コラム

「これだ」と思う会社ないなら自分で作る。アクセルスペース・中村友哉社長の軌跡

2018-08-16
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
やりたいことができる会社がないなら、つくればいい。起業なんて考えなかった学生が宇宙スタートアップをはじめるまで

月への旅行、火星への移住、そして、未知なる地球外生命体との出会い――宇宙はいつも、ロマンに満ちている。だが宇宙はいまや、より私たちの生活に密接な、あるいは必要不可欠な“経済圏”となっている。GPSや天気予報など、人工衛星なしでは成り立たない生活インフラも決して少なくはない。そんな人工衛星を、一企業で開発しているスタートアップがある。株式会社アクセルスペース(以下、アクセルスペース)だ。各企業のニーズに合わせた「マイ衛星」の開発に加え、自社が保有する人工衛星が写した画像およびそれらの解析サービスの提供など、アクセルスペースの宇宙事業は夢に紐づいたものではなく、あくまでもニーズに基づいている。立ち上げた中村友哉(以下、中村氏)は、なぜ夢だと言われる宇宙事業をビジネスとして成功させることができたのだろうか。「これだと思う会社がないなら自分でつくればいい」、そう気づいた中村氏の軌跡を追った。

中村友哉(なかむら・ゆうや)  —株式会社アクセルスペース代表取締役・最高経営責任者(CEO)
中村友哉(なかむら・ゆうや)—株式会社アクセルスペース代表取締役・最高経営責任者(CEO)1979年、三重県生まれ。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。在学中、3機の超小型衛星の開発に携わった。卒業後、同専攻での特任研究員を経て2008年にアクセルスペースを設立、代表取締役に就任。

「これだ」と思って飛び込んだ、大学の衛星打ち上げプロジェクト

「これだ」と思って飛び込んだ、大学の衛星打ち上げプロジェクト

宇宙関連の仕事をしている人は、子どもの頃からの夢を叶えたという人が多いが、中村氏は違ったという。

中村「自分は化学が好きで、大学に入ったらそっちの分野で研究するんだと思っていました。でも入学後、徐々に化学への興味は失われていき……東大は3年生から個別の学部学科に進学するので、ここで一度リセットした方がいいんじゃないかと思い、自分の進む道を一旦白紙に戻したんです」

進む学部学科を選ぶため、各学科が研究内容を紹介するオリエンテーションに出席。中村氏がはじめて“宇宙”に出会ったのは、航空宇宙工学科の話を聞いたときだった。

中村「宇宙の研究といっても、何かのシミュレーションをやるのだろうと軽く考えていたんですけど……なんと説明に立った先生が、『人工衛星を一緒につくろう』って言うんです。 もうびっくりして。そのとき部屋にいた学生の3分の2はドン引きしていましたね(笑)。自分はというと、エンジニアの卵として、惹きつけられるものがありました。宇宙だから夢がある、というよりは、手の届かないはるか遠くで動き続けるモノを自分で作れるんだ、ということにワクワクを感じたんです」

人工衛星なんて、スーパーエンジニアが何百人と集って開発するもの――この研究室を知る前まではそう思っていたという。だが、実際に学生がつくっているところを目にしたことで、そうした心理的な壁は吹き飛んだ。

人工衛星なんて、スーパーエンジニアが何百人と集って開発するもの――この研究室を知る前まではそう思っていたという。だが、実際に学生がつくっているところを目にしたことで、そうした心理的な壁は吹き飛んだ。

中村「みんな秋葉原で部品を調達してきて、小さな研究室の片隅ではんだ付けをして人工衛星づくりに取り組んでいたんですよ。それですごく身近に感じて、自分にもできるかもって思いました。 当時は学生がつくるなんて前代未聞のことだったので、まずは宇宙空間で人工衛星が生き延びることが目標でした。ただ、品質が保証された宇宙用の部品は、例えば一個100万円したり、納期が半年かかってしまったりすることが多いので、資金も学生でいられる期間も限られている自分たちには使えない。 プロからは『そんなものが宇宙で動くわけがない』と怒られましたが、誰になんと言われようと、限られたリソースをどう使って成功させるか、その一点に集中しました」

そしてやってきた最初の打ち上げ。今でこそ世界中の大学が超小型人工衛星をつくり、年間100を超える打ち上げがある。まだ大学生が開発した衛星という前例がなかった2003年の打上げには、世界でも10ほどの大学しか参加せず、当初の目標を達成したのは日本のたった2校だけ――それが東工大と東大だった。以後学生時代を通して中村氏は合計3機の超小型衛星プロジェクトに携わった。このことは、現在まで通ずる原体験となった。

