伸びたなんて話を聞くと、起業環境の違いを感じたりします。

前田:確かにインドネシアとか、ベトナムとかインドって人口のパワーがあります。ミドルクラスも上がってきていて、とにかく消費パワーがどんどん増しているんですよね。toCのサービスが伸びています。投資先でもインドのドュルームという会社があって、中古四輪車・二輪車の購入できるマーケットプレイスが事業開始から約3年でマーケットシェア7割以上と、インド最大の自動車マーケットプレイスに成長しています。他にも東南アジアでオンラインで衣料販売のプラットフォームを提供するジリンゴが企業価値10億ドルに迫っていて、すごい勢いで成長している。

西村:そういう話を聞くと、市場自体がマクロに成長しているところが起業に向くように思うんですが、なぜ日本なんですか?

前田:なぜそうかというと、僕はちょっと心が弱いからかもしれないですけど、とにかくアメリカとかインドって競争環境が死ぬほど激しいんですよね。何千社という単位で毎年スタートアップがVCから資金調達しているし、大体アイデアを思いついたときには、3つ4つぐらいの競合が同じタイミングでその国で出てくるという状態なので大変です。特にアメリカは人材獲得戦争が激しくて、Apple、Google、Facebook、Uber、Airbnbを相手に人を採用しないといけないといけないというハードルの高さもあります。

シリコンバレーのスタートアップだと、ちょっとでも会社の状態が悪くなってくると、選択肢が死ぬほどあるので社員が離れやすいという状態なんですね。社員がすぐ離れる環境というのは、経営者としては、すごくつらいんですよね。やっとこの人を口説いたのにとか、やっと一緒にやれる仲間を見つけたのにと思ったときに、GoogleとかUberに行かれるとすごく寂しいし、傷つく。

西村:創業から2、3年が経過して、社員がコミットし続けようというプロダクトやトラクションが作れなかったということなら、起業家としてはその責任や無力感も感じるし、ダブルパンチでつらそうですよね。

前田:そうそう。そういうのもあるので結構つらいですと。スタートアップの数も多いので、資金調達で目立つこともすごく難しい。すごく大変だなと思います。

なので、僕だったら日本で起業すると思います。競争環境もそんなに激しくないですし、毎年3000億円ぐらいと、それなりの資金供給もあって、毎年伸びています。人口も1億2000万人と、それなりの市場がありますと。なので、スタートアップを立ち上げるための環境は結構そろっている。しかも安全とまでは言えないんですけど、ほかの国と比べたらだいぶ自分の精神的安定性を維持したまま起業ができる環境が日本かなと思います。あと、国がきれいだし。

西村:ナイジェリア、エクアドル、タイ、ブラジルあたりのスタートアップアクセラレーターの人たちと話していて、彼らがいうスタートアップエコシステムの最大の問題っていうのは「政府が信用ならなくて腐敗してること」だったりするんですよね。規制が強すぎるという面もありますが、日本は契約や規制、法的な社会インフラがしっかりしてますよね。企業文化としても、いきなり契約を破ったり、横領が頻発したり、訴訟してこないとかいうのもあります。

前田:そうそう。日本人ってある程度信用できるじゃないですか。でも、国によってはお互いをだますのが当たり前みたいなところもありますし、そういう環境もストレスじゃないですか。日本は安心して、心理的安全性を維持したまま起業ができるし、失敗してもちゃんとセーフティーネットはあると思いますし。

西村:セーフティーネットって、例えば?

前田:だって、どの企業も人を採りたいし、採用に苦労しているし。ちょっとでもスキルがあれば、絶対雇用には困らないですよね。僕は日本は起業にはすごくいい環境だと思いますけどね。

西村:前田さんのように世界中を飛び回ってみている投資家が「どこでもできるんだったら日本でやる」というのは、大変興味深いご意見でした。今日はお時間ありがとうございました!

前田:こちらこそ!

取材・編集:西村賢
撮影:小池大介

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