起業する選択肢なんて持ったことがなかった

「せっかく自分たちが世界で最初に学生の人工衛星打ち上げを成功させたのだから、単なるいい思い出で終わらせたくない」そんな想いを抱え、中村氏は宇宙に関わる仕事に就こうと心に決める。また、ただ人工衛星をつくるだけじゃなく、誰かが喜ぶ、役に立つものを届けることにこだわった。

「せっかく自分たちが世界で最初に学生の人工衛星打ち上げを成功させたのだから、単なるいい思い出で終わらせたくない」そんな想いを抱え、中村氏は宇宙に関わる仕事に就こうと心に決める。また、ただ人工衛星をつくるだけじゃなく、誰かが喜ぶ、役に立つものを届けることにこだわった。

中村「2003年の最初の衛星打ち上げのときに自分は搭載カメラを担当したんです。せっかく撮影された地球の美しい画像を、自分たちだけで見て喜んでいるだけではもったいないなと思っていました。そこで、その写真をいろんな人に見てもらいたいと思って、プロジェクトマネージャーにかけ合って、登録してくれた人に画像をメールで配信するソフトの開発を許してもらいました。 そうしたら最終的には3〜4000人くらいが登録してくれて。実際に画像配信をはじめると、思いがけず『感動した』などの応援メッセージをたくさんもらいました」

それが、外部との関わりを意識したきっかけになった。人工衛星の開発は、つくること自体の楽しさに目が行きがちだが、中村氏は社会に対する「自分がつくるもの」の価値を意識するようになったのだ。こうして、卒業後は超小型衛星をつくっている会社に就職しようと決める。だが、世界中を探しても超小型衛星をつくっている会社はほとんどなく、あってもコンポーネント販売や打ち上げアレンジなど「衛星をつくる人」向けの会社ばかり。自分たちで超小型衛星をつくり、それを顧客に利用してもらうという中村氏の想いを遂げられそうな会社が見つからなかったのだ。

中村「『困ったな、どうしようかな』と、研究室の先生に相談ししてみたんです。そうしたら先生がちょうど、大学発スタートアップのための助成金をもらっていることが判って、『ぜひ参加させてください』ってお願いしました そのときはじめて、やりたいことができる会社がないなら自分でつくればいいのか、と気づきました。それまで起業するという選択肢なんて自分のなかになかったんですよ。自分の周囲に起業家なんて一人もいませんでしたし、起業したいという強い思いがなければそういった情報に触れる機会もありませんでしたから。 起業の選択肢に気づいてからは、『ないならつくる』が自然なことに思えて、卒業後そのまま大学の研究員として、起業の準備をはじめました」

起業の選択肢に気づいてからは、『ないならつくる』が自然なことに思えて、卒業後そのまま大学の研究員として、起業の準備をはじめました」 思うような会社がなければつくればいい――一見とてもシンプルだが、実際にやるとなると話は別だ。そこに、迷いはなかったのだろうか。

思うような会社がなければつくればいい――一見とてもシンプルだが、実際にやるとなると話は別だ。そこに、迷いはなかったのだろうか。

中村「自分が起業とか経営について何も知らなかったからこそ踏み出せたのかもしれません。起業するために先ずMBAを取ろうとする人は多いと思います。でも、もし自分がMBAを取っていたら、宇宙ビジネスのスタートアップなんてリスクが大きすぎて諦めていたんじゃないかなと思います(笑)。 起業家精神に溢れていたというよりは、やりたいことができる道が目の前にあって、しかも他に方法がないんだったら掴むしかないよねという心持ちでした。仮に失敗しても別に死なないよね、くらいの感じで」

「衛星が売れない」逆境の最中に訪れた発想の転換

こうして起業の道へと飛び込んだ中村氏。最初はとにかく超小型衛星をつくって欲しいという企業を探したという。もちろん一筋縄ではいかず、はじめて1年が経ったころには「このままではまずい」と感じた。助成金プロジェクトの期限が1年後に迫っていたからだ。

こうして起業の道へと飛び込んだ中村氏。最初はとにかく超小型衛星をつくって欲しいという企業を探したという。もちろん一筋縄ではいかず、はじめて1年が経ったころには「このままではまずい」と感じた。助成金プロジェクトの期限が1年後に迫っていたからだ。「あと1年でお客さんが見つからなかったら起業を諦めよう」そう思った矢先、一筋の光が差した。それが、株式会社ウェザーニューズとの出会いだった。何度もミーティングを重ね衛星開発が決定し、2008年の夏、ようやく起業が可能になったのだ。これで実績ができれば、他にもつくりたいという企業が現れるだろう――。そう期待に胸をふくらませていた中村氏だったが、むしろ、チャレンジはそこからだった。

中村「ウェザーニューズさんは、元々独自に北極海を観察するために自社で人工衛星を持ちたいというニーズがあったからこそ実現したんですよ。それに、新しい分野で道を開こうとしているアクセルスペースを応援したいという当時の社長さんの気持ちもあったと思います。でも一般的な大型衛星に比べて安価になったとはいえ、やはり億単位の投資は必要。しかも、衛星開発には短くても1年くらいはかかるし、打ち上げが失敗するリスクも当然ある。こうした背景もあって、自社衛星開発にゴーサインを出せる企業は、ウェザーニューズ以外には現れませんでした。 今だからこそ、『人工衛星をつくって必要とする企業に売る』というモデルだけでは事業は広がらないことがわかりますが、当時はこれがうまく行かなくてショックでしたね。どうして自社衛星を持つ決断をする企業が現れないのかな、って」

しかし、逆境の最中だったからこそ、中村氏に発想の転換が訪れた。正に、ピンチはチャンス。今へと続く歯車が回り出す。

中村「よく考えたら、企業にとっては人工衛星から得られる画像やデータが欲しいわけであって、衛星を持つことそのものが重要なわけではないですよね。ウェザーニューズさんだって、彼らのほしいデータを提供してくれる衛星がなかったから、自社で持つという発想になったわけであって。 じゃあ、そうしたニーズに合わせた人工衛星を自分たちでつくって打ち上げ、お客さんにはデータを売ればいいんじゃないかと考えました。そうしたら企業にとってのリスクはなくなるし、何より安価にデータが手に入る。当たり前のことなんですけど、衛星をつくることに自分たちの強みがあるという意識が強すぎて、サービスを手掛けるところまで考えが及んでいませんでした。 そこからアイデアを洗練させていき、最終的にたどり着いたのが、数十機からなる超小型人工衛星による地球観測網「AxelGlobe」プロジェクトです。2015年には総額19億円の資金調達を完了し、プロジェクトをはじめました。現在、2022年の完成を目指してプロジェクトを進めています」

「会社をつくろうか悩んでいる」だけですごいと思う

中村「毎日世界中のあらゆる場所を撮影し、蓄積していけば、一種のビッグデータになる。例えば、港湾を毎日見れば経済動向が見えてくるでしょうし、地滑りの兆候を捉えて、災害が起こる可能性などを事前に予測できるかもしれない。農作物の生育具合を見たり、どこに道路をつくるか都市計画に活かしたり……。データプラットフォームとして、あらゆる産業に使ってもらいたいですね。

中村「毎日世界中のあらゆる場所を撮影し、蓄積していけば、一種のビッグデータになる。例えば、港湾を毎日見れば経済動向が見えてくるでしょうし、地滑りの兆候を捉えて、災害が起こる可能性などを事前に予測できるかもしれない。農作物の生育具合を見たり、どこに道路をつくるか都市計画に活かしたり……。データプラットフォームとして、あらゆる産業に使ってもらいたいですね。 今ってどのスマホにもGPS機能が搭載されているじゃないですか。あんな感じで、インフラとして世の中に定着するのを目標にしています」

そんな中村氏に、起業を目指す人に向けてメッセージを語ってもらった。

中村「会社をつくろうかなって悩んでいるなら、その時点でつくってしまえばいい。誰もがそんな選択肢を持っているわけではないから、起業したいと思えるだけですごいことだと思います。 特に、自分にしかない強みがあるならなおさら早く踏み出すべきです。強みは技術でなくてもいいんです。業界内の人脈やノウハウとかであっても。自分に足りないところは、それを持った人を見つけてこれればいい」

また、スタートアップへ転職を考えている人にも、こうしたエールを送る。

中村「スタートアップってめっちゃ働かないといけなくて、大企業よりも大変だというイメージがあるかもしれません。でも実は、ほとんどのスタートアップは、いかに社員に働きやすい環境を提供するかにすごく気を配っています。スタートアップにとって一番の資産は人ですから。 スタートアップに採用される時点で、それだけの能力や魅力がある人だと思うので、その後の転職も心配しなくていい。むしろ、行けるうちに行った方がいいと思います。スタートアップでやってきた人は、それだけで価値がありますから」

執筆:菅原 沙妃取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:Nobuhiro Toya

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